252.『長い髪』

「ママ・・・お願い。これ、とって・・。」

ブラの長い髪が、着ているワンピースの背中のファスナーに挟まってしまっている。

 

「あらあら・・。今日は浴衣にするんじゃなかったの。」

「やっぱりやめたの。 暑いし、着崩れても直せないから・・。」

からんだ髪を丁寧にはずし、ファスナーを上げてやりながらブルマが、

「まさか、どこかで脱ぐつもりじゃないでしょうね。」 と、からかうと

ブラは真っ赤になって否定した。

「冗談よ。 髪、まとめた方が似合うんじゃない?」

ブルマはドレッサーの前に娘を座らせ、ブラシで髪をとかし始めた。

 

彼女が幼かった頃はどんなに忙しくても、毎朝髪を結ってやっていた。

そんな習慣もなくなった今、娘の髪にさわるのは久しぶりのことだった。

仕上げに、自分が少女の頃に集めていたリボンを出してきて、結んでやる。

今日のワンピースにぴったりの色だ。

 

「うん、かわいいわよ。 ポニーテール、久しぶりね。」

「・・髪を結ぶとね、会う人みんながママに似てる、

 そっくりとしか言わないみたいで、ちょっとイヤだった頃があったの。」

初めて聞く話だった。

「だけど、今は平気。

 いくら似ててもわたしはブラなんだし、ママに似てることはうれしいもん。」

鏡に映った自分の姿を確認しながら、ブラは照れくさそうに微笑んだ。

 

誰が見てもかつての自分に生き写しだけれど、

一瞬だけ見せる表情は 間違いなく夫からのものだと思った。

 

あんまり遅くならないようにね、 何かあったら電話するのよ。

と念を押し、笑顔の娘を送り出す。

ポニーテールを揺らし、ワンピースの裾を翻して、恋人の元へ急ぐ娘を。

 

整える以外の目的で、長い髪に触れる相手は一体どんな青年だろうか。

けれど、ブルマはそれほど心配していない。

死と再生、誕生に成長・・・

いろんなことに出会って、戦って、乗り越えてきたわたしたちの娘だもの。

 

本人に問いただせずに、すっかり不機嫌な父親の顔になった夫の隣で

ブルマはにっこり微笑んだ。