227.『厳しい背中』

ブウ戦直後同様、名作を読み過ぎてしまったためにIFものか他キャラ目線しか

書けずにいたんですが… ひまママver.としてお読みいただければ幸いです。]

今は、すやすやと眠っている。 

だけど夕方から夜にかけて、トランクスの機嫌は やけに悪かった。

具合が悪かったわけではない。 熱もなく、食欲の方は普段通りだったから。

 

今日、大きな戦いが終わった。 

大きい方のトランクス、そしてC.C.に立ち寄ってくれたヤムチャによって、

わたしは 事の顛末を知らされた。

小さなトランクスが、急にぐずり始めたのは その後だ。

母である わたしの動揺、心の揺れを 感じ取ったせいかもしれない。

 

数時間に及ぶ格闘の末、ようやく落ち着いてくれたトランクス。 

今日は もう、このまま 子供部屋で眠ることにする。

小さなライトだけを灯した薄闇の中、あらかじめ運び込んであったベッドに 身を沈める。

傍らのベビーベッドを見つめたのち、わたしは いつしか、浅い眠りの中を漂い始めていた。

 

」  物音で、目が覚めた。 

ロックしていない窓が、外から開かれる音。

それは かつて、わたしにとって うれしくて待ち遠しい、そして同時に悔しい音でもあった。

トランクスを授かる前の、彼と わたしの短い蜜月。

自分の部屋で、あるいは彼のために用意した部屋で、わたしは いつも、眠りながら 待っていた。

そう。 ベジータが、戻って来たのだ。

あの頃と、ほとんど変わらない様子で。

 

声を落として訴える。 

「ちょっと… 大きな音をたてないでよね。 寝かしつけるの、大変だったんだから!」

ベジータは何も言わない。 

ブーツを脱いで手袋をはずし、ぼろぼろになったプロテクターを脱ぎ捨てた後、

毛布をめくって横になる。

つい さっきまで、わたしが寝ていたベッドに。

「ねえ、すごく埃っぽいわよ。 シャワーくらい浴びたらどう?」

返事は無い。 ため息を一つ ついてから、わたしも再びベッドに入る。

 

普通のセミダブルだから、やや窮屈だ。 改めて、背中に向かって語りかける。

「トランクスが… あ、大きい方のね。 明日の朝、元の世界へ帰るんですって。

マシンの方ね、チャージも済んだし調整もしたの。 父さんも見てくれたから、万全のはずよ。」

 

答えない背中を見つめて、話し続ける。

「もう会えないでしょうね。 それが当たり前なんだけど、やっぱり寂しいわね。 

だって うちのトランクスが大きくなっても、ああいうふうにはならないでしょう?」

「…。」 

「育つ環境が全然違うもんね。 それに、大きいトランクスってさ、悟飯くんの影響が すごく強そう。」

止まらない。 返事はなくとも、構わずに続ける。

「悟飯くんの人生も、随分変わるわね。 以前、チチさんから相談されたことがあるのよ。 

学力をどう伸ばすか、学校選びはどうしたらいいかって。

「黙れ。」  

これだ。やっと口を開いたと思えば…。 しかも、ライトまで消してしまった。

「黙って休め。 ガキが起きだすと困るんだろう。」

 

何よ、と 言い返すのは やめにした。

トランクスが、「ふえー。」 声を発したからだ。

でも幸い、泣き声を上げるまでは至らず、また眠りについてくれた。

 

闇と静けさの中で起きていると、否応なしに蘇ってくる。 

数時間前に聞かされた、あの つらい話が。

孫くんは また、死んでしまった。

なのに、地球だけでなく 結果的に他の星まで救った功労者だというのに、生き返れないという。

その理由は、孫くん自身が、それを拒んだから。

かつての わたしの、たった一言のせいで…。

『孫くんの強さが、悪い奴らを引き寄せる。』

 

言ったこと自体は、悔やんでいない。

だって、事実でしょ? 

チチさんや、他のみんなだって少しは思っていたはずだ。

それに、是非とも これだけは付け加えさせてほしい。

『違うのよ、そういう意味じゃないの。 

だから孫くんにいなくなってほしい、なんてことは言ってやしないのよ、一言も!』

 

でも とにかく、孫くんは、わたしたちの世界から消えてしまった。

病気では死なずに済んだのに、やっぱり いなくなってしまった。

だったら ベジータも…? 

生き延びることはできたけれども、やはり去ってしまうのだろうか。 わたしと、トランクスの元から。

 

泣いている わたしの声に、気付いていないはずはない。

だけど ベジータは、黙って背中を向けたままだ。

夜は更けていく。 

一度も抱き合うことをせずに ベッドを共にしたのは、これが初めてだった。

 

 

朝。 「うああーん、 うああーん。」 

トランクスの泣き声で飛び起きた。

「おはよう。 よしよし、おなか すいたわよね。 でも、まずは おむつね。」

身支度をして、早く階下に行かなければ。 

今日で、大きいトランクスとは お別れ。

タイムマシンでの旅立ちを、しっかりと見送ってあげなくてはならない。

 

ベジータは もう、部屋にはいなかった。

いったい いつの間に…。 でも、少し前までは ここにいた。

シーツにも枕にも、彼の体温が残っている。

 

別れの時。 トランクスが腰をかがめて、小さな自分に話しかけている。

「おまえは いいな。 自分の父さんに師匠になってもらえるんだから。」

「…。 本当に、そうなれば いいんだけどね。」 

代わりに答えた わたしに向かって、強い口調で彼は言った。 

「なりますよ、きっと。 そうなるように、頑張ってください。」

腕の中の小さな息子と、向き合っている、青年の姿をした息子が、

ほぼ同時に わたしの顔を見つめる。

「だって、そのために おれはここに来たんです。 いえ、」 

言葉を切って言い直す。

「おれの母さんは そのために、おれをここに寄こしたんだと思います。」

 

タイムマシンが、空に飛び立つ。

「あー。」  腕の中で、小さなトランクスが声を上げた。

30秒程ののち、機体は見えなくなった。

 

「さ、戻らなきゃ。」  喪失感に、ひたってばかりもいられない。

徐々にとはいえ仕事の方も再開している。 トランクスがいるから大忙しだ。 

ベビーシッターも頼めるけれど、あまり他人任せにはしたくない…。

そんなことを思いながら、家に向かって歩き始める。 

すると 今まで どこにいたのか、視界の中に、見慣れた後ろ姿が飛び込んできた。

 

歩調を緩めることをせず、こちらに背を向け、彼は歩く。

小柄だから広くはなく、ひどく無愛想な、実は傷だらけの 彼の背中。

だけど 他のどこでもない、C.C.に向かって、彼は歩いている。

「ベジータ!」  

背中に向かって、声をかける。

正式な夫ではなく、恋人とも呼べない。 

けれど可愛いトランクスの、たった一人の父親。 

そして わたしにとっても、たった一人の、掛け替えのない…。

 

小さな息子を しっかりと抱き、わたしは走り出した。