039.『彼専用』
[ わがままべジータです。 ブルマママに言わせたセリフは、管理人の気持ちです。]
数日間の出張を終えたブルマは かなり あわてた様子で、自宅であるC.C.の扉を開けた。
「ごめんね、遅くなって!」
玄関には もう、トランクスを抱いた母が待っていた。
「大丈夫よ。 まだ間に合うわ。」
今日はトランクスの、生後10か月の健診があるのだ。
前回は時間がとれず、母に任せてしまった。
そのため今回はどうしても、自分で連れて行きたかったのだ。
「だけど ブルマさん、疲れてるんじゃない? 大丈夫?
トランクスちゃん、もう ずいぶん動き回るわよ。」
一歳前であるトランクスは まだ、走ることはできない。
だが あっちへよちよち、こっちへフラフラ、とても目が離せなかった。
「母さん、 あの・・。」 すまなそうな声。
それを聞いたブルマの母は、いつもの笑顔で こう答えた。
「いいわよ。 ついて行ってあげる。 ちょっと待ってね。 上着をとってくるわ。」
その時。 奥から ベジータが現れた。 「おい。」
いつもの調子で命じる。 「戻ったのなら、重力装置を調整しろ。」
なによ、 帰ってくるなり。 不満を押さえて、ブルマは答える。
「後にして。 これからトランクスの健診で、出かけなきゃならないの。」
「・・いつ戻るんだ。」 「2時間もあれば終わるんじゃない?」
娘の答えに、母が付け加える。 「混んでたら、もう少しかかるかもしれないわ。」
母と娘のやりとりを見ていたベジータ。 口の悪い彼は、こんなことを言いだした。
「フン、ご苦労なことだ。」
「何がよ・・。」
「サイヤ人が頑健なのは当然のことだ。 それを わざわざ確かめにいくとはな。」
すぐさま言い返そうとした娘を遮り、ブルマの母が口を開く。
「あのね、ベジータちゃん。
赤ちゃんの健康診断っていうのはね、お医者様に診ていただくことだけが目的じゃないのよ。」
噛んで含めるように、言い聞かせる。
「大きな会場に、同じ頃に生まれてきた赤ちゃんと そのご家族が集まるの。
情報交換をしたり、お友達ができることだってあるわ。」
「くだらん。」 いつもの一言で一蹴した後、こんなふうに彼は続ける。
「ひ弱な地球人のガキに混じって、何をするというんだ。」
ブルマはカッとなった。 出張の疲れもあるのだろう。 聞き流すことができない。
「あんたになんか言われたくないわよ。 この子はね、地球で暮らしていくの。 地球人としてね。」
一旦、言葉を切る。
「そうよ。 あんたになんか言われたくない。 どうせ そのうち、」
わたしたちを置いて、平気で何処かに行っちゃうくせに。
わたしの手の届かない、遠い場所に・・・。
最後までは口にしなかった。 言葉にすると、本当に そうなってしまうような気がした。
トランクスは泣かない。 けれども、とても不安げな様子で、周りにいる大人たちの表情を覗っている。
さらに辛辣な言葉を浴びせるべく、ベジータが口を開きかけた その時。
「いい加減になさい。」
聞きなれた声が、二人を制した。
いつもの母とは まるで違う、ひどく きっぱりとした言い方。
さすがのベジータも、意外そうに視線を向ける。
「トランクスちゃんは、わたしが連れて行くわ。」
そう言うと ブルマの母は、トランクスを抱え直して玄関の扉を開いた。
「待ってよ、母さん。 わたしも行くったら。」
「ブルマさんは、重力室を見てあげなさい。」
有無を言わせない一言を残し、孫とともに車に乗り込んでしまった。
さっき言っていた、上着も着ずに。
大きなため息を一つ吐いて、ブルマは重力室へ向かった。
いつものように おしゃべりをせず、黙々と手を動かしたせいだろうか。
調整は思いのほか 早く終わった。
離れた場所から、作業の様子をじっと見ていた男に向かって声をかける。
「・・済んだわよ。 動かしてみて。」
とは言ったものの、自分が室内にいては装置を稼働させられない。
手早く工具を片付けて、ブルマは出口へ向かおうとした。
すると、強い力で腕を掴まれた。 「きゃっ・・・ 」
大きな音をたてて、工具箱が床に落ちる。
「ちょっと、 」 あっという間に、固い壁に押し付けられる。
「何すんのよ! 特訓するために急がせたんじゃないの?」
「気が変わった。」 乱暴な手に、指に、着ている物を剥がされる。
「バカッ! 勝手なんだから。 わたしのこと、何だと思ってるのよ・・。」
「・・・。」 口を塞がれる。 深く重ねられた、唇によって。
ようやく それが離れた後も、ブルマは抗議することができない。
開いた口から洩れる声は、全て喘ぎに変えられた。
不満も、苛立ちも。 何もかもが、熱く しびれる快感の波に呑み込まれていく・・・。
事の後。 ある疑問を、ブルマは口にしてみた。
「ねえ、どうして いちいち わたしに頼むの?」
それは、以前から不思議に思っていたことだ。
「ちょっとした調整くらいなら、もう自分でできるんでしょ?」
しばしののち、ベジータは答える。 彼女の胸に、顔を埋めたままで。
「おまえの役目だからだ。」
「ふうん・・・。」
夜の闇のような色をした、言うことを聞かない固い髪。
ブルマの方は、目の前にある それに顔を埋めている。
熱い吐息と、押し当てられる唇を胸に感じながら、ブルマは考えていた。
役目、か。 セックスの相手、 そして戦闘の、主に訓練のための環境作り。
ねえ、 ベジータ。 あんたは やっていけるの? わたしがそばにいなくても。
宇宙をいくら探したって、わたしみたいな女は見つからないわよ。
わたしは宇宙でなんか、暮していけない。 だから、行かないで。
ずっと ここに、わたしのそばにいてほしいの。
ブルマは言った。 ずっと前から 胸の奥に秘めていた、その言葉の代わりに。
「あんた 結局、寂しかったんでしょ? わたしが家をあけてたから。」
「フン、 うぬぼれるな。」
すかさず、彼は答えた。 ただし胸に顔を埋めた、その姿勢のままで・・・。
ブルマは両腕で、さらに強く抱きしめる。
わがままで自分勝手で乱暴な、どうしようもなく愛しい男を。
その頃。 食堂には、健診を終えて とうに帰宅していたブルマの母とトランクスがいた。
ベビーチェアに座らせた孫に 離乳食を与えながら、ひとりごちる。
「まったく仕方のない人たちよね、あなたのパパとママは。」
小さな口元に、スプーンを運んでやりながら続ける。
「トランクスちゃんは、しっかりしなきゃね。
おばあちゃんがいなくなっても、パパとママのこと、助けてあげるのよ。」
口元に運ばれてくる食べ物を次々と飲み込みながら、トランクスは声を発した。
「んっ!!」
まるで、了解したかのように。
それから10数年の歳月が流れ、ブルマは二人目の子供を産んだ。
40代。 自然の形の妊娠は、ほとんどギリギリと言われる年齢だった。
今日は健診が行われる。
ブルマの経済力ならば一流のベビーシッターをいくらでも雇える。
だが、なるべく他人に任せず 家族の手で育てたいと考えた。
トランクスの時と同じように。
仕事を抜けてきたブルマは リストと照らし合わせながら、大きなバッグに持って行く物を詰めている。
「おむつでしょ、 着替えでしょ。 おしりふきに、機嫌取りのためのオモチャと飲み物・・・。」
まるで引っ越しのようだ。 そばで見ていたベジータが呆れる。
「カプセルに詰めればいいだろうが。」
「カプセルじゃ、開けたら中身が全部出ちゃうのよ。
一つ一つ取り出せるタイプの小型のは、今 開発中なのよね。」
「余計なことをしゃべるな。 これを使え。」
ベジータが差し出した物は、抱っこひもだった。
「えっ、どうして? 車で行くのに、邪魔じゃない。 あんたが運転してくれるの?」
「いいから、さっさとしろ。」
怪訝な顔をしながらも ブルマは、一歳前の娘を 抱っこひもで固定した。
「きゃあっ。」
そのブルマを、ベジータが抱え上げた。 乱暴に開けた窓から、空高く浮かび上がる。
「会場はどこにあるんだ。」
「ちょっと、バッグ! おむつや着替えがなきゃ困るわ!!」
「一番に診察させれば、すぐに終わる。」
そんな勝手な・・・。
「窓も開けっ放しじゃないの・・。」 「トランクスが気付くだろう。」
「やれやれ。」 ベジータの予想通りだった。
何事かと 階下に降りてきたトランクスが、窓辺から空を見上げ 、両親と妹を見送っている。
いろいろなことがあった。
けれども この男は結局、わたしのそばを離れなかった。
そして、多分、これからも ずっと・・・。
空の上。
遅くに生まれた小さな娘ごと 愛する男の腕に抱かれて、ブルマはにっこりとほほ笑んだ。