077.『わな』

馴れ初めの頃が中心のお話です。

わな=罠、と思っていたんですがwanna(〜したい)でもあるんですよね!]

「あんたも来たら?」 と わたしは言った。

理由は、自分の意志とは関係なしに この地球へ飛ばされてしまった この男が、

少々 気の毒に思えたのと…

放っておけば、たとえば 食べ物を得るためにだって悪いことをする。

そう思ったからだ。

家に入れることに、不安を感じなかったわけではない。

だけど、力のない、戦えない者に対しては 理由もなく ひどいことはしないのではないか。

やや矛盾しているけれど、そんなふうに考えた。

 

「わたしが魅力的だからって、悪いことしちゃダメよ。」

軽口に腹を立てながらも、頬を赤らめていた彼。

それを見て、尚更そう思った。

 

彼、ベジータと関係を持つようになったのは、そのやりとりから 数年後のことだ。

いいことなのか悪いことなのかは、今でも わからない。

きっかけは本当に、 つい なんとなく、だったのだ。

 

好きだよ、愛してる。 ずっとずっと大切にするよ。

前の恋人からは幾たびとなく贈られた、愛の言葉の数々。

それらを、この男ときたら 全く口にしようとしない。

力の加減にだけは腐心してくれているようだけど、

まるっきり、当たり前みたいな顔をしながら わたしを抱く…。

 

こんなことを言ってみる。

「子育てには妻が、身のまわりの世話には妾が、そして快楽を得るためには娼婦が必要だ。」

ベッドの上で、瞼を閉じたまま、男が口を開く。

「なんだ、それは。」

「古代の皇帝の言葉よ。 あんたも そういう考えなのかなって思って。」

答えを待たずに、わたしは続ける。

「だったら わたしは、お妾兼娼婦ってことかしら。

 身のまわりの世話… 衣食住に関することは、母さんや手伝いロボットがやってくれてるけどさ、

 戦闘服と重力室、トレーニングのサポートは このわたしの担当だもんね。」

フン、と鼻を鳴らしただけで、彼は再び 覆いかぶさってきた。

否定も肯定も、することなく。

 

 

「ん、 あ … すっごく いい…。 それ、好きなの…。」

喘ぎ声の合間をぬって、下品な女が口走る。

「あん、ヤダッ。 それキライなのよ。 ああっ… 」

聞いてやることもある。

「ふふっ、そうよ。 その方が、あんただって気持ちいいでしょ?」

だが、無視することの方が多い。 

そうすると 途端に、ブツブツと不満を漏らし始める。

「あん、もう。 そんなふうにしちゃ よくないって、いつも言ってるのに…。」

 

くそっ。 一体 いつ、どいつとの時と比べてやがるんだ。

思い余って、ごく短い言葉でだったが、尋ねてみたことがある。

すると、でかい目を より一層見開いて、俺の下で 女は答えた。

「やあね、忘れちゃったの? あんたとの この間の時でしょ… ああん!」

嘘をつくな!

苛立ちが、こみ上げてくる。 節操のない、下品な女に。

そして何よりも、自分自身に対して。

苛み、いたぶってやるつもりで 力を込めて打ち付ける。

なのに その行為は逆に この、いやらしい女を悦ばせている…。

 

「あ、 あ、 ベジータあ … 」

浅い吐息とともに発する、俺の名前。

その甘えた声を反芻しながら 思い切り、熱いものを吐き出してやる。

女の体の 最奥を目がけるようにして、一滴残らず。

 

その後、外での、数週間にわたる トレーニングを経て、俺はC.C.に戻って来た。

邪魔が入らないのは いいのだが、対戦相手がいないと成果が見えにくい。

そのため、戦闘ロボットを使用しての重力室での特訓と、交互に行うことにしているのだ。

眠っている女、ブルマを わざわざ起こすのは、

重力装置が完璧な状態であるかどうかを確認するため、

そして、戦闘服の改良を命じるためだ。

かけてあった毛布を剥いで、体の上に のしかかるのは ほんのついで、気まぐれに過ぎない。

 

「ん… なあに? …」

女は、寝ぼけているようだ。 開きかけた瞼が、また閉じようとしている。

「おい。」

揺り動かすよりも 寝間着を剥ぎ取ってやろうと思い立ち、襟元に手をかける。

その時。 ひどく はっきりとした声で、女は こう言いやがった。

「ヤムチャ。」 …

 

どうやら、自分の声で目が覚めたらしい。

バツの悪そうな顔をした後、こんなふうに言い繕う。

「ごめん、寝言よ。 ちょっと、夢 見てたから…。」

そして、くだらん一言を付け加える。

「あっ、誤解しないでね。 別に、Hな夢とかじゃないから!」

「…。」

「ねえ、それよりさ、 … キャッ!」

伸びてきた手を、俺は払いのけた。

壁を破り、再び外へ出るべく 手をかざす。

だが、思いとどまった。

用があるのは重力室、俺専用に造られた 特訓の場だ。 

断じて、この女の体などではない。

 

「待ってよ、ベジータ!!」

知るか。

ドアを蹴破り、廊下を渡って重力室に入る。

装置を作動させてしまえば、あの女は入って来られない。

監視モニター越しに何か言ってきたとしても、叩き壊せばいいだけの話だ!

しかし、そうはならなかった。

女は、俺を追って来なかった。

 

その翌朝から、女の気配が消えた。

母親の言葉によれば、急な仕事で出張とやらに出たという。

数日が経ったのち、女の父親に 声をかけられた。

「さっき、ブルマから電話があってね。 心配だから、重力室を点検してみてくれと頼まれたんだ。

 少しの間、いいかい?」

まあ、やむを得んだろう。 しぶしぶながら、承諾する。

 

重力室。  装置の内部を開いてみながら、父親は しきりにしゃべり続けている。

「うん、うん。 これなら大丈夫そうだな。 ブルマはずいぶん工夫して、改良を加えたようだなあ。

 前の、宇宙船を改造したやつより、ずっと安全なはずだよ。」

「フン…。」  

手は動かしているのだが…。  まったく、よく似た父娘だぜ。

「地下じゃなく 最上階に設置したのもね、

万一の時に、君が脱出しやすいようにって考えたみたいだよ。」

チッ、余計な お世話だ。

「聞いてるかもしれないけど、ブルマね、僕の後を継いで 正式にC.C.社の社長になったんだ。

 だから これからは、いないことが多くなっちゃうけど…

 その分、僕は暇になるからさ。」

 

そうか。 なら 問題は無い。

食事などは これまでどおり母親に、

トレーニングに関することは この、父親に任せればいいのだから。

なのに、何故か不満が残る。 苛立ちにも似た、不快感が湧き上がってくる。

何なんだ、 この感情は…。

「女の身で、科学者と社長の 二足のわらじは きついだろうって何度も言ったんだけどね、

 やってみるって聞かないんだよ。

 経営の方を引き受けてくれる婿さんをもらえって、周りは勝手なことを言うんだけど…

 ブルマの性格じゃあ、ちょっと難しいだろうね。」

勝手にひとりごちて、しまいには笑ってやがる。

「孫くんにヤムチャくん、それに君。 

強い男ばかり見てきたから、普通の男じゃ もう、物足りないだろうなあ。」

 

終わりまで聞かずに、俺は外へ出た。

微かな気を辿り、女のいる場所へ向かう。

あの顔を見れば、向き合って 何か言葉を交わせば、

この わけのわからない、胸のざわつきが治まるのだろうか。

 

ひょろ長い建造物の、最上階よりも 少しばかり下に位置している部屋。

そのガラス窓の向こうに、あの女はいた。

いちはやく俺に気付き、目を見張って驚いている。

口元が、こう動いたのが わかった。

「ベジータ、なの?」

… ?

仕事仲間であるらしい、同じような服装をした男たちが、席を立って騒ぎ出した。

外部に 連絡をとろうとしている者もいる。

程なくして、耳障りなサイレンの音が聞こえ始めた。

面倒だ。 窓を破ろうと、手をかざす。

「ダメよ! 待って!!」

女が叫んだ。 おそらく そんな意味のことを。

 

 

ちょうど、会議中だった。

わたしは もちろん、気なんか読めない。

それでも気配を感じ取り、窓の外に現れた、彼の姿に くぎ付けになった。

そんな わたしの様子に気付いて、周りの人達も騒ぎ始めた。

電話をかけた人がいる。

警察ばかりでなく、もしかしたら 軍隊まで出動してしまうかもしれない…。

「やめて! 大げさにしないでよ!」

「ブルマ社長!?」

「それ、貸して。 そう、そのリモコン!」

ざわめきの中、非常用のリモコンを使って 窓を開ける。

強い風が吹き込んで、書類が宙に舞い上がる。

「ベジータ、 ここよ! 来て!!」

悲鳴を上げる人、 固唾を飲んで、見守るしかない人。

その人たちに向かって、わたしは言い放った。

空の上から、 そして ベジータの、たくましい腕の中から。

「大丈夫よ、心配しないで! この人ね、わたしの恋人…

 ううん、夫なの!」

 

しっかりと、わたしの体を抱えながら ベジータは言う。

「誰が、おまえの夫だって?」

「あはは…。 ああ言った方が、インパクトがあるかなって思って。」

猛スピードで空を駆け、おそらくC.C.へ向かっている。

「でもね、それだけじゃないわ。 それもいいなって、思ったからよ。」

風が とっても強いから、多分聞こえていないと思う。

だけど わたしは、気にせず続ける。

「わたしってね、このとおりキレイだから 恋人はすぐにできるの。

 だけど夫となると… 難しいわ。

 男の人って、優位に立ちたがるでしょう? わたしは恵まれすぎてるのよね。」

舌打ちの後、彼は言った。

「まったく、幸せな女だな。 つくづく自惚れの強い奴だ。」

あら…。  ちゃんと、聞いていたようだ。

 

C.C.が見えてきた。 腕を伸ばして、指をさす。

「あの窓、開くわよ。 ロックしないことにしてるの。」

そう、あそこは、ベジータのために用意した部屋。

わたしが いつも、眠りながら、この人が訪れるのを待っている部屋だ。

ベッドの上に投げ出される。

開けっ放しの窓から、吹き込む風が少し冷たい。

でも 平気。

すぐに温かく、ううん、熱くなってしまうだろうから。

 

うれしくて うれしくて、つい うっかりと口に出してしまう。

「いつの間にか、元に戻っちゃったわね。」

「? 何がだ。」

「あんた、さっき 金髪だったわよ。以前見た 孫くんや、あの男の子とおんなじ。

 超サイヤ人ってやつに なれたのね?」

「何だと…?」

気付いてなかったの…。

目の前にいるベジータの、何とも言い難い表情。 

それを見て、自分の方から切り出してみる。

「試す? 重力室に行く?」

だけど、彼は こう言ってくれた。

「明日だ。」  …

 

うれしい! 思い切り、力を込めて 彼に抱きつく。

ベジータにとって わたしが何であっても構いやしない。

妻じゃなくても、恋人じゃなくても。

今 この瞬間、わたしは とても幸せだ。

 

彼の子を身ごもったのは、多分 あの時なのだと思う。

何故 多分かというと、心当たりが多すぎて 特定が難しいためだ。

 

あの日から さらに、10年余りの歳月が流れた。

なのに 相も変わらず、わたしは ひどく忙しい。

社長で科学者、 母親で、妻。

いろんなことがあったけど、彼、ベジータは わたしの元を去らなかった。

己を鍛え上げずには いられない、サイヤ人の本能。

それを満たしてあげるべく、トレーニングの環境を整えてあげる。

必死に時間をひねり出し、子育てだって頑張っている。

そして、夜は … ふふっ。

大忙しの毎日だけど、健康にだって気を遣っている。

だって できれば もう一人、 できることなら女の子を産んで、役割を さらに増やしたい。

心から そう思っているから。

 

 

この辺境の惑星に来て、はや10数年。

何故か俺は いまだに、下品な女のそばから離れられずにいる。

時折 思う。

これまで起きた さまざまなことは、何か大きな力によって、周到に仕組まれた罠だったのではないか。

居心地の良い檻の中に、この俺を閉じ込めておくための…。

だが俺は決して、はめられてしまったわけではない。

自分の方から、はまってやったのだ。

何故かと聞かれても、うまく説明はできない。

あえて言葉にするならば、気が向いたから。

そうだ。

つい、何となく、だ。

ベジータ⇒←ブルマな感じが好きですので、そんなふうに書いてみました。