056.『戦いの爪跡』

舞台はセル戦後のC.C.です。

管理人にとって(多分)初の、ヤムチャとベジータの直接対決です。]

日曜の昼下がり。 

一人でC.C.を訪れたおれは、リビングでブルマと談笑していた。

 

隣ではお母さんがお茶を淹れて、手作りのケーキを切り分けてくれる。 

こんなふうに過ごしていると まるで、何年か前に戻ったような気分になる。

けれど、同じ部屋にいる もう一人の存在で、そうではないことを思い知らされる。

 

トランクスは、もうじき2歳になる。 

部屋の中を走り回り、片言であれこれと話しかけてくる。

ブルマの好みで選んだらしい 洒落た服を着込んだ姿は、もう いっぱしの子供だ。 

だけど、眠ってしまうと やっぱり赤ん坊に見える。

「あら。 いつの間にか眠っちゃってるわ。」  

床に転がって、指をくわえながら瞼を閉じているトランクス。

ブルマは よいしょ、と抱え上げ、背もたれを倒したベビーチェアに寝かせる。

 

「子供部屋でちゃんと寝かせてあげた方がいいわ。」 

お母さんが口を挟む。

「このところ、ちょっと寝不足なのよ。 夜、ブルマさんが帰ってくると一緒になって起きてるから・・。」

チェアの側面のスイッチを押すと、キャスターが出てきた。 ベビーカーのようにも使えるらしい。

「おれが運びますよ。」 「いいのよ、ヤムチャちゃんはお客様なんだから。 ゆっくりしててちょうだい。」

眠っているトランクスを乗せたベビーカーを押して、お母さんは部屋を出て行った。

お客様、か。 何気ない一言に 胸の奥がずきん、と痛む。

 

「なあ。」 おれは尋ねた。 

「ベジータってさ、トランクスの世話を手伝ってくれること、あるのか?」

このところブルマは、仕事の方が とても忙しかったらしい。

「まさか・・。」 笑いながらブルマは答える。 

「あるわけないわよ。 生まれてから一度も、抱いてやったこともないんだから。」

寂しそうにほほ笑むブルマ。 それでもなんだか、前より きれいになったみたいだ。

息子を抱いてやることはなくても、母親の方は・・ってことか。 

おれはソファから立ち上がり、ブルマの隣に腰を下ろした。

 

「なに・・? あ・・っ 」  肩を抱き寄せて、素早く唇を重ねる。 

すぐに離した唇を、その首筋に押し当てる。 

今日のブルマは、襟ぐりの大きく開いた薄手のニットを身につけていた。

「目の毒なんだよ、その格好。」 「やめて。 ふさけないでよ・・。」

自分では見えないだろうに、痕が残っていないかどうか 必死に確かめようとしている。

「ついてないよ、 痕なんか。」 「ヤムチャ・・?」 

「おれは、いつだって 気をつけてただろ?」

そうだよ。 忙しくて、やりたいことがいっぱいあるブルマの計画が狂わないように。 

不用意に子供ができたりしないように・・。

 

その時。 さっきから感じていたバカでかい気が、すぐそばまでやってきた。 

ドアが開く。

「ベジータ。」 はじかれたように、ブルマが立ち上がる。

トレーニングウェアを着ているベジータは、まるで当然みたいに命令する。 

「重力装置を調整しろ。」

「え・・。 おとといの夜に見たばっかりじゃない。 また、無茶な使い方したんじゃないの?」

不満を漏らしたブルマに、ベジータは怒鳴った。 「ぐずぐずするな。」

「わかったわよ。 ・・ちょっと、行ってくるわ。」 そう言ってブルマは、リビングから出て行った。

 

射るような視線を感じながら、おれはベジータに話しかけた。

「重力室があるっていいよな。 家をあけずに修行ができるんだもんな。」

そんな発想、全然なかったよ。

「フン。」 付け加えた一言に、珍しく答えが返ってくる。 「貴様には必要ないものだ。」

まあ、予想通りの反応だ。 いい機会だから、尋ねてみることにする。 

「ベジータ。 おまえにとって、ブルマって何なんだ?」

今度は黙ったままだ。 

「おまえがここに来たばかりの頃、ブルマが言ってたんだよ。

ベジータはC.C.を、地球での基地だと思ってるって。」

 

答えは返ってこない。 けど、否定はしていない気がする。

C.C.が基地なら、ブルマは さしずめ、おまえ担当の科学者・・ 世話係ってとこか?」 

それとも・・。  おれは続けた。

「慰安婦、か?」

 

しばしの沈黙の後、ベジータは答えを返した。 

「だったら、どうなんだ。」

「・・仕方ないよな。 それでもいいって、ブルマが思ってるんなら。」 

そうだ。 そう思ったから、おれはブルマと別れたんだ。

だけど もうひとつ、考えていたこと。 これまで誰にも話さなかったことを、口にしてみる。

「おれはさ、おまえはすぐに何処かへ行っちまうと思ってたんだよ。」 

ブルマを捨てて。 トランクスが大きくなるのを、見守ってやることもせずに。

 

ベジータが口を開いた。 

「だとしたら、貴様はどうしていたんだ? あの女に頭を下げて、のこのこ戻ってきたか?」

「そうだな。」 わざと あっさりと答える。 

「そして、トランクスの親父になれるように努力したよ。」

親を知らないおれは、正直あまり自信がない。 それでも、

「おまえなんかより、ずっとマシなはずだ。」

 

最後までは言葉にできなかった。 「いってえ・・・ 」 

衝撃とともに、おれは壁に叩きつけられた。

手のひらで、壁を撫でながらぼやく。 「あーあ、ひびが入っちまった。 どうすんだよ、これ。」

「うせろ。 二度と顔を見せるな。」 「・・そうするよ。 弁償できないからな。」

 

ベジータは、ものすごい顔をしていた。 

だけど・・ それが あいつの気持ちなら、多分いいことなんだと思う。 

ブルマとトランクスにとって、きっと。

「今度からは、おまえがいない時に来るよ。」 

聞こえないよう つぶやきながら、おれはC.C.を後にした。

 

 

扉を開く音が聞こえる。 ベジータが、重力室に戻ってきた。

「前に見た時と、何も変わってないじゃない。 ホントに調子悪かったの?」

手早く工具を片付けて 立ち去ろうとしたわたしに、ベジータが告げた。

「戻っても、奴はいないぞ。」

「え?帰ったの?」 「殺した。」 ・・・ しばしの沈黙。 「やめてよ。 悪い冗談だわ。」

「本当だったら、おまえはどうするんだ?」  ・・・? 何が言いたいの? 

「ドラゴンボールを探して、生き返らせるわ。 当たり前でしょう。」

一旦、言葉を切る。 「ヤムチャは大事な友達だもの。」

 

「友達、 か。」 ベジータの 口の端が上がる。 

くだらん、とでも言うのだろうと思った。 けれど、違っていた。

予想ははずれた。 大きな音をたてて、工具箱が床に落ちる。 

強い力で、わたしは壁に押し付けられた。 ベジータの手で、あっという間に。

「何なのよ、 ん ・・・ 」  唇を塞がれる。 

するどくした舌先が口内に入り込み、ひどく乱暴に掻きまわされる。

 

ようやく離れた唇が、今度は首筋に押し当てられる。 

「ちょっと、 ヤダ っ・・・ 」 

歯を立てるようにして吸いついている。 痕が残るように、わざとだ。 

「やめてよ。仕事もあるのに、着る物に困るじゃない。」

「それに、男を誘えなくなる、か?」 「何言ってるのよ・・ 」  

ヤムチャとのやりとりを見てたの?

「あれは違・・ あ、 ・・っ 」 ベジータの手が、下に伸びてくる。 

「やだ、お願い、 破かないで。」 「なら、さっさと脱げ。」

 

有無を言わせない様子に、観念しかけた その時。  

機械音・・・ 呼び出し音が鳴り響いた。  

誰? 母さん?  ベジータの腕を解いて、スイッチを押す。 

壁面に現れたモニターには トランクスを抱いた母さんが映し出され、

それと同時にけたたましい泣き声が耳をつんざく。

「トランクス? どうしたの?」 

「ブルマさん、トランクスちゃんがどうしても泣きやまないのよ。 熱はないと思うんだけど・・。」

 

母さんは、珍しく困り顔だ。 「どこか具合が悪いのかしら・・。」 

こんなこと、今までなかったのに。

わたしの帰りが遅かった時、一緒になって起きていたのがいけなかったんだろうか。

ベジータの方を見る。 彼はわたしの顔を見ず、だけど確かにこう言った。 

「行ってやれ。」 ・・・

 

「うん、 ありがと。」 

足早に我が子の元へ向かいながら、わたしは考えていた。 

ありがとう、なんてヘンだったかもしれない。

だけど、とってもうれしい言葉だったのだ。 わたしに、そしてトランクスにとって。

 

数時間後。 夕食を摂るためにベジータは階下に下りてきた。 

わたしにしがみついたまま、トランクスは離れようとしない。 

「具合が悪いわけじゃないみたい。 甘えてるのかしら。 それとも、ヤキモチなのかしら。」 

ひとり言のようなつぶやきに、ベジータはもちろん、答えを返さない。

 

首筋にくっきりと残された痕を指さしながら、トランクスはしきりに尋ねる。 

「ママ、これ、いたい?いたい?」

ベジータの眉が、ぴくりと動く。 そのことに気付いたわたしは こう言った。 

「痛くなんかないわよ。ちっとも。」

 

そうよ。 全然、平気なの。 はっきりとした優しさを見せてくれることはなくても、今は。

ベジータがここに、 わたしのそばにいてくれるから。