C.C.のベランダに降り立ち、ロックされていない窓を開く。

ライトが消された、闇に包まれた部屋。 

だが、女がそこにいることを 俺はわかっていた。

ベッドの中で 既に寝息を立てていることもあったが、大抵は狸寝入りだ。

邪魔な毛布を払いのけて のしかかると、

両腕を伸ばしてきて 背中に手を添え、さらに引き寄せようとする。

女は 今夜もそうしていた。 

しかし 何かが違っていることに、俺は気づいた。

 

まず、何も身につけていない。

この女が誘いをかけてくることは珍しくなかったが、どうも様子がおかしい。

そして・・・  女は泣いていた。

頬を涙で濡らしながら、俺の背中に腕をまわして訴える。

「・・・抱いて。」

 

わざわざ言葉にしなくとも、そうするつもりでいた。

だが その一言で俺は、さっきから感じていた違和感が何であるか 気がついた。

俺が来る前 この部屋には、別の男が足を踏み入れた。

いったい誰だ。  以前出て行った優男ではない。

まさか・・・

 

最悪の場面が頭に浮かんだ俺は、女・・ ブルマの脚を開かせ、中指を挿し入れた。

「きゃっ・・・  」  いつものそれとは違う、悲鳴のような声をあげる。

中は乾いている。 男を受け入れたわけではないようだ。

しかし、 それはそれで、例えようのない不快さが湧き上がってくる。

この女は、俺を他の男の代わりにするつもりなのか。

しかも、 よりによって その相手は・・・。

 

女の腕を振り払って突き飛ばし、壁を破って この場を去る。

そして もう、二度とここへは戻らない。

その光景がはっきりと思い浮かぶ。

なのに俺は何故か、そうすることができなかった。

 

女が口を開いて、また同じことを言う。 「ね、 抱いて・・ 

そして、涙の混じった声で続ける。

「お願い。 あんたのやり方でいいの。 どうなっても、後悔しないわ。」

「・・その言葉、 忘れるなよ。」

枕を掴んで引きちぎる。 

ただの布となったそれで 両手首を縛って固定し、涙で濡れた目元を隠した。

そして さらに口を開けさせ、余った切れ端を詰め込んだ。

大声など出せないように。

 

これが俺のやり方だ。 この、甘ちゃん揃いの生ぬるい星に来る前の。

こんな女・・ 

用が済んだら即座に殺していた これまでの女どもと同じだ。

力の加減を誤って、途中で死のうが知ったことか。

 

 

これまでのやり方では足りない、 メチャクチャにされてしまいたい。

間違えて、命を落とすことになっても構わない。

わたしは その時、本気で思った。

けれども彼はそうしなかった。

 

しばらくのち、彼は結局 枷をはずして わたしを自由にしてくれた。

動かせるようになったわたしの腕は 彼の背中にきつく巻きつき、

唇は 彼のそれと深く重なる。

そして瞳は、わたしを抱きしめている彼、 ベジータだけを見つめる。

 

いつの間にか 深い眠りに落ちていたわたしは、寝乱れたベッドの上で目が覚めた。

彼はもちろん、隣にはいない。

窓から見える空にはもう、昼の太陽が輝いていた。

 

 

電話で知らせを受けた時、わたしは耳を疑った。

何かの間違いか、悪い冗談だ。

何のためだか知らないけれど、わたしを謀っているに違いない。

絶対、 そうに決まってる・・・。

 

けれど病室の扉を開けた時、これは現実なのだと知った。

仲間たちが集まっている。

悟飯くんが声を殺すようにして、

そして 夫に取りすがるようにして、チチさんが泣いている。

寝台に寝かされている孫くん。

あの日、強い力でわたしを引き寄せた腕。

幾度となく、むさぼるように重ねられた唇。

お別れの時にも わたしは、それに触れることはできないのだ。

だってわたしは、ただの友達、仲間だから。

 

ふと気配を感じて、窓の外に目をやる。

「ベジータ・・・。」

彼は、離れた場所からこちらを見ていた。

彼はあれから、家に戻っていなかった。

窓を開けて、呼ぼうとする。 けれども、彼は飛び去った。

降り始めた雨の中、 月の見えない夜空に向かって。

 

 

身ごもっていることに気付いたのは、その日から数週間ほど 経ってからだった。

あの夜に、授かったのだと思う。

それなら、もしも あの時、孫くんを受け入れていたら・・・

その考えを、わたしはすぐに打ち消した。

愛した人の家族が傷つく姿は見たくない。

きっとこれが、わたしの運命だったのだ。

 

つわりが治まって、おなかが目立ち始める頃、ベジータはようやく姿を見せた。

何も言わずに、腹部をじっと見つめている。

打ち明けなくても、気というものでわかるのだろうか。

 

「・・強い子かしら?」  答えない。 だけど否定はしない。

「男の子?」 「わかるか、そんなこと。」  ようやく口を開く。

「また どこかに行っちゃうの? ねえ、来月は戻ってくる?」

「何故そんなことを聞く?」

「来月になったらね、産院にC.C.社製の新しい検査機器が入るの。」

怪訝な顔の彼に続ける。

「性別がわかるわ。 それに、尻尾も見えるかも。」

そう言って笑顔をつくったわたしに、彼は尋ねた。

「おまえは、俺が戻ってこないとは思わないのか。」

「そうね・・。」  敢えて、どちらともとれる答え方をする。

 

地球のどこかにいるのなら、気を探ってもらえば こちらから会いに行ける。

死んでしまうことは ないはずだ。

この地球に、彼を倒せる戦士は もう、いない。

「宇宙へ戻るとしても、一度はC.C.に来るはずだわ。 だって、」

あんたが満足するような宇宙船を作れるのは、父さんとわたしだけだもの。

 

何も言ってくれなかった。

だけど、わたしは確かに見た。 

鋭い視線が和らいで、彼の口元がほんの少しだけ、笑ったように動いたことを。

 

おなかをさすりながら、わたしは ベジータが飛び去った空を見つめている。

青い空には、真昼の白い月が ぽっかりと浮かんでいた。

302.『太陽と月』

『のり部屋(改)』の のり様にいただいた『さようなら永遠の恋人』の

続きのつもりで書きました。 時系列が少々おかしいですが、

悟空とベジータの間で揺れるブルマが書きたかったので、ご容赦ください。]