『いじわるな唇』 

[ ギズモ様のサイト『90’S 』との相互記念&拙サイトの

2万ヒットリクエストで書かせていただきました。

トランクス×パンです。]

「こんな所で寝ちゃ、風邪ひくよ。」 

パパの声で、目が覚める。

 

ある日曜日のこと。 

早めに昼食を済ませた後 わたしは、居間のソファでいつの間にか眠ってしまっていた。 

「赤ん坊みたいだな。 おなかがいっぱいになったら眠くなるなんて。」 

「疲れ気味なんじゃないの? このところ帰りが遅いことが多いから・・。」 

ママの言葉に 何て返したらいいか迷っていると、電話が鳴った。 

ほっと胸をなでおろしたわたしに向かってパパが言う。 

「そういえば さっき、パンの携帯も鳴ってたみたいだよ。」  

 

トランクスと会うようになってから わたしは、家の中でも 音を切った携帯を持ち歩いていた。 

自分の部屋でメールを見た後、電話を終えたママに告げる。

「友達と会うことになっちゃったの。 ちょっと出掛けてくるわ。」 

「あら、 夕方からクリリンさんたちが みえることになったのよ。

マーロンちゃんがカメハウスに帰って来てるんですって。」 

 

マーロンちゃんは5年ほど前に結婚して、もう子供が二人もいる。

遠くに住んでいるから、機会がないと なかなか会えない。

「お友達との約束、別の日にできないの?」

「・・・なるべく早く帰るわ。 お手伝いできなくてごめんなさい。」 

ママは少しの間、黙ってわたしの顔を見ていた。 だけど、それ以上は何も言わなかった。 

 

 

時計を見る。

メールが示していた時間まで、まだ少しある。

あの部屋でトランクスを待っているのが なんとなくイヤだったわたしは、

ホテルに隣接しているショッピングモールに入ってみた。 

足を踏み入れて、少し後悔した。 

ハイブランドの品物を扱うお店ばかりで、どう見てもわたしは場違いだ。 

通り抜けようとしたけれど、ある場所で足が止まる。 

化粧品のお店。 

ドラッグストアなんかとは全然違う、高級感の漂うそこには

イメージモデルであるらしい女優さんの写真パネルが飾られていた。 

 

ブルマさんに似てる。 一目見て、そう思った。 

髪と瞳の色が少し違うし、年齢で言えば むしろブラちゃんの方に近いのだろう。

なのに何故だか、ブルマさんの華やかな笑顔が思い浮かんだ。

ブルマさんは、本当にきれいな人だ・・・。 

 

その時。  背後から、とてもよく知っている気を感じた。 

肩をぽん、と叩かれる。

「トランクス。」 「部屋にはいないみたいだな、って思ったからさ。」 

気を探ることができるというのは、普段の生活にも意外と役に立つのだ。 

「めずらしいね。 何か欲しい物があるの?」 「ううん。 わたしには似合わないもの。」

「そうかな。」 

そう言ったあと、トランクスは少しの間 例のパネルを見つめていた。 

ブルマさんに似てるわね。

口にすべきかどうか迷っていると、わたしの肩に腕をまわして彼は言った。

「行こう。」 

 

いつもの、ホテルの部屋。 

自宅とは別の、トランクスの仕事部屋だというその部屋が、

スイートルームという名の特別室であることを知ったのは、ずいぶん後になってからだ。 

 

扉を閉めてすぐに、トランクスは どこかに電話をかける。

社長である彼はとても忙しい。 だから、特にめずらしいことではない。 

電話を終えたトランクスは、両手でわたしの肩を引き寄せる。

いつものように。 

「あのね、トランクス・・ 」 「ん? なに?」 わたしの顔を見る。

「今日は早めに帰らなきゃいけないの。 クリリンさんたちが家に来るの。」

「へえ、そうなんだ。」 「だから、あの・・ 」

「ああ、わかったよ。」 意味ありげにうなずく。

「男と寝た直後に、親戚みたいな人達に会うのはイヤだよな。」

そんなことを言いながらトランクスは笑った。 

 

「たまにはいいな、 こういうのも。」

ベッドの背もたれの辺りに座らせた わたしの膝を枕にして、彼は瞼を閉じている。

「気持ち良くって寝ちまいそうだ。 何かしゃべってよ。」

「・・マーロンちゃんって、 」

すみれ色の髪に指を通しながら、わたしはこんなことを言ってしまう。

「トランクスのことが好きだったんですってね。 悟天おにいちゃんが言ってた・・。」

「うんとチビだった頃の話だろ。 今じゃ、いい奥さんだ。」

笑った後で、思い出したように彼はつぶやく。

「そういえば、あの子の結婚式って このホテルで挙げたんだよな。」 

そう。 そして、わたしとブラちゃんがフラワーガールを務めたの。

 

「そうだったな。 あの時のパン、かわいかったな・・。」 「嘘。 忘れてたくせに。」

「今、はっきり思いだしたんだよ。」 そんなやり取りの中、ノックの音が聞こえてきた。

「おっ、 来たな。」 トランクスが起き上がり、ベッドから下りる。

 

ドアを開いて小さな品物を受け取ると、丁寧に包装してある それを、わたしに手渡してくれた。 

「これは・・?」 「プレゼントだよ。 このくらいなら構わないだろ。」

 

きれいな包みを開いてみると、それは口紅だった。

学校の帰りに友達がつけているようなそれとはずいぶん違う。

さっきのお店に売られていた物だ。 

「ありがとう。 でも、いいの?」 それには答えずに彼は言った。

「貸して。 つけてあげるよ。」 ・・・ 

 

「うん。似合うよ。見ておいで。」 促されて、鏡の前に立ってみる。

「お化粧なんて初めてだから、ちょっとヘンなかんじ・・。」

「そう? 初めてではないだろ。」

鏡の中の、紅い唇のわたしを見つめながらトランクスは続ける。

「結婚式の時、パンはこんな唇をしてた。」 

 

ああ・・  あの日のことをわたしは思い出していた。

今日は特別だから。そう言われて、ほんの少しだけお化粧をしてもらった。

ブラちゃんと並んで座ったわたしの唇に 優しい手で紅を差してくれたのは、

ブルマさんだった・・・。

 

彼の両腕が、わたしの背中を抱き寄せる。 唇が重なる。 

わたしたちは鏡の前で、何度も何度も同じことをした。 

 

 

家に戻ると、にぎやかな話し声が耳に飛び込んできた。

「お久しぶりです。 ごめんなさい、遅くなって。」

もう夕食は済んだらしく、皆でお茶を飲んでいるところだった。

ママが小声で囁く。

「遅くなるなら電話を入れなさい。 さ、手伝ってちょうだい。」

「うん。 ちょっと着替えてくる。」 わたしは急いで自分の部屋へ行った。

ドアの鍵を閉めて、着ていた服を脱ぐ。 「・・・。」 

 

トランクスは今日、確かに約束を守ってくれた。

あの後  彼に抱えられてベッドに入ったけれど、最後までは しなかった。

ベッドの上でも何度もキスして、そして、それから ・・・ 

わたしはそっと、胸を押さえた。 

 

居間で、クリリンが悟飯に話しかけている。 

「パンちゃん、ずいぶん大人っぽくなったな。 もう18だっけ。」

小さな我が子をあやしている 一人娘の方を見ながら続ける。

「あっという間にああなっちまうぜ。覚悟しといた方がいいぞ。」 

おだやかな、いつもの笑顔を崩すことなく悟飯は答える。

「まだまだですよ。 うちは、悟天もまだ独身なんですから。」 

「そうか、そうだったな。 そういや、トランクスもまだだったな。」

 

クリリンが発した、何気ない一言。 

悟飯の中でいくつかの点だったものが、それによって一本の線となった。 

帰りの遅い時の娘が、決まって漂わせている気。 

彼は確信した。 その持ち主が誰であるかを。 

 

「トランクス。」 

自分の部屋の鏡に姿をうつして、小さな声でパンはつぶやく。

唇に塗られた色は、すっかり消えてしまっていた。 

けれども 彼女の白い胸には、彼の唇によって刻みつけられた刻印が

はっきりと残っていた。