『夢の途中』
[ 『夢のあと』の別ver.のような、一部を膨らませたような形になってしまいました。]
強さを追い求める者には、女など必要ない。
彼は長いこと、そう信じてきた。
しかし、その価値観は あまりにもあっさりと覆された。
今や宇宙最強の存在となった、かつてのライバルによって。
ライバルたちと その師匠が暮らしている家の、家政婦だったという女・・ ランチ。
何故か彼女は、女の扱いなど まるでわからない自分のことが気にいったと宣言し、
いまだに付き合いが続いている。
といっても、近況を短く綴った手紙のやり取りが主だ。
だが 数カ月に一度、ちょうど季節が変わる頃に彼女は姿を現した。
どんな辺鄙な場所にでも、 手紙に押された消印を頼りに。
波打つ長い黒髪、 同じ色の睫が縁取る大きな瞳。 彼女は優しく、女らしい。
裁縫や料理の腕は抜群で、ほがらかという言葉がぴったりだ。
その笑顔を見ると 気持ちが安らぐ。
一人身の男なら誰もが、彼女ならば、と思うだろう。
いい顔をしていなかった弟分でさえも 近頃では、せっつくようなことを口にする。
世話をしてもらったことに礼を述べると 彼女はいつも、とてもうれしそうな笑顔を見せた。
もう あと一言、 気のきいた言葉を添えられたなら 何かが変わるのだろうか。
女を愛し、家族をつくるということ。
それが堕落などではないことは、この宇宙を救った戦士たちが証明していた。
華奢な肩に、白い指先に、この手を伸ばして触れてみたい。
だが その後 いったい、なんと言えばいいのだろう。
誰もが当たり前にこなしているはずのこと。
彼には それが、本当にわからなかった。
しかし・・ 迷う時間は、長くは続かない。 「はっくしょん!」
そんな時、彼女は必ず くしゃみをするからだ。
髪の色が、顔つきが変わる。 その笑顔は、どこか挑戦的だ。
「よお。」 いつものように そう言って、両手を彼の肩に置く。
さっきまでは、触れることができなかった手。 ついばむように、素早く 唇が重ねられる。
「やめてくれないか、 こういうことは。」
「なんだよ、ケチだな。 減るもんじゃねえだろ。」
払いのけることは容易い。 なのに、そうしたくない自分がいる。
金髪になった彼女の方は、何故か滅多にくしゃみをしない。
押し問答が終わるのは大抵、弟分の餃子が戻って来た時だ。
けれど、今日に限って いつまでたっても姿を見せない。
「餃子の奴は随分遅いな。 いったい、どこまで行ったんだ。」
「気を利かせてくれてるんだろ。 そう言ってたもの。」
「あいつが、君にそんなことを?」 「言ったよ。 オレの方にじゃないけどね。」
彼女は再び、唇を重ねてくる。
たくましい彼の背中に両腕をまわして、さっきよりも長く、ずっとずっと深く。
「なあ・・ もう、いいだろ。」 「何がだ・・。」
ようやく離れた唇で、彼女は こんな言葉を告げる。
「オレさ、 もう 来れないかもしれないんだ。」
確かに、特に約束などしていない。 それでも いつも、彼女はやってきたのだ。
いつからか、彼は 彼女が訪れるのを待っていた。
「どうして・・ 」 「だからさ、最後に思い出がほしいんだよ。」
問いかけには答えずに、あっという間に 着ている物を脱いでしまう。
思いつめたような表情。 「な、 いいだろ。」
これは いわゆる、潮時というやつなのか。 隠していても仕方ない。 正直に彼は言った。
「知らないんだ。」 「え?」
「女を抱いたことがない。 どうしていいか、わからないんだ。」
まったく、馬鹿正直な男。 彼の言葉で、彼女の顔に笑顔が戻る。
それは とても優しげで、黒髪の方の彼女に どこか似ていた。
「別にどうだっていいんだよ、やり方なんて。」
手をとって、自分の胸に当てさせる。
「さわりたいところに手を持ってってさ、 あとは・・」
唇を、今度は手の甲に押しあてる。 「大きいな、おまえの手。」
中指を口に含む。 濡れた舌が上下に動く。
これまで知らなかった快感が、彼の体を駆け抜けて行く。
彼は、彼女を引き寄せた。
事の後。 寝床で二人は、まだ重なり合っている。
鍛え抜かれた胸板に、顔を埋めて彼女はつぶやく。
「うれしいな。 オレが初めての女だなんてさ。」
「・・君は その、 どうなんだ。」
自分でも失言だと思う。
しかし 経験の乏しい彼の中にも、いくつか腑に落ちない思いが残った。
なんというか・・ 体と手管が どうも ちぐはぐに感じたのだ。
特に怒るでもなく、あっさりとした答えが返ってくる。
「オレも、初めてだよ。」 「・・・。」
小さな声で付け加える。 「好きな男とはね。」 ・・・
彼は黙って、金色の髪に指を通した。
特有のだるさと心地よさの中、二人は瞼を閉じている。
聞こえないほど小さな声で、こんなことを彼女はつぶやく。
「ランチの体は、きれいなままだったんだな。 おまえのことだけ、ずっと待ってたんだ・・。」
ランチ。 それは君の名前じゃないか。
どうして そんな、他人みたいに言うんだ。 疑問は何故か、声にならない。
目の前に、一人の女が立っている。 黒い髪の彼女の方だ。
彼に気付くと、いつものように笑顔を見せた。
だが その顔はすぐ、ひどく悲しげに変わってしまう。
どうしてなんだ。 何故、そんな顔をしているんだ・・。
必死に訴えようとしているのに、声がうまく出てこない。
そして・・ 彼女は はっきりと口にした。 「さよなら。」
「ランチ。」
自分の声で、天津飯は目を覚ました。
体を起こして 辺りを見回すと、部屋には自分ひとりだった。
あのひとときが、夢ではなかった証し。
それは、枕元に残された一本の黒い髪だった。