098.『観覧車』

ブウ戦前の、遊園地のエピソードとの二部構成です。

upするカテゴリに迷いました・・・。

一応、サイト開設二周年の記念SS第二段です。]

一度は認めたはずだというのに、どうも 面白くないらしい。

ブラと悟天くんの、結婚のことだ。

家にいるのも 落ち着かないのだろうか。

街へ出かけようという提案に、渋々ながらも ベジータは応じた。

 

憮然としている彼に向かって、諭すように話をする。

「わたしだって 最初はびっくりしたわよ。 でも 考えてみれば、こんな いいお話ってないわ。

 悟天くんなら、うちのことも よく知ってくれてるわけだし。」

そうよ。 こう言っちゃなんだけど・・

出会ってから まだ日が浅いような人じゃあ、いろいろと大変だったと思う。

「ブラってね、わたしに似て可愛いのに、男の子に あんまり人気なかったみたいなの。

 あんたに似て、気難しいところがあるせいかしらね・・。」

おっと。 なおさら不機嫌になってしまいそうだ。

「とにかくね、 ブラは小さい頃から、悟天くんのことが好きだったのよ。

 やっぱり サイヤ人とのハーフ同士、気持ちが通じ合うんでしょうね。」

 

「・・・。」

しばしの沈黙。 ベジータは やっと口を開いた。

「おい。 この行列は何だ? おれたちは、いったい何のために並んでるんだ?」

いる場所についてだ。

「ん? ああ、 観覧車よ。」

ここは遊園地ではなく、街の中だ。 

かと言って、昔 デパートの屋上にあったような、小さな子供向けのそれとも違う。

レストランや おしゃれなショップの入った複合ビルの屋上に、大観覧車が出来たのだ。

家族連れや観光客も多いけれど、日が落ちれば 最高のデートスポットになる。

「一度 来てみたかったのよ。 

遊園地も ずっと行ってないし、観覧車は もっと久しぶりだわ。」

 

そう。 あの時以来ではないだろうか。

あの、 天下一武道会の直前。

『この俺に 一撃でも喰らわすことができたら、遊園地に連れて行ってやる。』

ベジータは 重力室で息子と交わした約束を、ちゃんと守ったのだ。

 

 

滅多に起こらないであろう、こんな機会を逃す手はない。

もちろん わたしも同行した。 この際、仕事なんか二の次だ。

トランクスの強い希望により、悟天くんも招待した。

なのに、それをいいことに ベジータときたら、どっかりと ベンチに 腰を下ろしたままだった。

 

悟天くんと はしゃぎまわっているトランクスはいいとして、わたしは退屈だ。

「せっかく来たのに・・。 ねえ、何か乗りましょうよ。」

「おまえだけ行って来い。」 「えーっ・・。」

日が沈みかけてきた。 帰る時間が近づいている。

「じゃ、一つだけ。 最後だし、いいでしょ。 あれなら 並んでないし、ただ 座ってるだけでいいから。」

そう言って わたしは、観覧車を指さした。

ベジータは ようやく、重い腰を上げてくれた。

 

向かい合う形で席に着く。

そう大きくはない 昔ながらのアトラクションであるためか、シートベルトはついていない。

「観覧車って 家族連れや友だち同士っていうより、カップルの物よね。 見て、ほら。」

窓の外を、小さく指さす。 隣りのゴンドラが見える。 

乗っている若い男女は 顔を近づけ合っており、今にも キスが始まりそうだ。

 

それを見て 思いだした。

「そうそう。 あのね、悟飯くんね、ガールフレンドができたんですって。」

チチさんに聞いた。 修行のために学校を休んでいても、毎日家まで 会いに来るというのだ。

「あの子も案外、若いうちに結婚しちゃうかもね。 孫くんたちも そうだったもの。」

答えないベジータの顔を見つめて、わたしは言った。

「孫くん、戻ってくるわね。」

「・・・。 今度こそ、決着をつけてやる。」

それには わたしも、答えを返さない。

 

「わたしね、孫くんに言うつもりなの。 一日だけなんて言わないで、ちゃんと戻ってくるべきだって。

 何か、方法があるはずでしょう?」

行きがかり上だったかもしれない。 

それでも地球、ううん、それどころか宇宙全てが、彼によって救われた。

あんなにも、頑張ってくれたのだから。

「奴に その気が無いなら、どうしようもないだろう。」

「気持ちが、変わるかもしれないわ。 

みんなの顔を見れば・・   それに、悟天くんに会えば。」

 

窓の外に目をやりながら、わたしは続ける。

「トランクス、楽しそうだったわね。

 学校にも お友達は いるけど、悟天くんと遊ぶのが 一番楽しいみたい。」

やっぱり サイヤ人とのハーフ同士、気持ちが通じ合うんでしょうね。

「悟天くんがいてくれて よかった。 孫くんも、やる時は やるわよね。」

「フン・・。」  「あんたも、」 「何?」

「この先 もし、どこかに行ったまま 戻ってこなくなっちゃうなら、

その前に もう一人、子供を残していってね。」

トランクスがいてくれるけど、できれば あと一人欲しいなって思ってるのよ。

女の子も、育ててみたいの。

 

そう続けると、小さな舌打ちが聞こえた。

「欲の深い女だ。」

「だって、洋服選びも楽しいし、大人になったら 話し相手になるもんね。  あっ!」

「? なんだ。」

「あんたがベッドで毎晩、頑張ってくれてるのって もしかしたら、そのためだったりする?」

「・・! くだらんことを言うな!」

笑いながら、わたしは 向かい側の席に移った。

ゴンドラが、結構 大きく揺れたけれども 気にしない。

「ねえ、ベジータ。」 「だから、 なんだ!」

「キス、しよう。」

 

再び、窓の外を指さす。

先程のカップルが、熱い抱擁を交わしているところだった。

「チッ、 まったく この星ときたら・・ 平和ボケだけじゃなく、色ボケまで揃ってやがる。」

返事はしない。 

両手で頬を包み込んで、辛辣な毒ばかり吐く口に、唇を押し当てた。

本当は、どこにも行かないでほしいの。

その、言葉の代わりに。

 

「あー。 パパとママってば、まーた チューしてるよ。」

「ほんとだー。」

「ケンカばっか してるくせに、おんなじ回数 チューするんだぜ。」

「仲良しなんだね!」

「みんな そうだろ。 悟天のとこだって、そうだったんだろ?」

「んー・・。 ぼく、わかんないや。」

「・・・。 お父さん、もうすぐ来るんだろ。 楽しみだな。」

「うん!」

 

トランクスと、空を飛べるようになって間もない悟天くんが 窓から覗いていたことに、

わたしたちは しばらく気付かなかった。

 

 

「くだらん! 俺は帰るぞ。 おまえ一人で乗ってこい。」

大観覧車の順番待ちの人混みの中、ベジータは踵を返して歩き出した。

「ちょっと 待ってよ!」

仕方なく追いかける。

「あーあ、もったいない。 もうちょっとで順番がまわってきたのに・・ きゃあっ!!」

言い終わらぬうちに、わたしの体は宙に浮いた。

あっという間に、夕闇のせまる空に 浮かび上がる。

「こうすれば済む話だろうが。」 「そりゃあ、そうだけど・・。」

 

ビルの上にそびえる、乗りそこなった観覧車。

そしてネオンの灯り始めた街を 見降ろしながら、わたしは考えている。

 

あの日願ったことは、全て叶えられたのだ。

ずいぶん経ってからだったけど、女の子を授かった。

すくすくと元気に成長し、愛する人と 幸せになろうとしている。

 

孫くんも帰って来た。

何年か過ごした後、またしても 姿を消してしまったけれど・・

いつか また、ひょっこり戻ってくるんじゃないかしら。

それが いつなのか、 いつまでいてくれるかは わからないけど。

恐ろしい敵を、連れてくる形じゃなければ いいんだけどね。

 

口数の少ないわたしに、ベジータが声をかける。  「どうした?」

「ううん、 なんでも・・

その時。 強い風が吹き付けた。 「・・っ、 くしゅっ!」

「・・・。 この・・!」 「あらっ、ゴメン ゴメン。 ちょっと寒いんだもの。」

「なら、もう帰るぞ!」 「うん。」

 

そう。 結果として、なのだろうけど、ベジータは わたしのそばにいてくれた。

夫として、子供たちの父親として。

いくら 欲張りなわたしでも、もう これ以上は望んじゃ いけないわね。

だから・・・。

「ベジータ。」 「なんだ。」

わたしは言った。 遠くないうちに訪れるであろう、さよなら。

その、言葉の代わりに。

「キス、しよう。」

 

小さな舌打ちの後、唇が押し当てられた。

外気のせいで 少しだけひんやりとしていた それを、思い切り貪る。

「家以外の場所でのキス、久しぶりでしょ?」

そんな言いわけをしながら。