145.『ベビードール』

ブラは17歳くらいです。 ベジブルのシーンは、ブウ戦前をイメージしています。

休日の昼下がり。 

居間に行ってみると誰もおらず、そのかわりソファの上に 薄い雑誌のような本が置かれていた。

手に取って、めくってみる。 女の子向けの 通販カタログだ。

「ブラが置いていったのね。 わあ、かわいい〜。」

洋服や小物も扱われていたが どうやら、下着とナイティが中心らしい。

 

「あら?」 折り目のついたページがある。 

「何か、買うつもりかしら?」

そこに載っていた物は いわゆる、ベビードールだった。

パジャマと かわらないような シンプルなデザインの物もあるけれど、

かなりセクシーな物も載っている。

 

ずっと昔・・・  今のブラよりも幼かった頃。

自分の場合は、デパートかどこかで 一緒にいた母に向かって、これがほしいとねだったことがある。

いつもの笑顔で母は言った。 

『ブルマさん、これはね、恋人と過ごす夜に着る物だと思うわ。』

よく覚えていないが 多分、セクシーなデザインの方に手を伸ばしていたのだろう。

 

カタログを眺めながら、ブルマは思い出していた。

ベビードールを着て過ごした、恋人 ・・・  

愛する男との、夜のことを。

 

あれはベジータと同じ部屋、同じベッドで眠るようになって少し経った頃のことだ。

わたしの思い通りになったことが、悔しかったのだろうか。

あの頃、 彼は あまり、自分から手を伸ばしてはこなかった。

かといって、何もなかったわけでは もちろんない。 わたしの方から寄り添えば、ちゃんと そうなった。

確かに、自分勝手な時もあった。 けれど概ね、そういう時の彼は優しかった。

多少乱暴だったとしても、傷つけられたことは 一度も無かった。

 

けれども、着ている物に対しては違った。

ベジータにとって、わたしが身につけている物・・・ 

特にパジャマなんかは、無駄な包装紙、

あるいは 舌触りを悪くする、果物の皮のような存在だったらしい。

自分で脱ぐタイミングを逃せば大抵、二度と着られないことになった。

翻弄されてクタクタになり、裸のままで眠ってしまうことも多い。

いっそ もう、寝る時は 何も着ないと決めてしまおうか。 何度も そう思った。

 

ある夜。 

ふと 思い立ち、もう長いこと、持っていることさえ忘れていた ベビードールを身につけてみた。

ずっと前に買って、1〜2度着ただけの、わりとセクシーなやつだ。

彼は何か言うだろうか。 

それとも、そんな物に用はないとばかりに、苛立たしげに引き剥がすだろうか。

 

ベッドの上、薄明かりの中。  

彼は、仰向けにした わたしの いでたちを見てこう言った。

『なんだ、この下品な格好は。 寝巻か下着、どっちなんだ?』

 

実は その夜は久しぶりに、彼の方から わたしを引き寄せてくれていたのだ。

うれしかった。 だから つい うっかり、調子に乗ってしまった。

『ふふっ、 おんなじこと言ってるわ・・。』

 

ベジータの手が止まった。 はっとなった わたしに、短く尋ねる。 

『誰とだ?』

『あ、 違うの、 えっと・・・。』  

言い終わらぬうちに体を離し、背中を向けてしまう。

しまった。 バカなことを言った。 つまらない、余計な、無神経なことを言ってしまった・・・。

『あの・・ ねえ。』  バツの悪さを隠すため、わざと明るく尋ねてみる。

『しなくて いいの?』

その わたしに、ベジータは こんなふうに答えた。

『やりたいのは、おまえの方だろう。』

 

そうなのだろうか。 わたしが求めなければ、ベジータは もう・・。

わたしたちの蜜月は、トランクスを授かった時点で終わりだったのだろうか。

 

何も言い返すことなく、ベッドの端に体を沈ませた。  

瞼を閉じた暗闇の中、思いをめぐらせる。

『ところでさ、 これ 寝巻?下着? どっちなんだい?』

そう言ったのは もちろん、かつてのわたしの恋人だ。

『どう? 色っぽいでしょ?』  しつこく尋ねると、『うん。 びっくりしたよ・・。』

頬を赤らめて答えた。

照れ屋で、間の悪いことも多かったけれど、言葉惜しみしなかった優しい男。

その彼と別れ、こういう男・・・ 

ベジータを愛するようになったことは、他の誰でもない、わたしが選んだ道なのに。

 

いつもどおりに、背中に寄り添う。 

眠っていないベジータが、ぼそりと一言つぶやいた。 

『・・・。 相手が、違うんじゃないのか。』

『違わないわ。』  向きを変えた彼の体に、返事の代わりに乗り上げる。 

手を取って、ベビードールの上衣の裾から招き入れる。

『ほら。 こうなってるから、着たままで いろいろ できちゃうのよ。』 

『チッ、 下品な・・・

『でも 脱ぐわね。 だって、』 

あんたって 結局、裸のわたしが好きなのよね。 

ね、そうなんでしょ? だから ケチをつけたり、すぐ、脱がせようとするんだわ。

 

付け加えた言葉に、ベジータは苦笑いで答えた。

『なんでも都合良く とりやがって。 つくづく幸せな女だな、おまえは。』

 

その後 彼は、わたしを抱いた。

いつもどおりに、 ううん、いつもよりも 長く、 うんと丹念に。

 

 

居間に戻ると ママが、置き忘れたカタログに見入っていた。

声をかける。 「気に入った物があるなら、プレゼントするわよ。」 

驚いたように 目を上げる。 

「えっ、 ほんと? めずらしいじゃない。」 

だって、ママへのプレゼントって難しいんだもの。

 

「よく利用するから、ポイントが貯まってるのよ。 お誕生日に、何もあげてなかったし・・。」

「そうなの。 じゃあ、遠慮なく。」 

ページを、せわしなく めくり始める。

 

ママは自分で、何だって買える。 

それに、誕生日やクリスマスには・・ 

パパはともかく、お兄ちゃんからは 高価なプレゼントが贈られているはずだ。

それでも、 

「うーん、すごく可愛くって悩むけど、下着はやっぱり試着したいのよね。 そうなると ウェアーかしら。」

目が真剣だ。

うまく言えないけれど、そういうところが ママの、「愛される理由」ってやつなんじゃないかしら。 

そんなふうに思った。

 

ママがカタログから選んだ物、 それはベビードールだった。

セクシーすぎない 可愛らしいデザインで、実はわたしも欲しいと思っていた物だ。

そのことを口にすると、「あら。 じゃあ 買えばいいじゃない。」と言われた。

ママは、好きな人と同じ家で暮らしてたから いいんでしょうけど・・。

「自分の部屋で、一人で着たって つまんないもの。」 

 

恋人はいないの? 好きな人は? 絶対 そう聞かれると思ったのに、ママは笑顔だけを返してくれた。

 

家の電話からでも、コンピューターからでも注文できる。 

だけど 手っ取り早く 携帯を取り出す。

「あっ。」 

届いていた短いメールが、わたしを ひどく幸せにする。

 

あのベビードール、 わたしも注文しちゃおうかな。

これを着て、彼の部屋で帰りを待つの。 泊まれなくても、ただ どんな顔をするか、見てみたいの。

彼は なんて言うかしら。 きっと、こう言うと思う。

『可愛いけど、これ 寝巻? それとも下着? どっちなの?』 って。