181.『時をとめて』
病院での診察は、いつもよりずいぶん早く終わった。
ブルマは、孫家に向かっていた。
まっすぐ家に帰る気になれなかった。 誰かと話がしたかった。
もう、薬だけで症状を抑えるのは無理だと言われた。
間もなく、入院することになるだろう。
入院してしまったら、 多分、 もう・・・
ドアをノックすると、チチの笑顔が視界に飛び込んできた。
いつもの通り、明るく迎えてくれる。
「ごめんね、 急に来ちゃって・・・。」
「何言ってるだ。 遠慮なんかいらねえ。
前から親戚みてえなもんだったけど、本当の親戚になったんだからな。」
そう。
遅くに生まれた娘のブラは、孫家の次男である悟天と間もなく結婚式を挙げる。
年が明ける前に、子供も生まれる・・・。
「ちょうどよかった。 これ、できあがっただよ。」
チチが真っ白なベールを両手で広げる。
「飾りのところを、ビーデルさんやパンと相談してちょっとだけ直してみただ。」
このベールは、チチが悟空と、ビーデルが悟飯と式を挙げた際に着けたものだった。
そして今度は、ブラが悟天との結婚式で着けることになる。
ヘッドドレスの部分にはリボンがあしらわれていた。
若い花嫁のブラには、きっとよく似合うだろう。
「とってもステキ・・・。 チチさん、どうもありがとう。」
想いがあふれて、抑えられなくなる。
「悟天くんのお嫁さんになれて、ブラはほんとに幸せだわ。
なにせ、お義母さんがチチさんなんだもの。 お願い、 あの子のこと、 どうかよろしくね。」
流れる涙をぬぐおうともしないブルマに少し驚きながらも、
チチは優しく彼女の背中をさすった。
「ごめんね、 つい・・・ 年のせいかしら。」
「そんな言い方、ブルマさには似合わねえだよ。
おらの孫とおんなじ年の、元気な娘を産んだ人の言葉とは思えねえ。」
そして、ハンカチで目元を押さえたままのブルマに向かって声をひそめる。
「悟天と、ブラちゃんの赤ん坊・・・
悟空さとベジータ両方の孫ってことだからな・・・。
そうとうな暴れん坊に違いねえ。
おらたちも、老けこんでる場合じゃねえだよ。」
C.C.社のことがあるためブルマは、
トランクスにだけは自分の病気のことを打ち明けていた。
結婚式が無事に終わったら、ブラと悟天にも話さなくてはならない。
その時には、チチにも同席してもらおう。
泣き笑いのような表情を浮かべながら、ブルマはそんなことを考えていた。
夜。 寝室。
ブルマは、壁の方を向いてベッドに横たわる夫に寄り添う。
「反対してるわけじゃないんでしょう?」
ベジータが眠っていないことは、わかっていた。
「寂しいのよね。」 何も答えない。
「ブラは子供の頃から、優しい悟天くんのことが好きだったのよ。
あの子、ワガママなところがあるから、
年上の悟天くんとは合ってると思うわ。 それに・・・ 」
夫の背中にほおを寄せながら言葉を続ける。
「生まれてなかったかもしれないのよね、 あの子たちは。」
悟天も、ブラも、それぞれ大きな戦いの後で生まれた。
別の未来からやって来た息子の暮らす世界には、彼らは存在していないのだ。
「向こうのトランクスも、幸せになってくれてるといいわね。 うちのも心配だけど。」
言い終わらぬうちに、ブルマは向きを変えたベジータに抱き寄せられた。
体温と、鼓動と、息遣いを感じ合う。
若かった頃のように 狂おしく行為に耽ることはもうないけれど、
二人は今でもこんな夜を過ごしていた。
それから程なくした、ある晴れた日。
悟天とブラの結婚式が行われた。
式が済んだ後のパーティーで、ベジータが新郎の前に歩み寄った。
「頼んだぞ。」
一言だけ、ぼそりとつぶやく。
「はい。」
力強く頷いた悟天を見て、皆が温かい気持ちになったその時。
「あっ!!」
傍らにいたブラが大きな声をあげた。
「今、動いたの・・・ 赤ちゃん。 初めてよ。」
ブラが父親の手をとって、白いドレスに包まれた腹部に当てる。
その時のベジータの顔を、その場にいた者は、
忘れることができないだろう。
「さっき、 泣いちゃうのかと思ったわ・・・。」
隅のテーブルで、料理を取り分ける妻に茶化され
ベジータは不機嫌な表情を作ろうとしていた。
グラスを手にしたトランクスが、離れた場所からそれを見守っていた。
「よぉ。」 ヤムチャが声をかけてくる。
「あの夫婦は相変わらずだな・・・。 トランクスは結婚しないのか。」
親友と妹の結婚が決まってからというもの、幾度となくされた質問だった。
「おまえなら女の子に不自由しないだろうけど、 そろそろ一人に決めた方がいいぞ。」
「ヤムチャさんが独身でいるのと、 同じような理由ですよ。 多分・・・ 」
そんなふうに答えながらトランクスは、
仲睦まじい両親の姿を、 満ち足りた表情の母をその目に焼き付けていた。
母と、 幸福の絶頂にいる妹の髪の色を思わせる
その日の空は、どこまでもおだやかだった。