095.『敗北』
[ 舞台はトランクス誕生前〜セル戦後です。
「憎むように愛する」みたいなのってベジブルならではだなあと思い
書いてみました。 どうしても中途半端になってしまうのですが…。]
深夜、ベッドの上。
用があるのはブルマ… この女の、体だけだ。
それでも時折 視線が絡み、言葉を交わすことになった。
俺に向かって、女は問う。
『ねえ、あんたって その… わたしのこと、少しは好き、よね?』
言い返してやる前に、女は言葉をかぶせてきた。
『そうよ、絶対 そう。 好きなところ、気に入っているところがあるから抱くんだわ。 …何度もね。』
チッ、つくづく うぬぼれの強い奴だ。
この俺様が、貴様のような女の相手をしてやっているのは単なる気まぐれ、
ちょっとした気分転換だ。
身の程を知って、思い上がるのは いい加減にしろ。
そういった意味の言葉を舌にのせてやると、
この口の達者な女も さすがに、悔しげな顔をして黙りこんだ。
『…。』
小さな口をへの字に曲げ、でかい目の端には赤みが差す。
だが、泣きはしない。 涙を浮かべるまではいかない。
俺が この女に関して気に入っている点があるとすれば、
まずは科学者として、まあ及第点を与えてやれるということ。
その他は この、勝気な表情。
それなのかもしれない。
あの夜も女は、俺の前で 例の表情を見せた。
女は言った。
『まだ ちゃんと診てもらってないんだけどね、わたし、妊娠したらしいの。』
『… いいわよね? 産んでも。』
続く言葉が終らぬうちに、俺は わざと言ってやった。
『ほう。 いったい、誰のガキだ?』
『…!!』
俺に向かって、女が手を振り上げる。 頬を張ろうとしたのだ。
だが もちろん難なく避けて、そのか細い手首を掴む。
ベッドの上に押し倒し、覆いかぶさる。
向き合う形になった女の、整えられた眉は吊り上がり、口元は怒りで歪んでいる。
そして目の淵には いつも以上に、強い赤みが差している。
女は叫んだ。
『バカ バカ、最低! どいて! さわんないでよ、離して! …っ 』
『黙れ。』
体重をかけて のしかかり、やかましい声を発する口を塞いでやった。
その、次の瞬間。
『!』
唇に、思いがけない痛みが走った。 女が歯を立てて、噛みついてきたのだ。
フン、生意気な…。 だが あえて離すことをせず、さらに深く貪ってやる。
まだ 平らな腹からは しっかりと、一丁前の強い気が感じられた。
そのことには あえて触れず、俺は、いつもどおりに女を抱いた。
嗚咽と喘ぎの合間を縫って、幾度となく女は口にする。
『もう、知るもんですか…。 許さないから。 あんたなんか、いなくなっちゃえばいい。』
唇から 滲み出た鮮血は、女の 頬を濡らしている涙の味に 少し似ていた。
自分勝手に わたしを抱いて、いつもどおり、夜が明ける前にベジータは出て行った。
その後も時たま姿は見せたけれど、それは わたしが手掛けた戦闘服に用があったためだ。
セックスの相手としては もう、お払い箱らしい。
そして もちろん、自分の子供を身ごもっている わたしを、気遣う様子など 全く見せない。
もう、いい。 あの男に、期待なんかする方が間違っていたのだ。
授かった命は産んで、大切に育てていく。
だけど あいつには何一つ、頼ったりしない。
そう心に決めた日から、およそ一年半。
その日々の中で わたしはトランクスを産み、
この子が生後半年の時に、予告通り 大きな戦いが始まった。
少し後になって わかったことだけど、今から三年余り前、わたしたちに警告をしてくれた少年は、
成長したトランクスだった。
時を遡り、やって来た。 未来のわたしが、送り出してくれたのだ。
その世界での わたしは、いつ殺されても不思議ではない環境で、しっかりと息子を育て上げた。
夫など無しでだ。
だったら ここにいる わたしにだって、出来ないはずはない。
戦いが終わり、死を免れて 一度は戻って来たというのに、またしても姿を消してしまったベジータ。
小さなトランクスを、未来から来た あの子に負けないくらい優しく 強い男に育てていく。
そう決意しながら、わたしは同時に、 ある計画を進めていた。
「やっと戻って来たの! いったい今まで、どこにいたのよ。」
数か月ぶりのC.C.。 女はかつてと同じように、やかましい声を上げて俺を迎えた。
だが、違っているところもあった。
「じゃあ おれは庭で、トランクスを遊ばせてくるよ。」 …
ずいぶん前に出て行ったはずの優男が、戻ってきていた。
扉を開けて部屋から出る際、トランクスの奴が 耳障りな奇声を発した。
「抱っこされたのが気に入らないんだわ。
まだ 転んでばかりのくせに、自分で歩かなきゃ気が済まないの。
時間がある時なら構わないんだけどね。」
尋ねてなどいないのに、女はぺらぺらと言葉を重ねる。
「ヤムチャだけどね、住む所に困ってたから、とりあえず来てもらったの。
でも助かってるのよ。
トランクスは暴れん坊だから、わたしと母さんたちだけじゃ抑えが効かなくて…。」
「ふん、それは よかったな。 お似合いだ。」
そう口にしてやると、女は また、あの表情を見せた。
「だから 別に、やりなおしたとかじゃないわよ。」
しばしののち。 気を取り直したように顔を上げ、女は また話し始める。
「でも何年かしたら、ヤムチャの手にも負えなくなるわ。
そうなったら、悟飯くんに頼むつもり。 勉強があるから、毎日ってわけにはいかないけど。」
そして、女は俺を、エレベーターに乗るよう促した。
「あんたは死なずに済んだし、都も会社も無事だった。
それでもトランクスの師匠は、やっぱり悟飯くんになるのね。」
そんな話をしながら。
どうやら屋上に、向かっているようだ。
C.C.の屋上。
「いったい、何だというんだ。」
「ちょっと待ってね。 すごいんだから…。」
壁面に設えたパネルを、素早く操作する。
すると間もなく、独特の機械音とともに、真新しい宇宙船が出現した。
すぐにも飛び立てるよう、格納庫からせり上がってくる仕掛けだ。
「驚いた? あんたへのプレゼントよ。 一年以上前から、少しずつ準備してたの。」
そうよ。 仕事もあったし、トランクスが生まれてからは なかなか、まとまった時間が取れなかった。
その中で、完成させたのだ。
この男の反応が見たかった。 何て言うだろう?
いったい どんな顔をするだろうか。
「エネルギーのチャージも済んでるわよ。 すぐにだって出発できるわ。」
「…。」
表情をうかがうべく、顔を覗き込む。
少しでも不快そうにしていたら、わたしの勝ち。
『勝手なことをするな。』
そんな言葉を引き出せたなら、文句なしに わたしの勝ちだ。
なのに彼ときたら、こんなことを言うではないか。
「よく やったな。」
… わたしに対する、初めての褒め言葉。
重力室を造った時も、それに 地球には存在しなかった素材で戦闘服を作り上げた時にも、
一度も聞けなかった言葉だ。
「内部の説明をしろ。」
「… そうね。」
そんな やりとりをしながら、わたしたちは船内に入っていく。
「まあ説明って言ってもね、操縦はタッチパネル式だし、面倒なことは特にないわ。
あんたには、お手の物でしょ… えっ?」
大きな音がした。 ベジータが、ハッチの扉を閉めたのだ。
そして、「ちょっと、何するの? 何してるのよ!」
答えない。 彼は その足で操縦席に立ち、パネルを操る。
鼓膜に響く爆音。
飛び立った船は あっという間に、成層圏を突破してしまった。
「何てことするのよ! わたしは もう、関係無いはずでしょ?
こうしちゃいられないわ、一旦 戻るわよ。 …あっ!」
わたしは目を疑った。 なんと その拳で、彼は軌道修正のスイッチを破壊したのだ。
「いったい 何なの? 何を考えてるのよ!!」
うろたえながらも わたしは、考えをめぐらせる。
そうだ、脱出用の宇宙ボートがある。 まだ発って間もないことだし、あれなら…。
けれど それは叶わなかった。
ベジータに、腕を掴まれ引き寄せられて、シートの上に押さえつけられたためだ。
「だから 何だっていうのよ、ねえっ!!」
「俺は、科学を利用しながら強くなった。 科学者は必要だ。 それに、旅には気晴らしも欲しい。」
「何 それ! イヤっ、どいて、お願い!!」
必死の叫びは聞き入れられず、彼は、露わにした わたしの胸に顔を埋める。
「戻らないと… 仕事だってあるのよ、それにトランクスが…。」
その名前を出すと、ベジータは少しの間 動きを止めた。
けど その後で、彼は言った。
「奴なら心配いらん。 さっきの様子、それに未来から来た あいつを見ただろう。
どんな状況でも、したたかに生きるはずだ。」
「勝手なこと言わないでよ! それに あっちの世界が どんなに悲惨でも、わたしがいたわ。
トランクスには わたしがいなきゃ、」
「黙れ!」
唇が、押し当てられて塞がれた。
その わずかな間に、彼は こうも言っていた。
「安心しろ。 ガキは またできる。 おまえは また、すぐに俺の子を孕むことになる。」
…
それを聞いた女、ブルマは また、俺の唇に歯を立てた。
血の塩味が、舌に伝わる。
のしかかる俺の体を、押し返すことすら出来ない非力な女の、せめてもの抵抗。
今もまた 例の、あの表情でいるのだろう。
俺は この女の、科学者としての力量は認めている。
体力は無いものの 持久力は そこそこあり、戦闘力の高い男児も産んだ。
そして実は何よりも、この生意気な顔が気に入っている。
泣きだす直前、それでも負けまいとして堪える、この顔…。
嗚咽は次第に、泣き声によく似た喘ぎに変わる。
生き延びて、宇宙を駆ける自由を手に入れたというのに、俺は女を手放さずにいる。
自分自身に、俺は問う。
これは、負けたことになるのだろうか。