Flying Lovers

[ 当サイトの8万打のキリ番リクエストでE様より いただきました。

高校を卒業した頃の悟飯×ビーデルです。飯ビーのカテゴリが無いため

こちらにupさせていただきました。]

「いけない、遅れちゃいそうだ。」

厚い雲に覆われ始めた空に、僕は あわてて浮かび上がった。

そのまま、都へ向かって飛行する。

本当は、うちに一台だけあるジェットフライヤーを使いたかったんだけど…

休みの日は、買い物なんかで お母さんが使うかもしれないから。

けど、しばらく飛んだところで、雨がパラパラと落ちてきてしまった。

 

「あー、まいったなあ…。」

その時。

エンジンの音とともに、強くはない、けれど昔から よく知っている人の気配を感じた。

間もなくジェットフライヤーが姿を現し、

ガラス越しに、ブルマさんが手を振っているのが見えた。

空中で、ハッチが開く。

「乗って乗って。ずぶぬれになっちゃうわよ。」

ヘリコプターに似せた形の レトロタイプだから、可能なのだ。

僕は好意に甘えることにした。

 

「タオルは ちょっと、すぐに出せないんだけど…。」

「あっ、大丈夫です。ハンカチを持ってますから。」

ポケットを探り、濡れた髪や肩を押さえる。

ブルマさんは、出張の帰りなのだそうだ。

「あら。 よく見たら、ちょっと お洒落してるじゃない? もしかして、今日はデートなの?」

「えっ、まあ… そう、かな。」

「ふふっ、悟飯くんも大人になったわねえ。そうよね、もう大学生だもんね。」

しみじみと、ひとりごちた後で続ける。

「そういえば、まだ ちゃんと お祝いをしてなかったわね。

  ジェットフライヤーがいいんじゃない?

 うちの社の、小型で使い勝手がいい物を見つくろってあげる。」

僕は あわてて、首や手を横に振った。

「そんな、いいんですよ。 家には一台ありますし、筋斗雲だって呼べるんですから。」

 

「筋斗雲! なつかしいわあ。」

何かを思い出したように、ブルマさんは笑った。

けれども、すぐに口をとがらせる。

「あれって、心がきれいじゃないと乗れないって聞いたけど… ほんとなのかしら?」

「えーっと、」

かつて、ブルマさんは乗れなかったらしい。

フォローのつもりで こう続ける。

「うーん、今では、孫家の一員なら乗せてくれるって感じかもしれません。」

「ふうん。」

気のないような返事の後で、笑顔に戻ってブルマさんは言った。

「じゃあ、悟飯くんの子供や奥さんは、乗れるってことね。」

でも あんまり必要ないかしら? だって、自分で飛べるもんね。

 

付け加えられた言葉。

僕の頭に浮かんだのは もちろん、今日 これから会う約束をしている人…

ビーデルさんだ。

 

都会の、きれいに舗装された道路は 少しも湿っていなかった。

どうやら こちらでは、雨は降らなかったらしい。

その証拠にビーデルさんは、待ち合わせをした店の、テラス席の方にいた。

小走りで、手を振りながら近づいていく。

なのに、彼女は笑顔を見せない。しかも テーブルには もう一人、女の子がいた。

「あれ?」

イレーザさんじゃないか。

いつもと違って、全然元気がないから すぐにはわからなかった。

あ、そうそう。 

「イレーザさん、この間は どうもありがとう。」

僕は改めて お礼を言った。

実は今日着ている この服を選ぶ時、イレーザさんがついてきてくれたんだ。

そのおかげで、今風だけど だらしなくない、なかなかお洒落な服が買えた。

一緒にいたシャプナーは、ふざけて わざと派手な物を勧めてきたりしたんだけど…

そう。イレーザさんとシャプナーも、恋人として付き合い始めていた。

 

「そういえば、今日はシャプナーは? 一緒じゃないの?」

その一言で、イレーザさんの顔が 悲しげに歪んだ。

それどころか、テーブルに突っ伏して 泣きだしてしまったではないか。

「?? どうしたの? 僕、何か悪いこと言った?」

「悟飯くん、実はね…。」

説明をするために、ビーデルさんが声を潜めて近づいてくる。

耳に彼女の吐息を感じて、ちょっとドキドキしてしまう。

けど、そんなことを言っている場合じゃなかった。

内緒話の内容は、僕を驚かせるのに十分だった。

「…が、できたんですって。」

「赤ちゃん!!?」

 

思わず大声をあげてしまった。

ビーデルさんと、顔を上げたイレーザさんに きつく睨まれる。

イレーザさんが、ぽつりぽつりと話し始めた。

「このところ ずっと気になってて… 思い切って検査薬を買って、自分で調べたの。

 そしたら…。」

ハンカチではなくティッシュで、目元を押さえながら続ける。

「シャプナーってば ひどいのよ。

電話で打ち明けたら、えーっとか、ウソだろーとか言うばっかり。

頭にきて切ってやったら、通じなくなっちゃったの。」

嘆く親友の肩を抱きながら、ビーデルさんも憤慨する。

「ほんと、サイテーだわ。 

シャプナーって調子はいいけど、何ていうか 根は誠実な人だと思ってたのに!」

 

とは言っても、ここで奴の悪口を言い合っていても始まらない。

「…」

「どうしたの、悟飯くん。」

僕の様子に、ビーデルさんが いちはやく気づいた。

「ビーデルさんもイレーザさんも待ってて。シャプナーと、少し話してみるよ。

 済んだら、ここに連れてくるから!」

そう言って、僕は駈け出した。

休日の街の中、人波をかいくぐって目を凝らす。

そう遠くない所に、奴はいる。

戦士ではない 普通の人の気というのは、捜すのがとても難しい。

けど、身近な人の気なら別だ。

来る途中で会ったブルマさんもそうだったけど、こちらに近づいているならば尚更だった。

 

「電話は相変わらず出ないのに。悟飯くん、あいつの居場所が わかるのかしら?」

「うーん、勘? ちょっと違うか。 でも、彼が ああ言うなら 待ってみましょうよ。」

カフェでは イレーザさんとビーデルさんが、そんな会話をしていた。

 

「いた!」

奴の自慢の長髪が、視界に飛び込んできた。

「おーい、シャプナー!」

呼びかけると、素直に足を止めた。特に、及び腰になったりもしない。

けれど、こう尋ねてきた。

「その服、こないだ買ったやつだな。 ビーデルと会ってたのか? もしかして…」

「うん、イレーザさんも一緒だったよ。」

「そっか、聞いたのか…。」

項垂れて、深いため息をついた。

 

促して、空いていたベンチに腰を下ろす。

するとシャプナーはバッグを探り、折りたたまれた紙を差し出してきた。

「なんだい?」

「退学届の書き方って、これでいいのかな。」

「退学届!? 大学、やめるつもりなのかい!?」

「だって、働かなきゃなんないだろ。」

ブランド物のバッグから、また何かを取り出す。

それは求人誌だった。パラパラとめくって見せる。

「選ばなきゃ結構あるけど… 家族を食わせていくとなると、厳しいよなあ。」

「シャプナー…。」

イレーザさんから 逃げ出そうとしていたわけではなかったんだ。

ホッとすると同時に、なんだか うれしい気持ちになった。

だけど。

 

「ちょっと、順番が違うんじゃないか? まずは、」

「わかってるよ。 家族に話して 許してもらえとか、そういうことだろ。」

言葉を切って、ため息交じりで続ける。

「あいつの親父さんは おとなしいタイプで、そう おっかなくはないんだけどさ、

  母さんの方がキツいんだよ。 あーあ、何て言われるかなあ…。」

「シャプナー、違うよ。」

「ん?」

「もちろん、家族とも話し合わなきゃいけない。 

だけど まずは、彼女に ちゃんと伝えなきゃ。」

 

うーん、とか あ〜〜、とか唸り声をあげて、

いちいち立ち止まろうとするシャプナーを、叱咤しながら引っ張って、

どうにか 彼女たちの待つカフェに着いた。

なのに、席で待っていたのは ビーデルさんだけだ。

「あれ? イレーザさんは?」

「それが、だいぶ前に お手洗いに立ったきりなの。」

「おい、大丈夫なのか? 具合が悪くて、倒れてんじゃないのか?」

シャプナーの言葉で、皆が不安になった その時。

「みんな、聞いて! …シャプナー! ちょうど よかった!」

イレーザさんが うれしそうな笑顔で、こちらに向かって駆け寄って来た。

「勘違いだったの! 今さっきトイレに行ったら、その…。

 赤ちゃんじゃなかったのよ!」

「な、何だよ〜… おどかすなよ〜…。」

へなへなと膝を着いてしまいそうなシャプナーに、僕は さっきも言った言葉を短く繰り返した。

 

「そ、そうか。 そうだったな。」

咳払いをした後、イレーザさんに向き直る。

「イレーザ。 おれはさ、おまえとなら一緒になってもいいと思ってるんだよ。

 おれたちのガキなら、きっと可愛い 良い子だと思うし。

 でもさ、おれたちは まだ、」

「うん、わかってる。 そうよね。 大学に、やっと入ったばかりだもんね。」

「シャプナーは、逃げてたわけじゃないんだよ。

 大学をやめて仕事を見つけなきゃって、思いつめてたんだ。」

僕もフォローし、めでたし めでたし、となりかけたところにビーデルさんが口を挟んだ。

「あの、水を差すみたいで悪いんだけど…

 イレーザ、自分で調べた時は陽性だったって言ってたわよね?

 だったら一度、病院には行った方がいいんじゃないかしら。」

そうだった、と イレーザさんの表情が 再び曇った。

バッグの中から開封済みの、ペンケースくらいの大きさの箱を取り出す。

「これなの。いくら待っても、ハートマークが出てこなかったのよ…

 え? あらっ?」

「どうしたの?」

「わ、わたし、これの見方も勘違いしてたみたい…」

「どういうこと?」

 

頬を赤く染めたイレーザさんが、言いにくそうに説明を始める前に

シャプナーが口を開いた。

「バッカじゃないのか、おまえは!」

「な、なによ! なにがよ!」

「マークが出たら妊娠、出なきゃ してない。

 そんなもん、普通わかりそうなもんだろ!」

イレーザさんも、負けてはいない。

「わかりそうなって、わかんないわよ! こんなこと、生まれて初めてだったんだから!

 ははーん、シャプナー、あんた…」

「な、なんだよ?」

「こういうこと、初めてじゃなかったんじゃないの?」

「何言ってんだよ!」

「誰よ、相手は! あー、わかった。中3の時じゃない?

隣のクラスにいた、あの派手な女ね。そうでしょ!」

「おいっ! 黙って聞いてりゃ、勝手に話 作ってんじゃねえよ!」

 

ビーデルさんが、呆れ顔でぼやいた。

「… 終わりそうもないわね。」

「そうだね。」

「ほっといて、わたしたちも勝手にしましょ。」

そうだ。

僕は あることを、試してみることにした。

空に向かって、口笛を吹く。

「? 悟飯くん?」

怪訝そうなビーデルさんを、手で そっと制する。

間もなく畳半畳程の大きさの雲が、こちらに向かって飛んできた。

「な、何? これ?」

「筋斗雲だよ。さ、乗って!」

「えっ? きゃあーーー!」

 

喧嘩を忘れ、あっけにとられた顔で空を見上げている、イレーザさんとシャプナー。

道行く人々の姿も、どんどん小さくなっていく。

思った通り、ビーデルさんは ちゃんと乗れた。

心がきれいであることの他に、僕がブルマさんに言った理由も含まれていればいいな、と思った。

 

雲の上で、僕は彼女に話しかける。

「今日、来る途中に ブルマさんに会ってね。これをもらっちゃったんだ。」

バッグの中から、包装された小箱を取り出す。

「きれいね。 なあに?チョコレートか何か?」

「多分ね。業務提携先から たくさんもらったそうなんだけど… 」

包み紙を、爪で剥がしながら続ける。

「ビーデルさんと二人きりになってから開けて、って言われたんだ。

 … あーーーっ!!!」

中身は、お菓子ではなかった。

ビーデルさんが横から引っ手繰り、パッケージに書かれた文字を読み上げる。

「新開発。 これまでにない薄さと密着感。 二人の大切な時間を、よりホットに。」

「あ、あはは… シャプナーたちに渡せば よかったね。」

 

ビーデルさんは、何故か それには答えなかった。

その代わり、こう言った。

「その服、ステキね。」

「あ、そう? ありがとう。」

「でも 今度は わたしに選ばせてね。絶対よ!」

… ビーデルさんとのデートに着て行くわけだから、本人に選んでもらうって どうなんだろう?

だけど、とっても うれしかった。

 

ところで 今日の一件は、ブルマさんがくれたような物を使うシチュエーションを、

近づけたんだろうか。 

それとも逆に、遠ざけてしまったんだろうか。

でも まあ、そういう話は、また別の機会に。