『ブラと悟天くんに、話したいことがあるの。』

結婚式が終わった数日後、ママは電話でわたしにこう言った。

『じゃあ、うちに来る?』

『チチさんにも聞いてほしいのよ。 だけど、C.C.は駄目なの。』

電話を通したママの声は、何だかいつもと違う気がした。

 

わたしは仕事を終えた悟天と待ち合わせて、車で孫家へ向かった。

お義母さんに夕食をごちそうになって、少ししてからママが来た。

「ママったら、呼びだしておいて遅いじゃない。」

「ごめんね・・。 トランクスを待ってたんだけど、出先から直接来ることになって。」

勧められた夕食を丁寧に断って、ママは席に着く。

そして、わたしたちに告げた。

「わたし、来週から入院するの。」

 

言葉がうまく出てこないわたしよりも早く、お義母さんが口を開いた。

「入院って、どこか悪いだか?」

「・・・口に出すのもイヤになるくらい、いろんなところがね。」

そのあと、ぽつりと付け加えた。

「死んだわたしの両親と、おんなじ病気よ。」  「そんな・・・。」  

わたしの隣で、悟天が尋ねた。 「でも、治るんですよね?」

ママは、首を横に振った。

話し合いの場をC.C.にしなかった理由を、わたしは・・  

そして多分、ここにいたみんなが理解した。

 

「手術しても、可能性はとても低いの。 だったら、いいわ。 

 トランクスやブラがまだ子供だったら、そうしたでしょうけど・・。」

「ママ、 わたしは・・・ 」  「もうすぐ、お母さんよね。」

にっこり笑って、言葉を続ける。

「そして、悟天くんの奥さんだわ。 ほんとによかった。 ブラのことは、心配ないわね。」

悟天とお義母さん、お茶を淹れてくれていたパンちゃんのママ・・ 

お義姉さんの顔を見ながら、ママは言った。

「トランクスにも、早くいい相手を見つけなさいって ずーっと言ってたのにね・・。」

「トランクスは、知ってたんですね?」

悟天が口を挟んだその時、ドアが開いた。

 

「おれが、どうしたって?」  少し不貞腐れた言い方。

そんな時のお兄ちゃんは、本当にパパによく似ている。

それでもお義母さんたちに、きちんと会釈をしてから席に着く。

「おれは以前から聞いてたよ。 会社や、あの家のことがあるからね。」

そして、悟天に向かってこんなことを言う。

「その辺のことは弁護士にも頼んで、だいたい済ませてある。 

ブラにもちゃんと・・・。 今度、書類にして渡すよ。」

「・・・まかせるよ。」

「なんで? なによ・・ わたしは何にも聞いてないわ・・・。」

どうしてみんな、落ち着いて普通にしていられるの。

 

「ドラゴンボール。」  突然わたしはひらめいた。

「そうよ。ドラゴンボールに・・ 神龍に頼めばいいじゃない。  

ママ、レーダーはどこにあるの?」

「ダメよ。」  今まで、一度も聞いたことのないような厳しい声。

「あれは、寿命で死ぬ人に使うものじゃないの。」

お兄ちゃんも言う。

「おじいちゃんやおばあちゃんの時、おれも同じことを考えた。

そして、同じことを言われたんだよ。」

「・・チチさんにお願いしたいことがあったんだけど、また改めることにするわ。」

お騒がせしました。 

それだけ言って、ママはお兄ちゃんと出て行こうとする。

その後ろ姿に向かって、わたしは叫んでいた。

「パパに言うわ。」

振り向いたママの顔を、わたしはこの先ずっと 忘れることができないと思う。 

それでも、止まらなかった。

「パパに言ったら、 絶対、 絶対に・・・ 」 

許すはずない。 ママが死ぬなんてこと。

 

「ブラ。」  静かな声。

わたしを制したのはお兄ちゃんじゃなく、悟天だった。

「だめだよ。」

 

そのあとわたしは、小さな子供みたいにわんわん泣いた。

わたしは忘れていた。

自分がずいぶん遅くにできた子で、ママが決して若くはないってことを。

ママはいつもきれいで、はつらつとしていたから・・・。

悟天はずっと、肩を抱いていてくれた。

 

「わたしはいったい、どうしたらいいの?」

涙声で誰にともなくした質問に、お義母さんが答えてくれた。

「ブルマさの、願いどおりにしてあげることだ。  周りの者には、それしかできねえ。」

そして、ハンカチを貸してくれたお義姉さんが言った。

「ブラちゃんにできることはね。 まず、元気な赤ちゃんを産むこと。

 それから、悟天くんといい家庭を築いていくことよ。」

涙を拭きながら、わたしは思い出していた。

お義母さんもお義姉さんも、小さい頃にお母さんを亡くして 

お父さんの手で育てられた人だったということを。

 

家路を急ぐ車の中で、母さんは嗚咽をこらえていた。

「泣きたいんなら、泣けばいいじゃないか。」

おれが差し出したハンカチを目元に当てて、母さんは首を横に振る。  そして、こちらを向いて言う。

「ねぇ、 まぶた、腫れてない?」

そんなに父さんに気付かれたくないんだ。

溜息をついた後、声色を変えておれは言った。

「目がちょっと大きすぎるから、まぶたが腫れてるくらいでちょうどいいよ。」

「なに? それ。」  「悟天がブラに言いそうだろ。」

母さんは噴き出して、泣き笑いのような顔になる。

「ほんとね・・・。 ブラは幸せな子だわ。」

そう言ったあと、赤みのさした目で 運転しているおれを見る。

「あんたも早く、いい人を見つけるのよ・・・。」

もう、 聞きあきたよ。

 

その夜は、孫家に泊まっていくことになった。

わたしは悟天の左肩の辺りにすっぽりと納まる。

布団は二組敷いてあるけど、たぶんひと組しか使わない。

「この部屋、昔、ベッドがあったわよね?」

「ああ・・。 遊びに来てたブラが、飛んだり跳ねたりして 壊しちゃったんだよ。」

わたしは驚く。  「嘘、 そんなことあった?」

「嘘だよ。 兄さんも使ってた、古いものだったからね。」  「もう・・・。」  

悟天はいつも、ちょっとだけおかしなことを言って わたしを笑わせる。 

それでわたしの心は、ふっ、と軽くなる。  うんと小さな頃から、ずっとずっとそうだった。

 

「悟天は小さい頃、どこで寝てたの?」

「お母さんと寝てたよ。 お父さんが戻ってからは、二人と一緒にね。」

「そうなの・・。 うちでは、パパとママの寝室には 絶対入れてもらえなかったわ。」

夜だったら、尚更よ。

付け加えた一言で、悟天は笑っていいものかどうか 迷ってるみたいな顔をした。

「小さかった頃、そのことを どうして?ってお兄ちゃんに聞いたの。 そしたらね・・・ 」

『パパは、ママと二人でじゃないと眠れないんだよ。』  って、そう言ったのよ・・・。

 

わたしの目からは、また涙があふれてくる。 悟天は、わたしの肩を抱く腕の力を強める。

「おれはずーっとブラと一緒にいるよ。 どんなに悲しいことがあったとしても。 

そしたら、寂しくはないだろ?」

うん、 と頷いたあと、 わたしはこんなことを言ってしまう。

「でも、もし大変なことが起こったら? 悟天は、戦えないわたしを置いて・・・ 」

「連れて行くよ。」   きっぱりと彼は言う。

「できるだけ、連れて行くつもりだよ。 ブラは結構 強いからなぁ。」

そして、まるで独り言みたいにつぶやいた。

「よかった。 ブラが奥さんで。 置いていかずに済みそうで。」

 

わたしは顔を少し上げて、悟天の頬にそっと唇を寄せた。

それから、彼の右手をとって 自分のおなかに当ててみた。

「あっ・・・ 今、 動いたね。」

 

もしも願いが叶うなら。

ママの生命を長らえさせることができないのなら、この子が元気に、

だけど一日でも早く生まれてきますように。

喜んでくれるママの笑顔が、どうしても見たいから。

 

そして、この子が周りのみんなを励ましてくれますように。

悟天が生まれてきた時と同じように。

 

035.『もしも願いが叶うなら