306.『ハイヒール』

出来あがる前の天ブラ、そしてベジブルのお話です。

ちょっとだけ、これまで書いたお話と つながっていないところがあります。]

休日の午後。  

ブラは母に呼ばれて、これまで あまり足を踏み入れたことのなかった部屋に向かった。

ウォークインクロゼットを大きくしたような そこには、十数足の靴が整然と並べられていた。

「どうしたの、 これ。」 

「昔にね、衝動買いしちゃって、ほとんど穿いてなかった物なのよ。 今はやってる形と似てるでしょ?」

「ほんとね。 かわいい・・。」 

ブラは身をかがめて、何足かを手に取った。 

 

「ブラにあげるわよ。」  「ほんと? いいの?」 

「もちろんよ。 今 持ってる それなんか、今日の服にぴったりじゃない?」

促されて穿いてみる。 

「わあ・・ ヒールが高ーい。 視界が変わっちゃうわね。」

「出かけるんでしょ? そのまま穿いていけばいいわ。」  

そして、娘に向かって、ブルマは付け加えた。

「彼の目を、まっすぐに見られるようになるわね。 それとも、見降ろしちゃうかしら?」

 

ブラは まだ、好きな男の話を 母に打ち明けていなかった。 

動揺を隠すため、とりあえず軽口を返す。

「それは、ママとパパの場合でしょ・・。」

『彼』 なんて、そんな人いないわ。 そう答えるのは簡単だ。 

でも今日は、何故だか素直になりたい気分だった。

「これを穿いても、まだ もう少しだけ、彼の方が高いかもしれないわ。」

 

母に向かって、ブラは尋ねる。 

「どこの誰なのかって、聞かないの?」

「そうね・・。 でも そのうち、会わせてくれるんでしょ?」 

「・・。 わたしのこと、信用してくれてるってこと?」

「そうよ。 そのとおり。」 大きく頷く。

「ふうん。 お兄ちゃんには、付き合ってる人がいるのなら ちゃんと紹介しなさいって

あんなにうるさく言ってるのにね。」

その言葉で、よく似た母娘は同時に笑った。

 

「ねえ、ママが こういう、ヒールの高い靴を あんまり穿かないのは、パパが小柄だからなの?」

「えーっ。 別に、そんなことないわよ。 パーティーの時なんかは、華奢な靴を合わせるし。」

「女らしい恰好をしてても 足元はスニーカーだったりしたから、

てっきり パパの背を越したくないんだと思ってたわ。」

「ついつい、歩きやすいのを選んじゃうのよね。 それに・・ 」 

声の調子はそのままに、少しだけ目を伏せて続ける。

「ここしばらくは平和だけどね。 昔は大変なことが いっぱいあったから・・。 

こんなの普段 穿いてたら、逃げ遅れちゃいそうでね。」

 

パパに守ってもらえばいいじゃない。  

喉元まで出かかった言葉を、ブラは呑みこんだ。

二人が年を重ねてから、この世に生まれてきたわたし。 

愛の言葉を交わすことはしなくとも、呆れるほど仲の良い両親。

そういう二人しか、わたしは知らないけれど・・・。

 

ブラは言った。

「わたしの好きな人はね、とっても優しい人よ。

だから、わたしと会ってくれるのが単なる優しさなのか そうじゃないのか、よく わかんないの。」

「ブラ・・。」 

「でもね、 好きになってもらうわ。 近いうちに、絶対 そうなるから。」

自分自身に、言い聞かせるように続ける。 

「そしたら ちゃんと、ママに会ってもらう。 パパにも、認めてもらうわ。」

 

自分と瓜二つである娘。 

だけど 今見せている表情、 そして 強い視線は紛れもなく・・・

「頑張るのよ。 できれば、なるべく早いうちにね。」 

 

母に激励の言葉をかけられ、小さな唇に浮かんだ苦笑い。 

それもまた、彼女の父親から譲られたものなのだった。

 

 

ブラにあげるつもりの靴。 

そのうちの一足を穿いて、わたしは ベジータのいる居間に向かった。

 

「ねえ、どーお?  これ。」 「何がだ。」

しっかりと 足元を見つめていたから、ちゃんと わかっているくせに。 

だけど服ではないためか、いつものように下品とは言わない。

「この靴 ずいぶん昔に買った物なんだけど、結構いいでしょ?」 

「知らん。 俺に聞くな。」

「ふふっ。 かかとが高いと、脚が一層きれいに見えるわね。」 

「そんな物を穿いていると、何もない場所で すっ転ぶぞ。」

 

・・・。  思いだした。 

この やりとり、 これとよく似た やりとりを、ずっと昔 したことがあった。

 

あの時。 買ったばかりの靴を穿いて、ベジータに見せびらかした。 

『どお? 素敵でしょ、 これ。』

いかにも興味なさげに、わたしを無視して 彼は立ち去ろうとした。 

わざと、挑発的な言葉をかける。

『胸やお尻に目がいくでしょうけど、わたしって脚もきれいなのよね・・。』

『フン。 下品なうえに 己惚れの強い女だ。』  『なによ・・ あっ!』

バランスを崩した。 絨毯の毛足に、ヒールが埋まってしまったのだ。

 

反射的に、だったのだと思う。 

それでも ベジータは、しっかりと わたしを抱きとめてくれた。

『ありがと・・。』  『ろくに歩けもしない物を穿くな。』

 

鍛え抜かれた たくましい腕。 小柄だけれど厚い胸。  

そう。  わたしは その後、何百回、何千回と、それらに抱きしめられることになる。

 

黙り込んでいるわたしに、怪訝な顔でベジータは尋ねる。 

「どうした?」

「ううん。 ・・ねえ、ブラは出かけちゃったし、トランクスも多分 帰って来ないと思うわ。

たまには どこかに食事に行きましょうよ。」

「家でいい。」  「もうっ、 いつも それなんだから・・。 じゃあ、 」 

ソファに腰を下ろし、彼に向かって脚を伸ばす。

「これ、脱がして。」  「・・・。」

 

意外だったけれど、ベジータは応じてくれた。 

考えてみれば、靴から脱がしてもらったことは、これまで あまり無かった気がする。

「あら・・ 服まで脱がしてくれるわけ? サービスいいのね。」 

「・・。 暇だからな。」

 

 

彼の体温を感じながら、わたしは考えている。

ブラと、ああいう話ができてよかった。  あの子、反抗期が わりと長かったから・・。

トランクスも、早く 可愛い子を連れて来てくれないかしら。 

そしたら今日みたいに、わたしが昔 気にいって買った物をプレゼントしたいわ。

もし サイズが合わなかったとしたら、アクセサリーなんかでもいいわね。 

そりゃあ 好みってものがあるけど、

たくさんあるから 一つくらいは気にいってくれるんじゃないかしら・・。

 

ああ、早く その日がくればいいのに。 

あんまり ゆっくりだと わたし・・・  間に合わないかもしれないもの。

 

ベジータが 体を離してしまった。 だから、仕方なく 半身を起こす。

「外に出るのなら、さっさと支度をしろ。」 「えっ?」 

「まずいものは食わんぞ。」 

「・・・。 うん! わかってるわ。 何がいいかしらね。」

 

うふっ、何を着て行こうかしら。 

おっと、その前に。 後ろ姿の彼に向かって、声をかける。 

「ねえ、ベジータ。」  「なんだ。」

「靴、 はかせて・・。」

 

果たして 彼は、わたしの願いを聞き入れてくれるだろうか。