201.『家族未満』

第16話、最終話です。 セル戦後のベジブルトラの、ある1日が終わりました。

読んで下さったかた、本当にありがとうございました!]

「パパ・・  ママ、一緒に寝てもいい?」

パジャマ姿で枕を抱えているトランクス。 「雷、 こわいんだ・・。」

その声は まるで、消え入りそうに小さい。

 

「いいわよ。 おいで。」

ベジータから離れたわたしは、トランクスに向かって両腕を広げた。

おずおずとベッドに上がるトランクス。

雷鳴が、また聞こえてきた。 「きゃあああ!!」

小さな肩に しがみつく。 身を縮めているトランクスと、抱き合う形になる。

その時。 ベジータが、ベッドから下りた。

どこに行くの? と尋ねる前に、こう言い残して 彼は扉を閉めてしまった。

「別の部屋で休む。」

 

「ベジータったら・・。」

寝室にある このベッドは、特別あつらえのキングサイズだ。

トランクスが一緒に寝たって、十分な広さだっていうのに。

傍らに横になったトランクスが つぶやく。 「パパ、怒ってたね。」

しょんぼりとした様子で続ける。 「おれが、弱虫だから?」

少し笑って、わたしは答えた。 「違う 違う。気にしなくていいのよ。」

そういう理由じゃないわよね、 多分。

「それに 弱虫なんかじゃないわよ、トランクスは。

 まだ小さいんだから、ゆっくりと強くなっていけばいいの。」

そして・・ 好きな女の子を守ってあげられたらいいわね。

そう付け加えると、こんなことを言ってきた。

「さっきの、パパみたいに?」 ・・・

そうね。  うんと小さな声で、わたしは答えた。

 

どうやら、雷は遠ざかっていったようだ。

トランクスの質問は続く。

「ママは子供の頃、おじいちゃんとおばあちゃんとは一緒に寝てなかったの?」

どうして そんなことを聞いてくるのか、わたしにはわかっていた。

「うんと小さかった頃は覚えてないけど・・ 一人で寝てたわよ。 一人っ子だもの。」

「・・一緒に寝たいって、言わなかったの?」

「言ったこともあるわよ。 そしたらね、こんなふうに言われちゃったの。」

 

『パパは、ママと二人じゃないと よく眠れないんだよ。』

 

それを聞いたトランクスは、少しだけ笑った。

「ふうん。 お風呂は みんな一緒が好きなのにね。」

その言葉で、わたしも思わず笑ってしまった。

「さ、 もう寝なさい。 明日も幼稚園よ。 ママはお仕事。」

「うん。 おやすみなさい。」

トランクスは瞼を閉じて、すぐに寝息をたて始める。

眠りに落ちる その前に、こんな小さなつぶやきを残して。

 

「パパも、ママと二人じゃないと、眠れないんだね ・・・。」

 

ベッドの脇のライトだけが灯る 薄明かりの中、

しばらくの間 トランクスの寝顔を見つめていたわたしは、そっとベッドを抜け出した。

肩がしっかり隠れるように 毛布をかけなおしてあげてから。

 

音をたてずに廊下に出る。

ベジータが、今どこにいるか。

気が読めなくても、機械の力を借りることをしなくても、わたしにはわかった。

ドアの前に立つ。 

ここは あの寝室で一緒に眠るようになる前、ベジータが使っていた部屋だ。

ロックされていない扉。

わざと少し開いたままにし、廊下からの灯りを頼りにベッドに近付く。

「ベジータ・・。」  返事はない。 「もう、寝た?」

 

顔を覗き込んで、黒い髪に触れようとした その時。

「きゃあっ。」  伸びてきた手が、手首を掴んだ。

強い力で引き寄せられて、あっという間に組み敷かれる。

「寝かしつけ終えたから、続きをしに 来たのか?」

「ち、違うわ! おやすみなさいって、言おうと思って・・。」 「フン。」

パジャマの裾から、入り込んでくる手。 「あ・・ ん・・

この部屋で こんなことをしていると、なんだか昔に戻ったような気持ちになる。

あの頃は、自分が母親になるなんて、ほとんど考えたことがなかった。

そして・・ ベジータが地球に、C.C. に留まってくれるとも、思ってはいなかった。

 

「もうっ。 ダメだったら。」 流されてしまいそうになるのを、必死に押しとどめる。

「明日・・ は無理ね。 しあさって!!」 

「何?」  怪訝な顔をしているベジータに向かって、まくしたてる。

「しあさってになったら、 ねっ。 あんたの好きなこと、いっぱいしてあげるから!!」

「・・・。」  手が止まった。

「あっ、 でも・・ 明後日でもいいわ。」 体を起こして、耳元にささやく。 

「お風呂でなら。」

 

舌打ちの後 ベジータは、ひどく おおげさに溜息をついた。

「おまえという女は本当に・・・ 」 

はいはい、下品な女ね。 わかってるわ。 

あきれている彼の唇に そっと短いキスをして、体を離してベッドから下りる。

今では、なつかしいとさえ思う この部屋。

裸でじゃなく、パジャマを着たまま 抱き合っていたい。

体温を感じながら眠って、いつもよりも狭いベッドで一緒に朝を迎えてみたい。

だけど・・・

「行くわね。 トランクスが目を覚ましたら、かわいそうだもの。」

そして、こう付け加えてみた。

「あんたも、来ればいいのに。」

 

ベッドに再び横たわって、ベジータはつぶやく。

「最悪の寝相の奴 二人に挟まれちゃ、とてもじゃないが眠れんからな。」

毛布をかけなおしてあげながら わたしは答えた。

「子供は大抵、寝相が良くないのよ。」

わたしは また、思い出していた。

これまで一度も、トランクスを抱き上げてやったことがないベジータ。

でも、離れた場所から、ベビーベッドで眠るあの子を見つめていたのは 何度も目にした。

 

「明日は少し早起きして、ちゃんと朝ご飯を用意するわね。」

食材も届いたし、

ベジータがトランクスをお風呂に入れてあげている間に、調理器のマニュアルを読み直したのよ。

「・・食える物を作れよ。」

「大丈夫よ。 C.C.社の調理器の性能は最高だもの。だけど、万一失敗したら・・・

一旦言葉を切る。

「なんだ。」 「あんたが作って。 また、お好み焼きでもいいわよ。」

笑いながら、ベッドの上で背を向けているベジータに声を掛ける。

「おやすみなさい。」

彼もきっと、苦笑いをしている。 そう思いながら。

 

寝室に戻って、扉を閉める。

大きなベッドの真ん中で、逆さまになって寝息をたてている わが子の姿が目に入る。

「あーあ、ひどい寝相。」

蹴散らした毛布や枕の位置を直して、わたしもベッドに身を沈める。

 

ベジータと 別の部屋で眠るのは、否応なしに昔のことを思い出す。

けれど、同じことをしていても、あの頃とは確かに違っている。

あと何年かして、トランクスが もう少し大きくなったら・・・

わたしたちは一体、どんなふうに なっているんだろう。

もっと もっと、胸を張って「家族です。」と言えるようになっているかしら。

そうだったら いいな。

「おやすみなさい。」  

もう一度、心の中でわたしはつぶやく。

別の部屋にいるベジータに、 そして、隣で眠るトランクスに向けて。