241.『距離』

下手くそながら漫画を描くようになり、

ベジブルを始めとするカップルの身長差について よく考えるようになりました。

ベジータは、背が高くてもかっこいいとは思うんですが…

小柄なところが、実は一番のチャームポイントかもしれませんね。]

仕事の関係で、東の方に出かけた。 けど予定より、ずいぶん早くに解放された。

せっかくだから パオズ山まで足をのばし、孫家に寄らせてもらう。

こんなふうに いきなり訪ねても、チチさんは いつも、笑顔で迎えてくれる。

「ブルマさ! 仕事帰りか? ご苦労さんだな。  さあ さあ入って、茶でも飲んでいくだよ。」

でも今日は、いつにもまして愛想がいい、ような気がする。

 

「本当に、よく来てくれただな。 すぐに用意するからな。 

そこに掛けて、これでも見て待っててくれ。」

「えっ、これ?」

手渡されたのは雑誌だった。 それも、若い女の子向けのファッション誌。

息子しかいない この家に、何故こんな物が…

その謎は、すぐに解けた。

 

「あら、まあ!」

ページを開くと 悟飯くんとビーデルちゃんのツーショットが、目に飛び込んできた。

いわゆる、街角スナップだ。

「わあー、すっごく よく撮れてるじゃない。」

他にもカップルやグループの写真が いくつも載っている。

けど 悟飯くんたちのそれが一番大きくて、目立っている。

「他の友達も一緒だったらしいんだが、二人で写ってる写真だけが使われただよ。」

眉をひそめ、困惑したように語るチチさん。

でも うれしくて、自慢なのが よくわかる。

だって わざわざ、付箋が貼ってあったんだから!

 

と、その時。

「たでえま!」

気なんか読めない わたしにも、場の空気が さっと変わるのを感じた。

孫くんが、帰って来たのだ。

玄関からではなく、瞬間移動を使って。

「腹減ったー、夕飯は何だ? おっ、ブルマ、来てたのか。」

そんなことを言いながら、テーブルの上のお皿に手を伸ばす。

「こら、悟空さ!」

その手を、チチさんがぴしゃりと叩いた。

「それはお客様に出したもんだべ! まったく、子供たちだって そんなことしなかっただよ。

 戻ったら、まず手を洗って。 あーあ、道着も汚れてるでねえか。」

「うん。 途中で雨に降られちまってよ、泥がついちまった。 洗っといてくれ。」

「… 悟空さ! ちょっと! これっ!」

必死に止めるチチさん。

だって 孫くんときたら汚れた道着を、この場で脱ごうとしたのだ。

 

「やれやれ、相変わらずねえ。」

孫くんが やんちゃ坊主で、チチさんがお母さん役。

でも ずっと見ていると やっぱり違って、ちゃんと夫婦に、カップルに見えてくる。

その理由は、うーん、もしかしたら 身長の差があることも大きいかも。

部屋の隅に飾られている、結婚式の写真に目をやる。

そして さっきの雑誌を再び開き、悟飯くんとビーデルちゃんのツーショットを見る。

どちらも とっても お似合いだ。

二組のカップルの共通点、それは身長の差。

抱きついたなら、厚い胸に 顔を埋める形になる。

キスする時には、背伸びしなくてはならない。

「…。」

やや冷めかけた お茶に口をつけながら、わたしはあることを決意していた。

 

ベジータの背を、高くしたい。

髪形のせいで わかりにくいけど、わたしとほとんど変わらないか、少し低いくらいだ。

「えーと、160センチから180センチに伸ばすとして、1・125倍か。」

薬品は専門外だし、即効性のある薬は副作用が怖い。

だから ここは、やっぱりマシンで。

いいことを思いついた。

昔作った、ミクロバンドを改良すればいいのだ。

だけど、「腕や脚も、バランス良く伸びるようにしないとね。」

その辺が ちょっと、面倒そうだ。

家に戻った わたしは夕飯もそこそこに、研究室に籠った。

 

コンピューターの画面を睨み、古い蔵書も引っ張り出して、何時間が過ぎただろうか。

「やった… 完成よ。 これで可能なはずだわ。」

さて、どうしよう。 まずは自分で試してみる?

「女で180センチかあ。 まるで ショー専門のモデルみたいね。」

ひとりごちながら、ミクロ改めトールバンドを手首にはめようとした、その時。

研究室のドアを開いて、ベジータが姿を見せた。

「おい。 いるなら重力装置の点検をしろ。

 このところ、たまにだが動作が鈍いことがあるぞ。 …?」

チャンス到来! 

テスト装着はできなかったけど、この際だ。

彼の手を取り、すばやくはめる。 スイッチ、オン!

「何しやがる! 何だ、これは!」

「ベジータ… すごい… ステキよ…。」

 

恐ろしい敵として出会い、行きがかり上、C.C.で引き取ることになった。

いつの間にか好きになり、時間をかけて家族になった。

目つきは悪いけれど、ハンサムだなとは思っていた。

鍛え抜かれた体が、とてもきれいだとも思った。

でも こんなふうに見惚れるなんて、初めてかもしれない…。

だって脚が長い、腰の位置が高い。 

本当に、本当に かっこいいのだ。

 

背が伸びたことに、ベジータはすぐに気付いた。

鏡の前に立ち、自分の姿をチェックしている。

左手首にはめたバンドを、はずしてしまう気配は一切ない。

どうやら かなり、満足している。

だからだろうか。

「服が合わなくなっちゃったわね。 戦闘服なら伸びるけどさ、あればかりってわけにはいかないでしょ。

 ねっ、買いに行きましょうよ。」

わたしからの提案を、彼は すんなり承知した。

いつもとは、全然違う。

新しくなった自分を、見せたい気持ちがあるのかもしれない。

 

ともあれ、いまや180センチの長身となったベジータの服を求め、わたしたちは街に出た。

以前から、いいなと思っていたショップに入る。

「いらっしゃいませ。」

すらりとした、まるでモデルのような女性スタッフに迎えられる。

彼女からのアドバイスを参考にして数着選び、ベジータを試着室に送り込んだ。

「楽しみね。 … あら…。」

一息ついた わたしは、店内の姿見に映る自分を見て、がっかりしてしまった。

着替えも忘れたし、メイクもしていない。

ベジータのことで、頭がいっぱいだったせいだ。

おまけに、ずっと研究室に籠っていたためか、ひどく疲れた顔をしている。

イヤだわ。

あわよくば悟飯くんたちのように、街角スナップのモデルになれるかも、なんて思ってたのに。

 

そんな中、試着室のドアが開いた。

「ベジータ!」

ステキよ、とっても似合ってる。

仕立てのいいジャケットに、中に着たシャツの色が よく映えてる。

ふふっ、パンツの裾上げは、全然必要ないみたいね…。

頭に浮かんだ そのセリフは、ほとんど先に言われてしまった。

例の女性スタッフによってだ。

彼女はさらに、こう続ける。

「本当に、まるで誂えたようですわ。 うちの服が こんなにお似合いになるかたは初めてです。

 背が高いうえに、よく鍛えてらっしゃるからですね。」

 

…べた褒めだ。

ふんっ、来店した時は そんなでもなかったのにね。

それに さっきから感じていたけど、連れである わたしの存在を無視して、

ベジータにだけ愛想を振りまく。

払うのは わたしなんですけどね!

あーあ、レディスも扱ってる店に行けばよかったわ!

 

会計を、さっさと済ませて店を出る。

ベジータときたら、どんどん先に行ってしまう。

「待って。 待ってったら!」

元からなんだけど、脚が長くなり 余計早足になっているみたいだ。

 

ああ、やっと追い付いた。 

「えっ、何それ?」

ポケットから紙片、ううん、名刺だ。 取り出して、見つめている。

「ちょっと、それって!」

なんと手書きで、電話番号が書き添えられている。

「何なの、あの人。 いつの間に そんな物! よこしなさいよ、文句言ってやるわ!」

なのにベジータは、難なく わたしの手をよける。

「どうする気よ! まさか、 …え?」

思わず、目を疑った。

信じられないことに 彼は、道を歩いていた見知らぬ男性に、その名刺を押し付けた。

「ここに電話してやれ。 男を探している若い女が出てくるぞ。」

「!! ちょ… もう!何てことするのよ! すみません、違うんです。ごめんなさいね!」

驚いている男性の手から名刺を奪い、ビリビリに破り捨てた。

 

背の高い、後姿に向かって叫ぶ。

「ベジータっ!!」

「何だ。 何か問題があるのか?」

確かに、別に 浮気をしたわけじゃない。 だけど、何だか…。

「ダメよ。 だって、見なかったの? さっきの男の人、結婚してるわ。 指輪をしてたもの。」

「フン。 だから何だって言うんだ?」

「!」

カッとなった わたしは、彼の左手首のバンドを、無理やり外そうとした。

でも よけられた。

ベジータが、遠い。

頬を張ることも、両肩を掴んで こっちを向かせることもできない。

イヤだ。

背が高くて、まるでモデルみたいに かっこよくても、これはわたしの好きなベジータじゃない…。

 

 

「おい、起きろ。 どこで寝てやがる。」

「ん、 あ … 」

瞼を開けると、目の前にベジータの顔があった。

「えっ、 なんで? えっ?」

辺りを見回す。 わたしの研究室ではないか。

「チッ。 寝ぼけてやがるのか、まったく。」

もしかして… 夢だったの?

つけっぱなしのコンピューターの画面には、トールバンドの設計図がある。

まだ実際には、作り上げていなかったのだ。

そして… 

呆れ顔のベジータは もちろん、わたしと同じくらいの身長だ。

「あー、よかったー。」

 

もしも背が高かったとしても、ベジータを好きになっただろう。

でも あまり、遠慮なく ポンポン言い合えなかったかもしれない。

わたしの声で立ち止まり、ゆっくりと振り向く彼の顔、そして目が、同じ高さだったから。

それだから、わたしは…。

でも。 「ねえ? ベジータ。」

「何だ。」

「この設計図、何だと思う? 何を作ろうとしてたと思う?」

「知るか。 どうせ くだらん物だろう。」

「くだらないかしら? あのね、あんたの背を伸ばす機械よ!」

「なん、だと…?」

 

どう反応すべきか、彼は迷っているようだ。

確かに昔は、ほとんど気にしていなかったと思う。

強さが全てだったベジータ。

背の高さと強さは、関係ないものね。

でも、小さかった悟飯くんがあんなに大きくなって、

今ではトランクスや悟天くんにも追い越されてしまった。

みんなに見下ろされて、ちょっと悔しいわよね。

「まかせて! わたしが180センチにしてあげるから。」

「余計なお世話だ! おまえの手など借りん!」

「また 突っ張っちゃってー。 いいじゃない、わたしが そうしたいの。」

 

そうよ。服なんか、あらかじめ用意しておけばいい。

他の女に見せびらかそうなんて思ったから、イヤな目にあったんだわ。

街になんか出なくていい。

この家で、部屋で 二人っきりで試すの…。

「おい。 何を考えてる?」

「ん? うふふ、下品なこと!」

 

絶句するベジータ。

だけど、顔を近づけても彼は よけない。

自分からは してくれなくても、本気では よけない。

寄り添えば すぐ顔がある、背伸びのいらないキス。

この距離が、一番いい。