019.『捨てサイヤ人』

最終話のつもりで書きました。暗く救いが無いと思われそうですが、

やっぱり「侵略と略奪を糧にしているサイヤ人」なのでね…。 そして、それを愛した女。

ここまで書けるとは思っていなかったので、自分としては ほぼ満足です。]

走るなんて、いったい どのくらいぶりだろうか。

自分でも不思議だ。

病に蝕まれた この体のどこに、そんな力が残っていたのだろう。

 

「ベジータ!」

彼の姿を見つけて叫ぶ。

振り向いたベジータの、驚いた顔。

彼が言葉を発する前に、わたしの体は ぐらりと揺れた。

けれど、倒れはしなかった。

たくましい両腕に、しっかりと抱きとめられたから。

 

顔を上げた わたしの視界に飛び込んできたもの、それは もちろん、笑顔ではなかった。

「何を考えてる!? 何故 戻ってきたんだ!」

怒りと、戸惑いの こもった声。

正直に、誤魔化すことなく わたしは答える。

「そばにいたいのよ。 妻なんだもの、最後まで一緒にいたいの。」

言い終わらぬうちに、返事が返ってきた。

「バカなことを…。 そんなことが できると思うのか。

 いいか、俺は、」

この星の王。 そうね、わたしの夫である前に。

 

「じゃあ、殺して。」

「なに?」

手を取って、喉元に当てさせる。

「今、この場で殺してよ。 一緒にあの世に行けないのなら、せめて看取ってほしいの。

 だから…

「バカなことを…。」

舌打ちの音。 けれど 次の瞬間、耳に届いたのは爆音だった。

ブラたちを乗せた宇宙船が、飛び立ったのだ。

 

予定外の出来事に、技術者らしき男たちが どやどやと こちらに向かってくる。

「くそっ…!」

彼はマントで わたしを包み、やや乱暴に抱え上げた。

「どこへ行くの?」

答えない。

早足で歩きだし、足を止めた所は…

円形の小型ポッドが並ぶ、発着場だった。

 

彼の片手が、そのうちの一台のハッチを開いた。

強い力で、あっという間に押し込められる。

「イヤだったら! 離れるのはイヤ!」

「黙れ!」

有無を言わせない言葉。 けれども彼は、声を落として こう続けた。

「わかった。 だから声を出すな。 黙っていろ。」

周りを見回して確かめ、彼も乗り込んだ。

扉を閉め、壁面のパネルを、指先を使って 複雑に操作している。

その数分後、 このポッドも飛び立った。

厚く垂れこめている雲を突き抜け、無数の星の瞬く宇宙へ。

 

 

「ねえ。」

もういいだろうと見当をつけ、話しかける。

「わたしたち、ブラを追いかけてるんでしょ? どこへ逃がすつもりだったの?」

「…。 着けば わかる。」

「ふうん。 そこは、平和な星なの?」

「続くかどうかは、あいつら次第だ。」

あいつら。 ブラと、わたしたちの孫のことだろう。

ところで このポッドは、本来ならば一人乗りだ。

窮屈な船内で、わたしたちは ぴったりと身を寄せ合っている。

まるで 夜、ベッドの中に いる時みたいに。

 

「今更だけどさ、戦争が始まるんだったんでしょう?

 大将の あんたがいなくて、大丈夫なの?」

「着陸した後、おまえをブラに引き渡したら すぐに戻る。」

言葉を切って、彼は続ける。

独り言のように、自問自答をしているように。

「俺無しで、どこまで持ち堪えられるか、だが…。 全滅までは しないだろう。」

「どうして、そう思うの?」

「指揮を執るのは おそらく、コルド大王だからだ。

 奴は長期戦を好む。 すぐに片をつけてしまわず、じわじわと攻めるのが お好きだからな。」

口の端を歪めて、皮肉な顔で笑うベジータ。

彼に向かって、わたしは また質問をする。

「フリーザは、どうして来ないの?」

「地球に向かったからだ。」

「! それじゃあ、トランクスたちは…、」

目の前が、真っ暗になった。

 

やや あって、彼は答える。

「覚悟の上だろう。 だが、やられると決まったわけじゃない。」

「… 信じるしかないの? 奇跡を。」

「ああ。 だが、信じるのは奇跡じゃない。 あいつらの力だ。」

「力 トランクスの…。」

「そうだ。 それと、一緒に行った、あの娘の力もだ。」

「パンちゃんのこと? あの子って そんなに、」

「あの娘の一族は、突然変異だ。 

平常時に示される戦闘力は平凡だが、いざ戦闘となれば 数値が跳ね上がるという報告がある。」

「そうだったの…。」

戦闘力が、その時々で変わる。

サイヤ人が絶対視する スカウターでの測定が、意味をなさないということだろうか。

「ブラが言ってたんだけど パンちゃんもね、お母さんが よその星の人だったらしいわ。」

 

何も言わないベジータに、わたしは こんな話をしてみた。

「あくまでも一つの考えなんだけど…

 地球ではね、両親の出身地が遠く離れている方が、子供が優秀になるって説があるのよ。

 それぞれの特長を、うまい具合に受け継ぐのかもしれないわね。」

しばしののち。 彼は ようやく言葉を発した。

「フン、 なるほどな。 あるかもしれんな、そういうことも。」

聞き取れないほどに、小さな声で。

 

「おい。 もう寝ろ。休め。 今日は喋りすぎだぞ。」

「うん…。」

あまり、眠くなかった。

ここしばらく 眠ってばかりいたのは、薬のせいだ。

あの薬は、たしかに痛みを和らげてくれる。

けど その代わり、頭が ひどく ぼんやりして、何も考えられなくなる。

だから もう、飲むのをやめることにした。

だって飲んだって どうせ…。

「何か言ったか?」  「ううん!」  

首を横に振って続ける。

「わかった、眠るわね。 でも、交代しない?」

「なんだと?」

「場所を、よ。 今度は、わたしが あんたを抱っこしてあげる。」

狭苦しい船内で、わたしはベジータの腕の中に収まっていたのだ。

「何を言ってやがる、おい!」

「いいから いいから。 ねっ。」

最後だからね。 これは もちろん、口にしないけど。

 

両腕で 彼の頭を抱きしめて、堅い髪の匂いを、思い切り吸い込む。

「もし もう一人子供がいたとしたら、黒髪だったのかしら。 ちょっと残念。

 でも、ブラの子供に会えたんだから、いいわよね。」

「… うるさいぞ。 寝ろと言ってるだろう。」

「はーい、わかってるってば。 でも、ねえ、ベジータ…

 

眠ったふりをする彼に、心の中で話し続ける。

『いつも わたしを抱きしめながら、あんたは何を考えてたの?

 ううん、答えなくたって わかるわ。

 あんたを産んだ お母さんのことね、そうでしょ?』

結構 長いこと一緒にいたのに、結局 最後まで、お母さんのことは話してくれなかった。

いったい、どんな人だったのかしらね。

 

静けさの中、眠れない わたしは、思いを巡らせ続けている。

およそ20年前、わたしは まるで、ゲームのような感覚でドラゴンボールを集めた。

そして、願った。 ステキな恋人との出会いを。

これも、半信半疑の軽い気持ちだった。

その直後、サイヤ人の攻撃により 地球は滅ぼされ、わたしはベジータとの出会いを果たす。

ああ、でも もう、そのことで自分を責めるのは やめにする。

近いうちに行くことになる あの世では、償いの日々が待っているのだろうから。

ドラゴンボール。

今の わたしの一番の願い。

それは やはり、子供たちのことだ。

死を免れて、生きていってくれること。

苦しみの中でも 幸せを見つけて、それを感じながら生きてくれること。

そして二番目は、このまま、ベジータと一緒に…

 

壁面のパネルに目をやる。

さっき、ベジータの手の動きに注目することで、操作を覚えてしまった。

だから、行き先を変えることは できる。

今、わたしは彼の、堅い黒髪を撫でている。

その手を離し、壁に向かって 手を伸ばしたとしたら。

 

わたしの胸に、顔を埋めているベジータ。

もしも今、パネルを操ろうとしたなら。

激しい口調で咎めるだろうか。 

手首を掴み、強い力で止めるだろうか。

それとも、あるいは、もしかしたら…。

けれど わたしは、彼の髪から 手を離すことはできないだろう。

何故なら、気が付いているから。

眠っていない彼の肩が、微かに震えていることに。

 

「ベジータ。」

「…。」

返事なんかは無くてもいい。 わたしは、彼の名前を呼ぶ。

あまりにも大きすぎる犠牲を払って 出会った夫、

わたしの、運命の恋人の。