066.『地球のウィルス』
[ ベジータが病気になる話って、最晩年以外では(病気って感じでもないですが)
書いたことがなかったので挑戦してみました。]
仕事を終えて 家に戻り、居間で一息ついていた時。 母さんが、こんな提案をしてきた。
「ねえ、ブルマさん。 トランクスちゃんに、おたふく風邪の予防接種を受けさせたら どうかしら。」
「おたふく風邪? どうして? 流行ってるの?」
トランクスは今年から、幼稚園に 通い始めている。
「ううん、流行り始めてからじゃ遅いのよ。 実はね、」
話は こうだった。
遠くに住む旧い友達から 久しぶりに電話をもらい、お互いの孫の話になった。
あちらでは小さい子の間で おたふく風邪が流行しており、お孫さんにも感染してしまった。
腫れはひどかったし、痛みと高熱で 本当にかわいそうだったという。
おまけに、楽しみにしていた行事にも 出られなくなってしまったそうだ。
「そうなの…。 受けておいた方が よさそうね。」
サイヤ人との混血児であるトランクスは とにかく丈夫で、風邪なんかには縁がない。
だけど 孫くんの、心臓病の例もある。 予防で安心できるのなら、した方がいいだろう。
「そうよ。 ブルマさんもね、覚えてないでしょうけど 今のトランクスちゃんくらいの頃に接種したのよ。
痛いって泣いちゃって、大変だったわー。」
そんな話をした後で、母さんは こう付け加えた。
「おたふく風邪は怖いのよ。 大人になってから罹ると、合併症を起こしやすいの。」
「合併症って?」
ああ…。
「そうだわ。」 思い立った わたしは、孫家に、チチさんに電話をかけた。
悟飯くんと悟天くんも一緒に どうかと誘うためにだ。
電話に出たチチさんは眠そうだった。 早寝早起きだから、もう休んでいたのだろう。
でも、病気の話には 素早く反応した。 病に苦しむ夫の姿を 思い出したのかもしれない。
それに、今は自宅で勉強している悟飯くんを、
高校入学を機に ちゃんと通学させようと考えているらしい。
「大事な試験がある時なんかに、具合が悪くなっちゃ大変だからな。」
と、いうわけで、日にちを合わせて一緒に行くことになった。
ところで チチさんも電話を切る時、母さんと同じことを言っていた。
「おたふく風邪ってのは、大人になってから罹っちまうと重くなるらしいだな。
特に、男は まずいんだべ?」
…
ともあれ、その数日後に 皆で連れだって病院を訪れ、接種を済ませた。
仕事の方は早引けをしたから、夜も早めに床に就くことができる。
寝室の、ベッドの上。 ベジータは もう寝ている… ふりをしている。
小さなライトだけを灯した薄明かりの中、いつものように話しかける。
「今日はね、トランクスを予防接種に連れて行ったの。 悟天くんたちも一緒よ。
痛かった、痛くなかった、泣いた、泣かなかったで もう大騒ぎだったわ。」
「黙れ…。」 「え?」
思わず、聞き返した。 返事が無いことには慣れっこだけど…。
「しゃべるなと言ったんだ。 黙っていろ。」
「! 何よ! 感じ悪いわね!」
言い返したものの、何だか 様子がヘンだ。
背中に、寄り添ってみる。 熱い。
腕を伸ばし、ズボンの中に手を入れてみる。
「!」
こんなこと、初めてだ。 少なくとも、こういう状況では。
「ねえ、ちょっと、具合悪いんじゃないの?」
「やめろ、 黙れ!」
わたしの言葉が終わるよりも早く、仰向けにされて組み敷かれる。
ただし、いつものような理由ではなく 怒りのためだ。
ほら、目がつりあがって、もともと怖い顔が さらに、もっと…
「きゃあっ!!」 「? なんだ。」
「顔! 顔! どうしちゃったの?」
戸惑う彼を 押しのけて立ち上がり、ドレッサーから手鏡を持ってくる。
「な、何だ、これは!!」
本人も驚いている。 両耳の下、それに顎の下が腫れている。
体温は明らかに高かったし、そのうえ… 元気もなかった。
「これ 多分、おたふく風邪よ。 こっちでも流行ってるんだわ。」
トランクスたちは今日、罹っていないことを確かめてから接種した。 よかった。
「くそっ、気味の悪い病を うつしやがって! どうにかしろ!一刻も早く治せ!」
「はい、はい。 今 お医者様を呼んであげる。 だから ちゃんと横になって!」
うろたえるベジータを何とか寝かせて、その場から すぐ電話をかけた。
我が家の 昔からの かかりつけの先生だから、無理を聞いてくれた。
でも 診察の途中に、何度も こう言っていた。 苦笑いをしながら。
「とにかく すぐに来てくれって言うから、てっきり 坊っちゃんか、
ブリーフ夫妻のどちらかだと思いましたよ。」
「すみません…。」
「まあ、抗生物質を打っておきましたし、飲み薬は後で届けさせます。
刺激物を避けて、きちんと体を休めるようにしてくださいね。」
子供に比べて大人が重症化しやすいのは、ちゃんと休まないことも大きいそうだ。
それは、しっかりと休ませなきゃ!
その夜は もちろん、隣で眠った。 キングサイズのベッドは、こういう時も都合がいい。
朝。 氷枕を取り替えてあげながら、改めて顔を見る。
悪いけど、どうしても笑ってしまう。
「でもさ、まだ よかったわね。 戦いのさなかとかじゃなくて。」
「…。」
こちらを 睨む顔もまた…
「ごめん ごめん。 とにかく こじらせないように、ちゃんと治さないとね。 さもないと、」
「何だ。 どうなるっていうんだ。」
「ああ、 あのね… 」
さすがに、言葉にしにくい。 他に誰もいないけど、自然と声が小さくなる。
「・・炎っていうのになってね、子供をつくれなくなるかもしれないんですって。」
本当のことだ。 母さんもチチさんも、そのことを言おうとしていたのだ。
それを聞いたベジータは、呆れたようにため息をついた。
どうせ また、下品と言われるのだろう。 けど、違っていた。
「おまえは… まさか、また 俺のガキを孕むつもりでいるのか?」
即座に答える。 「うん、できればね。」
そして続ける。
「トランクスに、きょうだいをつくってあげたいのよ。
悟飯くんと悟天くんを見てるとね、特に そう思うの。」
「フン。 別の男に頼んだ方がいいんじゃないのか。」
「イヤよ。」 また、即答をした。
横たわる彼の上に覆いかぶさり、こんなことを言ってみる。
「わたしはね、強い男の子供を産みたいの。 宇宙一、強い男のね。」
「宇宙一、だと?」
「そうよ。」
「…。 今は、か。」
彼らしくない言葉だった。 体の具合が悪いせい、そう思うことにする。
顔の腫れなんて、もう ちっとも気にならない。
両手で頬を包みこみ、唇を重ねる。
熱のせいだろうか、とても、熱い…。
それなのにベジータときたら、わたしの肩を両手で掴み、やや乱暴に押し返した。
「もう、何よ? あっ!」 ドアが開いた。
「ママー。」 トランクスだ。
昨夜、お医者様に来てもらったために、ロックされていなかったのだ。
「あら、支度できたの?」 トランクスは もう、ちゃんと園服を着ていた。
「ごめんね、今日は送れないわ。幼稚園には、おばあちゃんと行ってね。」
そう、 今日は仕事を休むつもりだ。 今日ぐらいは、しっかりと看病をしてあげたいから。
わたしに向かって、トランクスは言う。
「うん、わかってるよ。 あのね、おばあちゃんがね、」
「? なあに?」
「予防接種をしていても うつることがあるから、あんまりチューしちゃ いけませんって!」
…
その警告は、現実のものとなった。
それから数日後、なんと わたしまで、おたふく風邪に罹ってしまったのだ。
それでも 小さいころに受けておいた接種のおかげで、ベジータに比べれば随分 軽い。
2〜3日 休養すれば よくなるだろう。
むしろ、その分の仕事のことを考えると 具合が悪くなってしまう…。
「あーあ。」
でも。 ベッドの上、ため息をついて腕を伸ばせば、すっかり よくなったベジータの手に触れた。
「せっかく治ったのに、どこか外に修行に行かないの?」
「チッ、迂闊に出られるか。 こんな、妙なウィルスが うようよしてやがる星…。」
「ふふっ。」
心地よい体温の、背中に寄り添う。
けれど、わたしの方には熱がある。 だから、今夜は このままだ。
だけど 何だか、幸せだと思った。 とっても。