258.珈琲
[ 第2回VB69Fes.参加作品です。 馴れ初めの頃のお話です。 ]
深夜、 ベッドの中。
つい さっきまで、あんなふうに わたしを抱いていたくせに、
背中を向けて眠ってしまう 勝手な男。
だけど、眠るといっても仮眠だ。
さんざん翻弄されて くたくたになったわたしが ぐっすり眠り込んでいる間に、
いつも、いつの間にか 何処かへ行ってしまう。
けれど 今夜のわたしは、やけに頭の中がハッキリしている。
それは多分、コーヒーを飲み過ぎてしまったせいだ。
つい この間、C.C.社製のコーヒーメーカーが新しくなった。
わたしが中心になって手掛けたそれは、以前の物よりも 小型で軽くなり、
デザインも今風でオシャレになった。
思い切って 価格を抑えたことも功を奏し、ずいぶん売れているという。
もちろん、肝心のコーヒーの出来もかなりのレベルだ。
発売されて以来 客足が落ちたと、専門店から苦情が届いたほどなのだから。
そんなわけで わたしは、これまでよりもコーヒーを よく飲むようになっている。
暗さになれた目で、寝返りさえも うたない男をじっと見つめる。
そういえば この人・・・
ベジータって、コーヒーなんか 飲むんだろうか。
孫くんは 苦いからって、いやがっていたけど。
もしかすると、サイヤ人の味覚には合わないのかしら。
そこまでは ないかしらね。 何せ、とんでもない雑食なんだから。
だけど、ベジータの場合は 嗜好品・・
栄養価が低くて おなかにたまらない物は、あえて口にはしないようなイメージがある。
自分にとって利益にならない物を、わざわざ取り入れないというか・・・。
だったら、わたしとのことは、いったい どう思っているんだろう。
彼の中で、説明はついているんだろうか。
考えても仕方がない。
だから わたしは、別のことに想いをめぐらせる。
孫くんの、人間離れした食欲は よく知っていた。
それでも、ベジータの食べっぷりには驚かされた。
『戦闘が長引いて 食事が摂れない場合に備えて、栄養分を蓄えておける体質なんじゃないか。』
別れてしまう前、 まだ この家にいたヤムチャが確か、そんなことを言っていた。
ヤムチャは元気でいるだろうか。
新たな敵を迎え撃つために、修行を頑張っているんだろうか。
そして・・・ あの女の人とは、結局どうなったのかしら。
ヤムチャが わたし以外の女と。
その疑いが事実だと わかった時、わたしは泣いた。
でも それ以上に悔しくて、腹が立って、思いつくままに悪口を並べたてた。
それに対してヤムチャは、ただ一言を口にしただけだった。
『どうして そうなったかってこと、考えたことあるか?』 ・・・
わたしもいけなかった。
今ならば、そう思える。
愛されること、 大切にしてもらうことが当たり前だと思っていた。
そう。 それこそ わたしは、この家でヤムチャに、
コーヒーの一杯すらも淹れてあげたことがなかったのだ。
胸の奥が、きりきりと痛む。 だけど涙は出てこなかった。
その理由は・・・。
こちらを向いてくれない男の、何も着ていない背中を 指先でなぞる。
触れてみなければ 気付かない、いくつもの傷跡に頬を寄せて、唇を押し当てる。
匂いを吸い込む。 体の熱が、伝わってくる。
目を覚ましただろうと思うのに、黙ったままで 文句も何も 言ってくれない。
けど、それでもいいと思う。
その代わり、ではないけれど、 たまには朝までいてほしい。
重力室と外での修業を繰り返すようになってから・・・
こういう関係になってから、ベジータが この家で食事をしている姿を見ていなかった。
わたしも仕事が忙しくなったから、時間がずれてしまうということもあるのだけど。
あわただしい朝に 大量の食事を用意するのは自信が無い。
だけど コーヒーだったら淹れてあげられる。
うんと いい豆を使って、プロ顔負けの 香り高い一杯を淹れてあげるのに。
もちろん わたしが手掛けた、新しいコーヒーメーカーで。
そんなことを考えながら、わたしは いつの間にか 眠りに落ちていた。
朝。 ベジータは やっぱり、隣にいない。
だから、いつもどおりに わたしは、彼が体を横たえていた場所にうつ伏せになる。
気のせいだろうか。
ひんやりとしているはずのカバーとシーツが、ほんのり温かく感じられるのは・・。
とにかく 起きなきゃ。
シャワーを浴びたら、着る物を選ばなくてはならない。
今日は仕事で 気の張る相手と顔を合わせる予定があるから、
おとなしめの格好が無難だろう。
だったら それに合わせて、メイクも色を抑えめにして・・・。
慣れないことをしたせいか、却って時間がかかってしまった。
あわてて階下へ下りて行く。
そこで わたしは、目を疑った。 「ベジータ。」
食堂に通じる廊下に、彼がいたのだ。
朝食を済ませたところのようだ。
「起こしてくれればよかったのに・・。」
この時間に、彼を見るのは久しぶりだ。
わかっていれば、身支度なんか後回しにして、すぐに下りてきたのに。
なのに、何も言わずに彼は 立ち去ろうとしている。
もう 行っちゃうの。 また、夜だけしか来ないの。
「ね、 ベジータ。」 もう一度呼びかける。
「なんだ。」
「あの・・。 ねえ、 この服、どうかしら?」
とっさに出てきた質問だった。 さりげなくポーズをとる。
「知るか。 俺に聞くな。」
「下品ではないでしょ? 仕事用の、きちんとした服だもの。」
興味無さげな顔を見ていると、いたずら心が湧き上がってくる。
「だって、久しぶりでしょう?」 「何がだ。」
近づいて、耳元でささやく。 「裸じゃない わたしを見るのが、よ。」
舌打ちをしてから彼は、いつもの一言を口にした。
「下品な女め・・。」
去って行く 後ろ姿に向かって、わたしはつぶやく。
聞こえないくらいに、小さな声で。
「頑張ってね。」
食堂へ行くと 手伝いロボットが、テーブルの上の食器を片づけているところだった。
ベジータが からにした、大量の皿。
水を飲んだグラスの他に、コーヒーカップが目に付いた。
中身が入っている。
下げられてしまう前に、手に取る。 まだ温かいそれに、口をつける。
キッチンの方から、母さんが出てきた。
「あら、 ブルマさん おはよう。」
「・・やっぱり ベジータって、コーヒーが好きじゃないのかしらね。」
「そんなことないんじゃない? だって それ、二杯めよ。」
「そうなの・・?」
コーヒーはブラックではなく、ミルクと、ほんの少しの砂糖が入れられていた。
なんとなく、楽しい気持ちになる。
「今、 新しいのを淹れてあげるわよ。」 「ううん。 いいわ、 これで・・。」
最後まで飲みほした後、あわただしく席を立って わたしは仕事に向かった。
よく晴れた、少し前に ベジータが飛んだであろう空を見上げて、もう一度つぶやく。
「頑張ろうね。」
舌先には ほろ苦さと、かすかな甘みが いつまでも残っていた。