240.『父の日』

[ あまりベジブル度は高くないのですがC.C.ファミリーものということで…。

拙サイトのブラは、見た目は きれいで派手めですが やや難しい性格なのです。]

6月、 早起きした土曜日。

久しぶりに ブラと二人でショッピングに出かけようとしたら、水をさされた。

「何だ、 その下品な服は!」

そんなことを言ってくるのは、もちろんベジータ。

娘の父親、 そして掛け替えのない わたしの夫だ。

 

「下品って…、」

隣りに立っているブラの、着ている物を改めて見てみる。

「どこが下品なの?別に、普通じゃない。 若いんだもの、もっと お洒落したっていいくらいだわ。」

そう。 今日のブラは、やけに無難な格好をしている。

いいお天気で 暑くなりそうだっていうのに、ボトムの丈も長めだ。

「ブラじゃない。 おまえだ!」

「えーっ、 なによ、わたし? どこが?普通のニットじゃない。」

「…。」

首から、胸の辺りに視線を向ける。

ああ、襟元が開きすぎてるって言いたいのね。

「わかったわよ、スカーフか何か巻いていくわ。 たしか車に置いてあるから… 」

「フン。 いい年をして、チャラチャラしやがって。」

「なによっ! 年は関係ないでしょう!」

 

そんな 犬も食わない やりとりの中、ブラが しらけた声を出す。

「二人で出かけたら? 私は遠慮するから。」

「ダメよ!」

あわてて なだめる。

「ブラと買い物なんて久しぶりじゃない。 楽しみにしてたんだから!」

舌打ちしているベジータを睨みつけた後、これまた不機嫌そうなブラを連れ出し、

どうにか こうにか車に乗せた。

こっそりと、ため息をつく。

「やれやれ。」

 

ともあれ、目的のショッピングモールに着いた。

建物に入るなり ブラは、トイレへと駆け込む。

しかも ずいぶん、「遅いわねえ。」

やっと出てきた。 「大丈夫? 具合でも悪いの? あら!」

タンクトップにショートパンツ、それに足元は ヒールの高い、ブーツ型サンダル。

一転、露出度高めの 若い子らしいファッションになっている。 トイレで着替えたのだ。

確かに、カプセルに収納してくれば荷物にはならない。

涼しい顔で ブラは言う。

「パパにケチをつけられたくないなら、こうすればいいのよ。」

「まあね…。 でも、いちいち着替えるのもねえ。」

考えただけで、面倒くさい。

「それは、ママは本当はイヤじゃないからでしょ。 出がけに、パパからのチェックが入るのが。」

「…。」

この子、パッと見は あいかわらず わたしにそっくりだけど、

中身はだんだん ベジータ寄りになっていくみたい。

反抗期ってことも、関係あるのかしら?

 

まあ それでも 女二人で、しばしの間 ショッピングを楽しんだ。

混み合ってくる前に食事を済ませよう。

そう声をかけようとした時、 ブラが立ち止まった。「パンちゃん。」

「え? ほんと? どこ?」

気で わかったのだろうか?

10秒ほどが過ぎたのち、パンちゃんが ビーデルちゃんと、

母娘二人で こちらの方へ歩いてくるのが見えた。

「ブラちゃん!」 「まあ、こんにちは! お久しぶりです。」

彼女たちの方も、わたしたちに気付いた。

せっかくだから、一緒に食事をしようということになった。

エスカレーターで上がって行き、大きめのレストランに入る。

案内されて、四人で席に着いたというのに ブラは、

「空いてるから いいでしょ。 ねえ、あっちへ行きましょうよ。」

パンちゃんを促して、二人で席を移動してしまった。

 

わたしたちから 離れた席で、ブラとパンちゃんは顔を寄せ合い、

何か ひそひそ話をしている。 くすくすと、笑い合ってもいるようだ。

よかった、楽しそうで。

ブラときたら この1〜2年、とみに気難しくなっている。

でも パンちゃんとは、心が通じ合うのだろうか?

家が遠いせいで 学校へ行くようになってからは あまり会えず、

久しぶりのはずなんだけどね。

 

「ねえ。」

テーブルを挟んだ形で向かい合っている、ビーデルちゃんに尋ねてみる。

「悟飯くんってさ、パンちゃんの着てる物に文句… 注意かしら。

 することなんて、あるの?」

「えっ、文句? 注意ですか? うーん、服には あまり…。 ああ、でも、」

ちょっとだけ、声を落として続ける。

「この間、私にですけど、もっと、ちゃんとした下着を着けさせなさいって言ったんです。」

「下着って… ああ!」

こっそりと首を伸ばして、パンちゃんの胸元に注目する。

実を言うと、さっき 向き合った時にも、少し思ったのだ。

「道場では特に、周りは男の子ばかりだから 気をつけてやらなきゃって 叱られちゃいました。」

「そうなの。 悟飯くん、心配してるのね。」

 

なるほどねー。 その点、うちのブラは まだ そんなに…

なーんて。 もしも口に出したとしたら、ものすごーく不機嫌になるんだろうな。

あーあ。 

娘って、きれいで賑やかで、気持ちが華やぐけど その代わり、気を遣うことも多いわね。

そんなこと、トランクスの時には あまり無かった。

かつて、この わたしもそうだったのかしら?

父さんや、母さんにとって。

 

その後で、ビーデルちゃんは こうも言った。

「パンの服のことは、うちの父が いろいろ言うんですよね。」

「ミスター・サタンが?」

「そう…。 でも、本人に直接は言えないんです。 わざわざ電話をかけてきて、私に向かって延々。

 スカートが短すぎるとか、もう一枚着せろとか…。」

呆れ顔で、自分のお父さんのことを 話し続ける ビーデルちゃん。

でも その声は、何だか とても優しかった。

 

食事の後は 皆で、紳士物のお店を見て回った。

実は、今日の一番の目的は これ、父の日のプレゼント選びだ。

払うのは わたしだけれど、ブラの目で品物を選ばせようとしたのだ。

パンちゃんも同じ目的で、商品をあれこれ手に取っている。

少し離れた所で、ビーデルちゃんも衣類を広げていた。

サイズ そしてデザインから察するに、夫である悟飯くんの物ではない。

「いいなあ。」

小さな声で つぶやいた。

わたしは もう、父の日のプレゼントを贈ることはない。

父さんは、10年ほど前に亡くなった。

母さんの死からは、三年ほどが経っていた。

 

家に戻った わたしは ぼんやりと、居間に飾ってある写真を眺めている。

ベジータが やって来た。

「まだ そいつを着てるのか。」

出書ける前に揉めた、襟ぐりが大きめのニットのことだ。

「外ではスカーフを巻いてたってば。 いいじゃない、家の中だもの。」

そして、こんなふうに続ける。 昔の写真を見つめながら。

「父さんに 服装を注意されたことなんて、一度も無かったわ。」

それを聞いて、すかさず 彼は答える。

「フン。 おまえは、甘やかされていたからな。」

…。 まあね、否定はしないけれどね。

「んー、でもね、それとは少し違うと思うの。 やっぱり ちょっと変わった人だったのかしらね。

 けど 昔ね、こんなことが あったの。」

まるで ひとり言のように、わたしは話し始める。

 

12〜3歳… 今のブラと、同じくらいの頃ね。

父さんと一緒に、ある大学の研究室に出入りしてたの。

で、そこの仲間の一人で、どこかの偉い教授がね、

ある時、わたしの お尻にタッチしたのよ。

『ブルマちゃんは お母さん似のグラマーさんだなあ。 そんな短い服じゃ、おじさん目の毒だ。』

って、笑いながらね。

生意気盛りだった わたしは もちろん、怒りまくったわよ。

セクハラで訴える! なんて言っちゃったかも。

年配の人ばかりの場だったから、『まあ まあ、』ってかんじで治まったんだけどね。

でもね、その日の帰り道、めずらしく 父さんに叱られちゃった。

おまえのことを、小さい頃から見守ってくれてる人なんだよ、

少なくとも、あんなふうに言うもんじゃない って諭されちゃったわ。

 

ベジータは いかにも興味なさげに、それでも、わたしの話を聞いてくれていた。

 

そんな話をしていたら、わたしは もうひとつ思い出した。

今から10年余り前、母さんが亡くなった後、父さんが 入院していた頃のことだ。

病室に、仕事の合間に顔を出した わたしに、父さんが声をかけてきた。

『おお、ブルマか。 忙しいだろうに、悪いなあ。』

『何言ってるのよ。 ごめんね、いつも ちょっとしか いられなくて。』

『そんなことより、いいじゃないか、今日の服。』

『あら、そう? ありがと。』

着ている物について何か言うなんて、めずらしいことだった。

だから 照れ隠しに、こう付け加えた。

『ベジータには下品って言われちゃったけどね。』

『そりゃあ おまえ、』

『うん。 わかってるわよ。』

 

そんな やりとりをした後で、父さんは こう言ったのだ。

『ママもよく、そういう服を着てたなあ。』

『そうね。 結構、好みが似てたから…。』

だけど、違った。

父さんが思い描いていた母さんの姿は、わたしのそれとは違っていた。

『きれいで優しくて 朗らかで、おまけにグラマーで。 みんなの、あこがれの的だったよ。』

わたしが生まれる前、 ううん、二人が結婚する前、

まだ学生だった頃、出会った頃の 母さんの姿だった。

 

涙が溢れてくる。 ベジータが、あわてた声を出す。

「な、なんだ! どうしたっていうんだ。」

何でもないの。 そう言うつもりだったけど、わざと、こんなふうに答えてみる。

「あんたのせいよ。 いつも いつも、下品だって わたしのこと いじめるから。」

「なんだと …?」

困惑しているベジータに、じりじりと少しずつ、距離を縮めていく。

「もう 言わないでね。 言うんなら、他の男に肌を見せるなって、はっきりと言って!」

「… 。」

 

その時、 ドアが開く音が聞こえて、ブラが居間に入って来た。

今日買った、プレゼントの包みを手にしている。

つかつかと歩み寄り、ベジータに向かって差し出す。

「はい。」

「? なんだ、これは。」

… もうっ、愛想がないわねえ。

もう ちょっと、なんとか言えばいいのに。 だから つい、口を挟んでしまうのだ。

「父の日のプレゼントよ。 ブラが選んだのよねっ。

 でも、もう渡しちゃうの? まだ土曜なのに。」

「明日は忙しいのよ。 試験前だから、勉強もあるし。」

「ふうん。 ねえっ、あんたも何とか言って、さっさと開けてみなさいよ。」

横から手を出し、包みを開いてしまう。

わかってる。 中身はカジュアルな形のシャツだ。

「まあーステキ! とっても似合いそうよ。 ね、ブラも少しくらいなら平気でしょ?

 明日は これを着て、みんなで食事でも行きましょうよ。」

「二人で行ってきたら。 じゃーね。」

さっさと踵を返したブラが、振り返って呼びかける。

「パパ。」

「… なんだ。」

「上品なデザインでしょ?」

 

ニヤリと笑った口元は、誰が見ても父親譲りだ。

居間の扉が閉まる。 やれやれ、まったく。

とにかく明日は、これを着てもらわなきゃね。

 

 

自分の部屋に戻った後で、私は考えている。

今日のお昼、 レストランでのことをだ。

ママたちからは見えなかったと思うけど、パンちゃんと私の席からは、

やたらとベタベタしている父娘が見えた。

不倫などではない。 なぜなら、顔がそっくりだったから。

その様子を見ながら 私は言った。

『ああいうこと、私はパパにはできないわ。

 うちじゃ あの役は、永遠にママのものなんだもの。』

意外にも、パンちゃんは こう答えた。

『同じだわ。 うちも一緒よ。』

そして、こんなふうに続けた。

『でもね、それって結構、幸せなことなんじゃないかしら …。』

 

その一言に、私は鼻白んだ。

けど、言い返しは しなかった。

パンちゃんが、今も昔も おじいちゃんっ子であること。

それに まつわる、いろいろなことを思い出してしまったから。

だけど、食事を終えて 席を立つ時、わたしは言った。

『パパにベタベタできない私たちは、早めに結婚しちゃった方がいいかもね。』

『? そうかしら?』

『そうよ。 それも 存分に甘えられるように、年上の人とね!』

ささやかな反撃、そして 決意表明のつもりで。

 

「パンちゃんは もう、父の日のプレゼントを渡したのかしら。」

携帯電話を手に取る。

指が、勝手に数字を押す。

今日 教わった番号ではなく、小さい頃から知っている、孫家の番号を。

さて、電話には、いったい誰が出るだろうか。