平和だった日々を打ち破るように 突如現れた、悟空の兄だと名乗る男。
そいつによって わたしは、見知らぬ荒野に連れて来られ、
あやしげな薬を飲まされた。
体の、奥深い所から湧き上がってくる ほてり、そして充血。
両膝を掴まれて、脚を大きく開かされ、あわやという時。
仲間・・ 上官のような立場であるらしい、新たな男たちが出現した。
そのうちの一人、 まだ少年のように見える小柄な男。
今度は その男に、わたしは連れ去られる。
抱きかかえられ、低空で 少しの間 飛んだ後、球形の物体の中に押し込まれた。
内部を見て わかった。 これは、宇宙船だ。
白い手袋に包まれた男の指が、ハッチのそばについているボタンを押す。
するとシートが、床、あるいは壁面に、あっという間に収納され
ぎりぎりで、体を伸ばせるスペースができた。
プロテクターだけを手早くはずし、男がわたしを抱き寄せる。
耳に、首筋に、息が かかる。
手袋をつけたままの指先に、腿を、わき腹をなぞられる。
「う、 あ、 あ ・・・」
ポイントを、わざとはずすような愛撫。
熱い。
さっきから、体の奥、中心がひとりでに、ひくひくと おかしな動きを始めている・・・。
苦しい、 苦しいの、 なんとかして。
今すぐ殺すか、そうじゃないなら、お願い、早く ・・・
わたしは男の手首を掴んだ。
男は、振り払わない。
ぬるぬるした液の溢れる その個所に、黙って導かれてゆく。
「あっ、 あ ・・・ 」
手袋に覆われている、男の手。
その手を使って、自慰をする格好になる。
だって、熱い。 苦しいのだ。
男が指を動かさないから、わたしの方が腰を振る。
もう ダメ、 もう ・・・
「あ、 あーーーー ・・・ っ 」
小さな死が訪れた。
ぐったりと瞼を閉じていると 口内に、汚れた指がねじ込まれた。
「ん、 く ・・・。」
歯を立てて、噛みしめる。 せめてもの抵抗だ。
男が腕を引いて、白い手袋が するりと脱げた。
わたしの口からはずしたそれを、背後に ポイと投げ捨てて、
男は覆いかぶさってきた。
胸を、内腿を、まさぐられる。
何もつけていない、直の手のひらによって。
やけに丹念な愛撫。
そして、 その後 ついに・・・
「ああっ ・・・!!」
もっと来て。 深く、深く、 もっと奥まで。
その言葉の代わりに、自分の方から腰を浮かせる。
両腕を、男の腰に向かって伸ばす。
触れてみて気付いた。
さっきまで きつく、しっかりと巻かれていた あれが、尻尾だったということに。
「・・・。」
強く、握りしめてやる。
瞼を開いて、顔を見る。
僅かに眉を寄せてはいるけど、特に何ともないようだ・・・
「 ――――― !!」
封じ込まれて、押さえこまれる。
強く、 まるで報復のように、激しく打ち付けてくる。
くらべ物にならない。
さっきの、指による快感とは。
ある考えが、頭をよぎる。
この行為が終わったら、わたしは死ぬ。
きっと そうだ。
飲まされた あの薬は毒で、体だけには留まらず、脳さえも蝕む。
つまり、わたしは狂っているのだ。
そうに決まっている。 だから、こんなふうに ・・・。
それなのに、
「下品な女だな。」
男の声で、意識が戻ってしまった。
「あの薬はな、即効性はあるが、効いている時間は短いんだ。」
嘘よ。 じゃあ、だったら、わたしは どうして あんなにも・・・。
爆音が聞こえてきた。
船内が・・ 今いるここは、小型の宇宙船だ。 揺れている。
「フン、 来やがったか。」
男が、ハッチの扉を開いた。
「どうせ、すぐに終わる。 ここで待っていろ。」
・・・
この男は いったい、わたしをどうするつもりなのだろうか。
狭く薄暗い空間に取り残されたわたしは 逃げ出すことも考えられず、
ただ ただ 泣いていた。
悟空は果たして勝てるだろうか。
屈強な、いかにも戦い慣れていそうな、あの男たちに。
そして この場所にいた、さっきまで わたしを抱いていた あの男に。
負ければいい。
心ならずも、願ってしまう。
あの男に、わたしは抱かれた。
犯されたのではない。 少なくとも途中からは、完全に身をあずけていた。
自分の方から脚を開き、背中に腕を きつくまわして、
唇を割り、舌を差し込んで絡めた。
悟空に それを、知られたくなかった。
何時間かがが経ったのち、わたしはヤムチャに助けられた。
戦いは終わった。
こちらの、完全勝利だったそうだ。
そら恐ろしいほどの力を発揮した、悟空一人の活躍によって。
悟空は、来ていない。
ドラゴンボールを、血眼になって探していたためだ。
いつものように、誰かを生き返らせるという理由ではない。
わたしの、今日の記憶を抹消させるためだった。
数カ月後。
わたしは、何日かぶりに家に戻って来た悟空をつかまえて、問い詰めている。
ヤムチャの時の失敗を踏まえて、放っておこうと思っていた。
だけど、どうしても我慢できなかった。
悟空は変わったと思う。
どこが、と問われると困るけれども。
わたしは妊娠している。
おなかは もう、足元が見えないくらいに せり出している。
悟空は そのことを、喜んでいない気がするのだ。
女親を知らない彼だから、戸惑っているのだろう。 そう考えることにしていた。
だけど、 それにしても・・・。
「あんた、いつも どこに行ってるの?」
「どこって、人が あんまりいねえ山ん中だよ。 修行すんのに、危ねえだろ。」
「・・・ 女の子に、会ってるんじゃない?」
ああ、これでは本当に、ヤムチャの時と同じではないか。
けれど、悟空は・・・
「女? ああ、あいつ、女だよな。 会ってることは会ってるけどよ。」
否定しなかった。
「それがさ、そいつの父ちゃんが・・ 牛魔王っていう、でっかい おっちゃんなんだけどよ、
昔、亀仙人のじっちゃんの弟子だったっていうんだよ。 すげえ偶然だろ。」
「・・・。」
明るい、楽しそうな表情。 考えてみれば、こういう彼を見たのは久しぶりのことだ。
わたしの顔を見て、悟空は何かを感じたらしい。
「チチとはさ、一緒に昼飯食って、ちょっと話してるだけだぞ。」
「チチさんっていうの。 かわいい名前ね。
・・あんたの口から、女の子の名前が出てくるなんてね。」
「オラ、ブルマがいやがることなんか、何にも・・・。」
その時、わたしの頭の中を埋め尽くしていた感情。
それは、嫉妬、怒り ・・・
でも、だけど、 それだけじゃない。 そこが、ヤムチャの時とは違う。
「出て行って。」
「ん?」
「出て行っていいわよ。 もう、戻ってこなくていい。 好きな所に行けばいいわ。」
「ブルマ・・・。」
わたしたちが一緒になったのは、間違いだった。
やはり彼は、一所にはいられない。
自由にさせてあげなくては ならない人なのだ。
「この子ね、男の子なの。」
大きなおなかを、さすりながら続ける。
「名前、トランクスに決めたわ。 悟飯にはしない。」
育ての親である、おじいさんの名前をつけたいと言われていたのだ。
「トランクスってね、わたしが男の子だったら、その名前になってたのよ。
父さんと母さんはね、本当は男の子がほしかったの。」
「そんなことねえだろ。 ブルマは ちゃんと、父ちゃんの後を継いで頑張ってるじゃねえか。」
「でも、 そうなの。」
きっぱりと言った。
「わかったでしょ?
父さんと母さんが、ヤムチャやあんたのことを大歓迎して、大切にしてくれた理由・・。」
また来る。
その一言だけを残して、悟空は去って行った。
泣き暮らすことなど できなかった。
その日から何日も経たぬうちに、わたしは母親になったから。
トランクスは、食いしん坊で甘えん坊だ。
お乳だけでは とても足りず、たっぷりとミルクを飲む。
小さなおなかは もう、ぽんぽんになっているというのに、
おっぱいを探し当てて、食らいつく。
その仕草は、たくましいだけでなく 何だか いじらしくて、見飽きることがない。
腕の中の、我が子に向かって語りかける。
あんたも いつか、大好きな女の子ができて、ママのもとから離れて行っちゃうんでしょうね。
だけど それまで、時間は いっぱいあるもんね。
その日が来るまでの、あと10何年かは、ママのことが一番好きで いてよね。
絶対よ・・・。
内線電話が鳴った。
涙を拭って、「はい。」と応える。
母さんにしては珍しく、切羽詰まった声。
ここから遠くない場所で、大変なことが起こったらしい。
リモコンを操作して、TVをつける。
どこのチャンネルも、同じ映像を流している。
街中に、未確認の飛行物体が落下・・ 着陸したというのだ。
球形の物体、 あれは、宇宙船だ。
わたしは何故か、そのことを知っている。
『ハッチの扉が開きました! 中から、何かが出てきます!
あれは、人です! 宇宙人なのでしょうか・・・』
「あー、 あー。」
トランクスが手足をばたつかせ、機嫌のよい声を出す。
『なんと! 飛び立ちました! 乗り物も、道具さえも使用しておりません!
身一つで、空を飛べる人種なのでしょうか・・・!
いったい、どこへ向かうつもりなのでしょうか!!』
リポーターの、興奮した声。
ある気配を感じ取った わたしは、ブラインドを上げて、窓を見た。
驚いて、息を呑む。
不思議な いでたちをした、一人の男が、窓越しに こちらを見ている。
ここは、一階ではない。 ベランダもない。
この男は、宙に浮いている。
男は その鋭い目で、腕の中のトランクスと、わたしの顔を代わる代わる見つめている。
トランクスの尻尾が揺れる。
おかしな痕など残らないよう お医者様に頼むつもりで、一日延ばしになっていた。
ある事実に、わたしは気づく。
この男の顔立ちが、トランクスに よく似ていること。
腰に巻いてある ベルトのようなものが、長く茶色い尻尾であること・・。
男の、口元が動く。
防音のため、声は聞こえない。
けれど わたしは、その声を知っている。
唇の感触も、 体の熱ささえも。
「うー。 あー。」
トランクスは、ひたすら声を発している。
まるで何かを、訴えかけるかのように。
ドラゴンボールを七個揃えた悟空が、神龍に向かって唱えた願い。
『あの日 あったことを、きれいさっぱり 忘れさせてやってくれ。』
・・・
そう。 彼は言い方を間違えた。
忘れさせることと、消し去ることは違うのだ。
だから ブルマは、思いだしてしまう。
トランクスを抱いたままで、彼女は つぶやく。
あの日 耳にした、男の名前を。
「ベジータ。」
それは 愛しい我が子の、父親の名前でもあった。
195.『乱れる呼吸』