248.『ショコラより甘く』

 

3月の初めの休日。 悟天とブラは久しぶりに街に出た。

ホワイトデーが近いためか、カップルの姿が多く目につく。

 

「ブラにも何か お返ししないとね。」

「ほんと? でも いいわよ。 誕生日のお祝いを してもらったばかりだもの。」

「それとこれとは別だろ。気にしなくていいよ。」

そう言われても、好きな男にはあまり負担をかけたくない。

 

「そういえば わたし、男の子からプレゼントもらったことってほとんどないわ・・。」

「あー、 わかるなぁ。」

悟天が、実感のこもった声をあげる。

「自分に買える物なんて 喜ばないだろうって思っちゃうんだよ、きっと。」

「そんな・・。」  少しだけ、ブラは傷つく。

たしかにうちはお金持ちよ。

だけど別に、わたしのお金ってわけじゃないのに。

口には出さなかった。 けれど悟天はブラの頭を優しくなでる。

そのあと二人は、ごく自然に手をつないだ。

 

「そうだ。 会社の女の子へのお返し、ブラに選んでもらおうかな。」

「わたしが? いいの?」

うふっ。 なんだか奥さんみたい。

ブラは たちまち笑顔になった。

 

女性が好みそうな こまごまとした雑貨や菓子がそろう店で、

ちゃんと予算を考えながら 品物を選んでかごに入れる。

ブラの様子に感心しながら悟天は言った。

「こういうの わかんないから、助かるよ・・。 あ、五つでいいよ。」

 

自分以外の人からのチョコレートは、たしか六個あったはずだ。

もしかして、そのうちの一つは・・・。

ブラは悟天の方を見る。 彼の横顔からは、何も読み取れなかった。

 

「ブラは、何がほしい?」 店を出た後、悟天が尋ねる。

「ほんとに今日は いいわ。 それより、おなかすかない?」

「そうだな。 じゃあ、どこかで・・・ 」 ブラは、悟天の手をとった。

「わたしが作ってあげる。」

すぐそばにあるレストランを見ながら続ける。

「ああいうお店じゃ、量が足りないでしょう?」

だけど、とためらう彼に笑顔で言う。

「材料 買って帰りましょ。 ねぇ、いいでしょ。」

 

「いつもこうじゃ、悪いなあ。」

食器を洗うのを手伝いながら、悟天は何度もそう言った。

「いいのよ。 わたしがそうしたいの。」

 

「寄る所があるから、送ってくれなくてもいいわ。」

そのあと、ブラは思いきって付け加える。

「食べてないチョコレート、わたしにちょうだい。」

 

悟天は少しだけ表情を変えた。

けれど それは、ほんの一瞬のことだった。

彼は戸棚から、包装されたままの小さな箱を取り出して

はい、 とブラに手渡した。

 

少し前、 部屋で悟天の帰りを待っている時にこれを見つけた。

他のチョコレートとは、何か違うような気がしていた。

これは彼が、恋人だった人にもらったものだ。

どこかで会ったのだろうか。 それとも、あの部屋に来たんだろうか。

 

悟天がわたしに キスだけしかしてくれないのは、わたしが まだ子供だから。 

そう思っていた。

だけど、 もしかしたら・・・。

 

そんなことを思いながら ブラが家に戻ると、珍しくブルマがキッチンに立っていた。

「あら、 おかえり。」  チョコレートの甘い香りが辺りに漂う。

「何してるの?」

「トランクスが 会社の女の子からもらったものよ。 ほったらかしで、もったいないから・・・。」

チョコフォンデュを作ってみるという。

ブルマは決して手際は悪くないのだが、どうにも大ざっぱで

そのうえ、おかしなところに創意工夫を発揮しようとする。

ブラが見かねて言う。  「ママ、わたしがやるわ。」

 

まな板の上で、チョコを刻んでいく。

「お兄ちゃんは ちゃんとお返ししないから、これだけになっちゃったわね・・・。」

それでも結構な数なのだが、学生の頃などは もっとたくさん もらってきていた。

お兄ちゃんは 誰かを本気で好きになったこと、あるのかしら。

ブラは、ナイフを持つ手を止めた。

「そうだわ。 これも入れちゃお・・・。」

置いていたバッグの中から、チョコレートを取り出す。

「えっ? これどうしたの? 有名なお店のものよ。」

母の言葉に、 いいの。 とだけ返事をし、ブラは箱を開いた。

 

刻んだチョコを湯せんで溶かして、生クリームを加える。 果物を一口大にカットする。

 

「・・何をしてるんだ。」

キッチンにベジータがやって来た。 複雑な表情をしている。

怪しげなものを食べさせられるのではないかと 思っているのだろう。

「ブラが ほとんどやってくれたから大丈夫よ。」

チョコがかかった果物を夫の口に運びながら ブルマは言う。

「おいしいでしょ?」

「フン、わざわざこんな・・。そのまま食えばいいだろう。」

文句を言いながらも、妻の手からそれを いくつも口にする。

 

わたしは、こういうパパとママしか知らない。

だけど、この二人だってはじめからこうじゃなかったはずだわ。

パパは恐ろしい侵略者で、ママには長い付き合いの恋人がいた。

二人がどうしてこうなったのか、わたしは まだちゃんと教えてもらっていない。

 

「おいしいわよ。 ブラも食べなさい。」  なくなっちゃうわよ。

ママが笑いながら わたしに耳打ちした。

 

もう少し大人になったら、話してくれるかしら。

その時、わたしはどう思うかしら。

そして・・ 悟天とわたしは、どうなっているのかしら。

 

チョコレートに包まれた 甘い果物を味わいながら、

わたしはそんなことを考えていた。