Baby, Don’t cry.

[ 「ごった煮。」のコウ様よりリクエストしていただきました、

晩年ベジブルです。次世代CPテンコモリ、管理人ワールド全開ですので

ささげものには ふさわしくないでしょうが・・お許しください。]

予定が一つキャンセルになり、思いがけず 早く退社することができた。

そんな時は もちろん、病院へ向かう。

母さんが入院してから もう、二カ月になろうとしていた。

 

エレベーターを待っていると、背後から よく知っている気が近づいてきた。

肩を叩かれる。 「やあ。」

「・・・悟天。 なんだよ、やけに早いな。」 まだ、6時前だ。

「出張だったんだよ。 家じゃなくて、まっすぐ こっちに来てみたんだ。」

 

エレベーターを降りて 病室に向かって歩いていると、廊下の隅に ブラが立っているのが見えた。

うつむいて、壁に向かって、ブラは泣いていた。

母さんの入院以来  ずっと付き添って、こまごまと世話を焼いているブラ。

別れが近いことを、誰よりも強く感じているのだろう。

 

情けないことに、おれは声をかけられなかった。

だけど・・ 「ブラ。」 

悟天は、ためらわなかった。

おれたちに気付いて 顔を上げたブラに向かって つかつかと歩み寄ると、

小声で何かをささやきかける。 小さな子供にするように、頭を撫でる。

涙を拭って、ブラは笑顔を見せた。

そう。 悟天は昔から、ブラを泣きやませるのが得意だったんだ。

 

おじいちゃんの親友が院長を務めていたこともあってか、

この病院は ずっと母さんのかかりつけだった。

おれも ブラも、ここの産科で産声をあげた。

ブラが生まれて間もない頃のこと。 おれは学校帰りに病室を訪れた。

 

『あら、トランクス。 ちょうど よかったわ。 ちょっと、ブラのこと見ててくれる?』

そう言って、母さんはシャワー室の扉を閉めた。

どうやら 昼寝をしていたらしい。 ブラの方は、まだ寝息をたてている。 

よかった。 母さんが シャワーを終えて戻ってくるまで、眠っててくれるといいな。

泣かれちまったら、ちょっと自信が無い。

そう思った矢先、 やたらと大きなノックの音が聞こえてきて・・

『こんにちはー。』 

返事をするよりも先に、悟天の奴が顔を出した。

『なんだよ、おまえ。』『お母さんから、届け物を預かってさ。』

『ふぎゃー、ふぎゃー。』 

おれたちのやりとりが終わらぬうちに、真っ赤な顔をして ブラが泣きだした。

『ほら、見ろ。 おまえが大きな音をたてるからだぞ。』

うろたえるばかりだった おれと違い、悟天は落ち着いた様子で 小さなブラを抱き上げた。

見事に、ピタッと泣きやむ。 『な、なんでだ? すごいな・・。』

けど、さっきよりはマシだけど、すぐにまた ぐずり始めた。

『あ〜、ダメだな、 これは 僕じゃあ・・。』『? 何がだ?』

 

『泣いちゃってた? あらあら、ゴメンね。』 

シャワー室から、母さんが出てきた。

頭にタオルを巻き、あとはバスローブを一枚、身につけただけの姿で。

『おなかが、すいてるみたいです・・・。』

その姿を見ないようにしながら、悟天はブラを 母さんに渡した。

ベッドに腰を下ろすと 前をはだけて、すぐに授乳を始める。

『えーっと、 それじゃ、僕は これで。』 

『おいっ、置いてくなよ。 じゃあ ママ、おれも・・。』

『なによ、来たばかりじゃないの。 別に、見てたって構わないわよ。』

『で、でも・・。』

『あんたたちだってね、ちょっと前までは こうだったんだから・・。』

 

あの時の母さんは身も心も、完全に母親モードだったようだ。

だが、父さんは違っていた。

その直後に現れた父さんによって、おれと悟天は 病室から つまみ出された。

それも ドアからではなく、窓からだ。

そんな強烈な記憶のせいで、あの後の悟天との会話を おれは ずっと忘れていた。

『おまえ、やけに赤ん坊に慣れてるんだな。 ああ、パンちゃんがいるからか。』

『そうだよ。 パンも よく、あんなふうに泣くんだ。』

 

パンも、あんなふうに泣くんだ。

今 その言葉を反芻すると、胸の奥が きりきりと痛む。

あんなふうに泣いたのだろうか。 部屋の隅で、家族から隠れて。

おれの せいで・・・。

 

 

母さんの待つ病室に入ると、間もなく夕食が運ばれて来た。

「おいしそうよ、ママ。 ほら、ちゃんと食べなきゃダメよ。」

毎度そう言われているらしく、母さんは肩をすくめた。

「全然 体を動かさないから、おなか すかないのよね・・。」

食欲が無いのだろう。 

薄化粧をし、身ぎれいにすることで、うまい具合に衰えを隠しているけれど、

ずいぶんと 痩せてしまった。

 

おれは口を挟んだ。 

「一時帰宅できたらさ、」 

それは、母さんが今・・ 二番目に楽しみにしていることだった。

「どこか いいレストランに行こうよ。 うんとお洒落してさ。」

「それもいいわね。 だけど、」一旦 言葉を切る。

「わたしね、チチさんが作ったお料理が食べたいの。」

「お義母さんの?」 

ブラが尋ね、悟天が すかさず話に加わる。「じゃあ おれ、伝えておきます。」

「一時帰宅できたらね、C.C.に来てもらって・・ ううん。

 やっぱり、孫家の方にお邪魔するわ。 話したいこともあるし。」

「言ったら喜びますよ。 張り切るだろうなあ。」

悟天の言葉で 母さんは笑顔になり、ようやくスプーンを口に運んだ。

 

帰り道。 何かを決意したような声で ブラは言った。

C.C.に寄っていくわ。 パパに 、もう少し早く、

せめてお夕飯の時間から一緒にいてあげるように 頼もうと思うの。」

そして、おれに向かって訴えかける。「ねっ。お兄ちゃんからも頼んで。」

「ああ、そうだな。」 

・・何故、もっと早く そうしなかったか。

それは父さんに、いつになったら退院できるんだ。病名はなんだ。

そう問い詰められるのが、怖かったせいだ。

もう、誤魔化す自信が無かった。

 

「ブラ。」「なあに?」

せり出した腹を、見つめながら尋ねる。「子供、いつ生まれるんだっけ?」

「○月よ。 なによ、もう。 前から何度も、言ってあったはずなのに。」

ブラと悟天の子供、つまり 母さんと父さんの初孫。

その子の顔を見ることが、母さんが今 一番楽しみにしていることだと思う。

「・・もうちょっと、早く生まれてこないかな。」

「え?」 

「どうにか なんないのかな。 サイヤ人は頑丈だから平気なんじゃないか? 」

「お兄ちゃんったら・・。」

 

おれの言ったことに呆れた顔をしながらも ブラは それ以上何も言わず、

黙ってハンカチを貸してくれた。

「ちょっと早めに生まれてくるといいね。 一日でも早く、顔を見せてあげたいよね。」

静かな声で、悟天が言った。

 

 

夜、 病室。

夫に向かって、ブルマは笑顔で話しかける。

「今日はね、トランクスと悟天くんが顔を出してくれたのよ。 楽しかったわー。」

妻が入院して以来、 ベジータは毎日、消灯後に姿を見せる。

そのために、ブルマは決して 窓をロックしないのだ。

 

「それでね、わたし 改めて話をしようと思うの。

 ブラと悟天くんに、C.C.に住んでもらいたいって。」

返事が無いことなど気にも とめずに、彼女は話し続ける。

「養子でもないのに、チチさんに悪いかなって悩んだんだけど・・

 あちらには、悟飯くんたちがいるものね。」

その言葉には答えを返さない。だが、ベジータは口を開いた。

「おまえは、一体 いつになったら家に戻ってくるんだ。」

・・・  

しばしの沈黙。

「一時帰宅なら、近いうちにさせてもらうつもりよ。」

「・・・。」「そうじゃなくて、よね。 えーとね、」

言葉を切って続ける。

「ブラの赤ちゃんが生まれる頃、かしら。」

 

嘘ではない。ブルマは自分に、言いわけをする。

いつ治る、と彼は聞かなかった。

だから 決して、嘘ではないのだ。

 

「・・いつ生まれるんだ。」

「いつって ○月よ、やあね。 何回も話したっていうのに、何を聞いてるのよ。」

呆れながらも、大きな声で笑い出す。

「ブラの赤ちゃん、男の子よ。 重力室で、しっかり鍛えてあげなきゃ。

 そうよ。そのためにも やっぱり、一緒に住むべきなんだわ。」

小さなライトだけを灯した薄暗がりの中、夫の顔をじっと見つめている。

「なんだ。」 

「ふふっ、あんた うれしそうな顔してる。 

ブラがお嫁にいっちゃって、寂しくて仕方ないんでしょ。

トランクスは忙しいし、わたしも いないし・・・。」

「ちっ、 バカなことを言うな。」

 

否定をし、顔を背けながらも 彼は安堵している。

悪い予感など、気のせいだ。 そうに違いないと、心から思う。

向き合う妻の、いつもと変わらぬ 明るい笑顔。

そして ・・

鼻腔をくすぐる甘い香りが、薬品や消毒のにおいに変わってしまっていないことに

心の底から、彼は安堵するのだった。