072.『ウェディング・ヴェール』
「ねぇ、 もう一回着けてみてよ。」
「えーっ、 また?」
そう言いながらも、ブラはうれしそうにヴェールを箱から取り出す。
チチから受け取って自宅に持ち帰ってきたそれを、ブルマは娘に何度も着けさせた。
「うん、ステキよ。 とってもよく似合う・・・。 よかったわね、ブラ。」
そして、そのたびにこう続ける。
「悟天くんが優しいからって、 あんまりワガママ言っちゃダメよ。」
「もう、 ママったらそればっかり・・・ 」
そこへ、帰宅したトランクスがやってきた。
「あら、早かったのね。 おかえり。」
「おにいちゃん。 ねぇ、 どぉ?」
兄は、純白のヴェールを着けた妹を見つめた。
「・・いいんじゃないか。 嫁に行ったら、あんまりあいつにワガママ言うなよ。」
「もう、 なによ、 二人して同じこと・・・ 」
ブラは頬を膨らませる。
「おまえの顔を見てると、」 「なんだかそう言いたくなるのよ。」
母と息子がほぼ同時に言い返して、その場は笑いに包まれた。
居間のサイドボードの上に飾られている写真の一枚が、トランクスの視界に入る。
亡き祖母がお膳立てして撮影した、両親のウェディングポートレイト。
この時、妹はまだ母のおなかの中だった。
ふと、彼はあることに気づく。
「母さんは、ヴェールを着けてなかったんだね。」
「・・ああ、 家にカメラマンを呼んで、撮ってもらっただけだったから。」
あっさりと答えたブルマに、トランクスが意外なことを言い出した。
「着けてみなよ。」 「え?」
いつになく、真剣な表情の息子に問い返す。
「でも、これは・・・。」
「いいじゃないか。 なぁ、ブラも、構わないだろ?」
「うん、もちろんよ。」 ブラはヴェールをはずして、母に手渡した。
「それじゃあ、せっかくだから・・・ 」
ブルマが、鏡の前でヴェールを着ける。
「やっぱり、わたしには可愛らしすぎるわよ。
チチさんが、ブラに似合うように直してくれたんだから。」
すぐにはずしてしまおうとする母を、トランクスが制した。
「そんなことない。 似合うよ。」 「そうよ、ママ。 ステキよ。」
照れ笑いをする母を残して、トランクスとブラは居間を出た。
上階から、父が降りてくる気配を感じたからだ。
「パパ、なんて言うかしらね?」 ブラが微笑む。
トランクスは黙っていた。
あの写真を撮った頃にはわからなかった、祖母の気持ち・・・
望めば、どんなに贅沢なものでも身に着けられる娘に
花嫁衣装を着せてやりたかったという思い。
それがようやく理解できた気がした。
「おにいちゃん・・・ どうしたの?」
トランクスは顔を背けて、すばやく目元をぬぐった。
「なんでもないよ。 一回りも下の妹に、先を越されて悔しいだけだ。」
兄の涙の理由。 それをブラが知る日は、もうそこまで来ていた。
「ねぇ、 これ、どぉ?」
ブルマはいつもの調子で、居間にやってきた夫に尋ねた。
「・・ブラの、か。」
「うん。 わたしの時はドレスを着ただけだったから、着けてみろって、トランクスが。」
ベジータはやはり、何も言わない。
「子供たちは、似合うって言ってくれたのよ。」
「なら、いいだろう。 欲張りな女だな。」
「さすがに、下品とは言わないわね。」
夫の両肩に手を置き、ブルマはそっと、短いキスをした。
「誓いのキスよ。」 「何を、今さら・・・ 」
「だって、わたしたちちゃんとしてなかったでしょ?
あっ、誓いの言葉もよ。 良き時も、悪き時も・・・ 」
言いかけたそれは、ベジータから重ねられた唇によって遮られる。
病める時も、 健やかなる時も、
共に歩み、 他の者に依らず、
死が二人を分かつまで・・・
唇が離れてからもブルマはしばらくの間、夫の肩に顔を埋めたままでいた。
その理由をベジータが知る日・・・ 認める日。
それは、もう少しだけ先のことだった。