『さよならの代わりに』

kotosaki様のサイト「クリパチの部屋」で、二人の死後のお話を

読ませていただいて、どうしても書きたくなってしまいました。

設定は、Kotosaki様の小説に準じているつもりです。]

「どこかに出かければよかったね。」

ここは マーロンが嫁いだ後、18号が一人で住んでいる部屋だ。

母娘二人で 簡単に済ませた昼食。  

使った食器を下げながら、18号が娘に向かって声をかける。

「天気もいいし、せっかく子供をあずけてきたっていうのにさ。」

片づけを手伝いながら、マーロンは答える。

「いいわよ。ここの方が落ち着くもの。 それに・・ 」

外だと、泣いちゃった時に困るわ。 心の中で付け加える。

 

大好きだった父・・ クリリンは、数年前に病気で他界した。

花嫁姿を見てもらえなかったことは悲しかったけれど

愛する人と幸せな結婚をし、かわいい子供にも恵まれた。

その頃だった。 母が自分に、ある頼みごとをしたのは。

 

「ねえ、ママ。」 わざと明るい調子で、マーロンは母親に話しかける。

「ママは、パパのどこが 特に好きだったの?」

口をへの字にし、頬を赤らめる。 

いくつになっても彼女はそういう、小娘のようなところがあった。

「ねえ、教えて。」

「あんたはクリリンの、どういうところが好きだったのさ?」

「わたし? わたしは・・ 」

母親からの切り返しに、少しだけ考えて マーロンは答える。

「優しくて、おもしろくって、よく気がついて・・ 」

言葉を切って続ける。

「頭がよくて、意外とクールだったりしたところ。」

小さく笑って、18号は言った。 「あたしもおんなじだよ。」

 

もっと、母と話していたい。マーロンは食い下がってみた。

「それだけなの? ほんとに?」

「・・あんたは、自分のダンナの どこが好きなんだい?」

「え? えーと、そうね・・ 優しくて、明るくて、頭が良くって、それに・・」

「やっぱり、おんなじだよ。」

静かな声で、18号はつぶやいた。 頬を染めて口ごもった娘の顔を見つめながら。

 

「さ、そろそろ頼むよ。」

ついに、この時が来てしまった。

あくまでも、淡々とした様子で 18号はひとりごちる。

「ベッドに横になって・・で いいのかね。不自然に見えなきゃいいけど。」

彼女の、一人娘への頼みごと。

それは、動作停止装置のスイッチを押してほしいということだった。

 

最初に話をされた時、 マーロンは ひどく動揺した。

『それって、殺してくれってことじゃない。 ・・どうして?!』

『クリリンに、会いたいんだよ。』

深い愛情で結ばれていた父と母。

そう言われてしまうと、返す言葉が無くなる。 だけど・・・

『パパなら、ちゃんと待っててくれるわよ。

 別に 急がなくても、天国に行ったら 一緒にいられるじゃないの。』

『天国か。』

しばしの沈黙の後、18号は続ける。

『多分あたしは、その場所へは行けないと思うんだ。』

 

母が そう考える理由。

それは10代の頃に、父の口から聞かされた。

大きなショックを受けた自分に、父は 自分の言葉で懸命に語った。

そういう力を持つ女が 一人の男の元に留まり、

妻、そして母として生きる道を選んでくれたことの重さを。

 

『地獄へ落とされちまったら、もう会えないだろうからね。

 あの世の入り口って所が、最後のチャンスなんだ。』

だからこそ、あまり年数が経ってしまわないうちに 向こうへ行きたい。

母の決意は固く、マーロンは もう、何も言うことができなかった。

 

18号が、ベッドの上に横たわっている。

迷っていたようだが 胸の上で組んでいた手を離して、ただの仰向けの格好になる。

「ママ、 わたし、やっぱり・・ 」 できそうもない。

もう少し、生きていてほしいの。

子供が大きくなっていくところを見てもらいたいし、

わたしのことも、あと少しだけ見守っていてほしい。

訴えかけた、ちょうど その時。 しばらく黙っていた18号が口を開いた。

娘の名を呼ぶ。 「マーロン。」

涙を拭って答える。 「なあに・・?」

「あんたの母親になれて楽しかったよ。 あんたを育てるの、すごく面白かった。」

「ママ・・。」

「殺しや破壊なんかより、ずーっとね。」

 

付け加えられた言葉に、マーロンは 泣き笑いの表情になる。

瞼を閉じている18号の口元も笑っていた。

昔のことを思い出す。

幼かった頃、孫家やC.C.に遊びに行くと、よく こんな意味のことを言われていた。

『18号も、そんな優しい顔して笑うことがあるのね・・。』

子供心に不思議に思った。

おうちでは、わたしの前では、ママは しょっちゅう こういう顔で笑ってるのに。

 

装置を手に取る。

「ママ、 」さよなら。 そう言おうとしてやめる。

「パパに、よろしくね・・・。」

それが最後の言葉になった。 マーロンは、スイッチを押した。

 

 

数日後、 墓地。

遺体はもちろん、父と同じ墓に納めた。 しんみりとした口調で夫がつぶやく。

「まだ若いのにな。 人間なんて、いつどうなるか わかんないな・・。」

訪ねて行ったあの日、

母は急に具合が悪くなり、横になっているうちに 眠るように亡くなった。

そういうことにしていた。

自分の母が普通の人間では ないことを、夫に話していなかった。

いくつになっても、若いままの姿の母。

周りに不審がられないうちに・・ そんな思いもあったのかもしれない。

 

「思い出すな。 初めてマーロンの両親に挨拶に行った日のこと。」

「え・・?」

「マーロンってさ、ちょうど半分ずつ両親に似てるんだよな。」

それは うんと幼い頃から、周囲にさんざん言われてきた。

顔立ちは父にそっくりで、髪と瞳の色は母から譲られた。

「ホントに愛の結晶ってかんじでさ、緊張してたのに つい笑っちゃって・・。

 お義父さんに、ちょっと睨まれちゃったよ。」

 

父が亡くなったのは、それから間もなくのことだった。

マーロンの瞳からは、また 涙があふれてくる。

「ママ。」

夫の腕に抱えられていた子供が 手を伸ばして、濡れた頬を拭おうとする。

「お義母さん、今頃 お義父さんに会ってるかな。」

「そうね、きっと・・ 」

 

過去が、別の世界では どうであれ、自分にとっては 優しい母だった。

母は、本当に 天国へ行けないのだろうか。

でも、そうだとしても、あの父のことだ。 何か抜け道を見つけ出すのではないか。

そして結局、ずーっと一緒にいるかもしれない。

心の中で、マーロンは言った。 さよならという言葉の代わりに。

「パパ、 ママのこと、よろしくね。」