274.『予感』
[ ラディッツが悟飯だけでなくブルマも連れて行っていたら?
というパラレルです。]
「あの尻尾はなんだ? サイヤ人の血をひいている証拠じゃないか。」
そう言うと、宇宙から来たという男は
悟飯くんに視線を向けた。
すぐにわかった。
この男は 弟である孫くんの息子、幼い甥を人質にする気だ。
わたしは必死に、小さな肩を抱きしめる。
この場にはいない、この子の母親の代わりのように。
じりじりと男が近づいてくる。
わたしにできるのは、怯えて震えている悟飯くんを抱きしめることだけ。
クリリンくんも老師さまも、見守ることしかできない。
孫くんだけが 我が子を守ろうとわたしたちの前に立ちはだかる。
けれども 次の瞬間、信じられないことが起きた。
あの孫くんが、 ピッコロさえも倒してしまった孫くんが、男のたった一蹴りで・・・
「おとうさーん!!」
悟飯くんは、苦痛にうめき声をあげる父親のもとへ駆け寄ろうとする。
とっさに小さな手を掴む。
「ダメよ!!」
わたしの声に、悟飯くんは反応した。 ぴたりと動きを止める。
けれど・・
男は 小さな彼の襟首を掴んで、自分の肩の高さに持ち上げた。
悟飯くんは、わたしの手を掴んだまま離さない。
わたしは男の前に引きずり出される形になった。
じっと、顔を見ている。 まるで、今
気付いたように。
視線は徐々にわたしの首から下へと下りていく。
背筋が寒くなってくる。
「きさまも行くか。」 「え・・?」
あっという間のことだった。
強い力で引き寄せられて、わたしの体は
男の右肩に担ぎあげられた。
「何するのよ!! ヤダッ、 下ろして・・
」
「ブルマさん!」 「ブルマ!!」
クリリンくんと、老師さまの姿がどんどん小さくなる。
男は空に浮かび上がった。
そして 倒れたままの孫くんに 仲間になるしか道はない、
という意味の言葉を残して飛び去った。
悟飯くんとわたしを抱えて。
猛スピードで男は飛ぶ。
振り落とされないよう、しがみつくのも
おぞましい。
いっそ、暴れて落ちた方がましかもしれない。
だけど、泣くことをこらえている様子の悟飯くんに気づいて 思いとどまる。
そうよ。
孫くんは、必ず来てくれる。
みんなもいる。 ドラゴンボールだってある。
わたしは、カメハウスに乗りつけたジェットフライヤーに
置きっぱなしのレーダーのことを思い出していた。
男は荒野に降り立った。
わたしたちを担いだままで、窪地の中にある球形の物体に近づく。
乱暴にわたしを下ろし、空いた右手で扉を開ける。
悟飯くんを放り込む。
そのあと、さっきと同じように わたしの顔に、体に視線を向ける。
「・・とりあえず、入ってろ。」
腕を掴まれ、わたしも閉じ込められてしまった。
扉は開かない。 ロックされてしまったようだ。
薄暗くて はっきりとわからないけど、これは宇宙船?
あの男は、これに乗って来たの?
操縦桿の類が見当たらない。 一体どうやって動かすのだろう。
そんなことを考えていたら、悟飯くんが口を開いた。
「おねえさん、ごめんなさい。」
「え? わたしのこと?」 「はい。」
ふふっ。 わたしは、あなたのお母さんより年上なのよ。
すっごく若く見えるけどね。
「わたし、ブルマっていうのよ。」
「ブルマさん・・ ごめんなさい。」
悟飯くんが、また言った。
「どうして、あやまるの?」
「ぼくが手を離さなかったから、 ブルマさんまで
あの人に・・ 」
最後の方は、消え入りそうに小さな声だ。
「何言ってるの。 悟飯くんは悪くないわ。」
「お出かけの時は お母さんの手を離しちゃいけないって、いつも言われてるんです。」
お母さん。 その一言で 思い出してしまったらしい。
父親そっくりの黒い瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれおちる。
「悟飯くんは、いい子ね・・。」
濡れた頬を指で拭って、わたしは言った。
「大丈夫よ。 孫くんは、あなたのお父さんは
すっごく強いんだから。」
あんな奴、やっつけてくれるわ。
手のひらで 小さな彼の頭をなでて、わたしは自分に言い聞かせる。
そして気づいた。
悟飯くんのかぶっていた帽子が なくなっていることに。
悟飯くんは眠ってしまった。
静かな寝息が聞こえてきて、わたしも うとうとしてしまう。
どのくらい経ったのだろう。
扉が開いた。 あの男だ。
「ガキは 眠っちまったか。」 乱暴に腕を掴まれる。
「来い。」
恐れていたことが起こってしまった。
わたしは、外にひきずり出される。 「・・ブルマさん?」
悟飯くんが目を覚ました。 けれども男は構わず扉を閉める。
顔を近づけてくる。 何を食べたのか、息が生臭い。
「メシも食ったし、寝る前に 少し楽しませてもらうとするか。」
冗談じゃないわ・・。
逃れようと必死に身をよじる。 だけど男はびくともしない。
わたしは地面の上に組み敷かれる。
着ていたジャケットは、眠っていた悟飯くんにかけてあげたから
上はチューブトップしか着けていない。
引き裂くまでもなく、男の手がそれをずり下げる。
生唾を飲み込む音が聞こえる。
「カカロットの奴を 腑抜けにしたのは、きさまだな?」
「違うわ!! わたしと孫くんは ただの・・・ 」
その時。
男が目元につけているゴーグルのようなメカが、何かに反応し始めた。
「何だ? 警戒信号が・・ 」
間もなく破壊音がして、 球形の物体、 宇宙船が粉々になった。
孫くんが来てくれたと思った。 だけど違った。
「ブルマさんをいじめるな!!」 悟飯くん・・?
さっきまでと、表情が まるで違う。
「戦闘力 710だと・・? 故障か?」
男はメカの耳の辺りをしきりに叩いて、何かブツブツ言っている。
その隙に起き上がろうとした わたしの足首に、尻尾が巻きつく。
「どこへ逃げるつもりだ?」
もう、 ダメだわ ・・・
「悟飯くん、逃げるのよ、 早く!!」
わたしの声で、小さな彼の表情は また変わる。
不安げに涙を浮かべている。
「戦闘力 1。 やはり、何かの間違いだ。」
言い終わらぬうちに、男は片手で悟飯くんを弾き飛ばした。
体が地面に叩きつけられる 鈍い音が聞こえた。
「何て事を!!」
「心配するな。 仮にもサイヤ人の血を引いているなら、あれくらいじゃ死なん。」
男の手が、下に伸びてくる。
ベルトごと、ショートパンツを引きちぎる気だ。
誰か 来て、 助けて、 お願い ・・・
ゴーグルのようなメカから、さっきと違う音がする。
「チッ、 邪魔が多いな。」 男は
体を離した。
わたしは必死に、足首に巻きついている尻尾を解こうとする。
なのに、そうすればするほど 一層強く締め付けられる。
男は、誰かと話をしているようだ。 あのメカは通信機なの?
男の口調が違っている。 どこか緊張しているようだ。
敬語は使ってないけれど、上官か何かだろうか。
だけど、かすかに聞こえてくる声はまるで ・・・
ベジータ。 男は会話の相手のことを、確かに そう呼んでいた。
その時。 目の前に閃光が走った。
破裂音の後、 わたしの脚は自由になる。
「誰だ!!」 尻尾を切られた男は
怒り狂う。
立ちあがって、逃げようとしたわたしの体が宙に浮いた。
誰かに、しっかりと抱きかかえられる。 誰?
「ヤムチャ!!」 「とばすぞ。 しっかり つかまれ。」
「でも、 悟飯くんが・・・ 」
空から、孫くんとピッコロの姿が見えた。
間もなく、地響きと爆発音が耳をつんざく。
気功波の応酬だ。
もう、 近づけない ・・・
山をいくつか越えた場所で、ヤムチャは わたしを下ろした。
そして 肩で息をしながら、
母さんからわたしがカメハウスに行ったことを聞いて 遅れて着いたこと、
孫くんとピッコロが一時 手を組んで戦うことを話してくれた。
「間に合ってよかったよ・・。」
巻きついたままだった、切れた尻尾をはずしてくれる。
放り投げる。 足首には、赤黒い痕が残った。
改めて、ぞっとする。
「レーダーで これを追ってたんだけど・・ 」
ヤムチャは胸元から、悟飯くんの帽子を出した。
そう、 この帽子には、四星球がついている。
「やっぱり、途中で落としてたのね。」 そしてつぶやく。
「悟飯くん、大丈夫かしら・・。」
「様子を見に行きたいけど、無理そうだ。」
舞空術で、孫くんたちのスピードについて行くだけでも大変だったようだ。
「・・仕方ないわよ。」
音に気づいて見上げると、ジェットフライヤーが近づいてくる。
「老師さまとクリリンだ。」 手を振りながら、ヤムチャは言った。
「ドラゴンボールってのは、同じ人間を二度 生き返らせることはできないそうだ。」
じゃあ、 あの二人が死んでしまったら、もう生き返れないの・・。
「おれはダメだな。 逃げることで精一杯だ。」
「そんなこと 言わないでよ ・・・ 」
ヤムチャが来てくれて、わたしは心の底からほっとした。
だけど、気づいてしまった。
あの男に捕らえられていた間、心の中で 一度も
ヤムチャに助けを求めていなかったことに。
クリリンくんたちと合流して、ジェットフライヤーに乗り込んだわたしたちは
再びあの荒野に向かった。
そこで見たものは・・・
死んでいる男、 片腕を失ったピッコロ、
そして、胸に穴をあけられて 虫の息の孫くんだった。
離れた場所に倒れていた悟飯くんは 無事だった。
息を引き取った孫くんの亡骸は神様が、
気絶したままの悟飯くんは なんとピッコロが連れて行った。
特別な修行をさせる気らしい。
あの男から庇ってくれようとした悟飯くんが
一瞬見せた異様な迫力を、離さなかった手の強い力を
わたしは思い出していた。
ヤムチャも、クリリンくんたちと一緒に 天界で修行をすることになった。
すべては、一年後にやってくるという
あの男の仲間であるサイヤ人を迎え撃つためだ。
「ベジータ。」
あの男の死体からはずしたメカを見つめながら、わたしはつぶやく。
サイヤ人の故郷の星と同じ名を持つ男。
一体どんな奴なんだろう。
このメカから聞こえてきた、よくとおる少年のような声。
それが、何故か耳から離れなかった。