『明日の約束』

パラレルで一度書いた以外では、初の飯ビです。

未来編の悟飯はかわいそうだな・・と ずっと思っていまして・・。

ビーデルと幸せになってくれてよかったな、という想いを込めたつもりです。]

今日 学校で、彼女は口をきいてくれなかった。

 

電話しても出てくれない。

これまでにも そういうことが何度かあって、わけを尋ねても教えてくれない。

 

『よく あることだよ。』 『いいわねえ、若い子は・・。』

周りにいる大人の人たちに相談しても、そんな言葉が返ってくるだけだ。

(ピッコロさんは「オレに聞くな。」って困った顔をしてたけど。)

 

明日になっても こうなんだろうか。

彼女はいったい僕の何に、そんなに怒っているんだろう。

 

夜。 憂鬱な気持ちのまま、ベッドに入る。

答えを導き出せないまま、僕はいつしか眠りに落ちていた。

 

 

気というものを、感じさせない人造人間。

奴らを見つけて破壊行動を食い止めるには、ラジオからの情報を待つか、現場を押さえるしかない。

有志によるラジオ放送は、近頃ずいぶん減ってしまった。

だから 僕とトランクスは、二手に分かれて上空からパトロールをすることが多くなっていた。

 

都。  以前は大都会だった この場所。

生き残った人たちの多くは きれいな水と食料を求めて田舎を目指し、

生きている人の姿を見ることは少なくなった。

だけど今日は久しぶりに、人が・・  それも子供がいるのを見つけた。

 

黒い髪の女の子が、自分よりも幼い数人を集めて何かをしている。

よく見ると、地面に 文字や数字を書いている。

勉強を教えてるんだ。

うれしくなった僕は そっと地面に降り立って、崩れかけた建物の陰から 様子を見守った。

 

先生役の女の子は、僕と同じ年頃だ。

「あっ、 そこ、計算が違うよ。」 つい 声をかけてしまう。

子供たちが一斉に僕の方を見て、女の子は驚いた顔をした。

けれどもすぐに、はきはきとした声で答えた。

「ほんとね。 ありがとう。」

 

『授業』を終えた女の子は、親の元へ帰っていく子供たちを見送りながら 僕に言った。

「勉強なんて こんな世界には必要ない、って言われたこともあるの。

 でも、わたしはそんなことないと思う。」

「うん。 僕もそう思うよ。」

大きくうなずいた僕に、女の子はにっこりと笑った。

 

次の日、 僕はまた その場所へ行ってみた。

子供たちの姿は見当たらない。

そのかわり、少し離れた所にいる女の子を見つけた。

崩れた建物の残骸を掘り起こしている。 

まさか・・・

「どうした!? 誰か、下敷きになったのか?」

「ううん、 違うのよ。」  女の子は手を休めて、笑顔で僕を見上げた。

 

子供たちは今朝早く、親と一緒に この場所を離れて行ったそうだ。

一人になってしまった女の子は、再びがれきの山に手をつける。

その作業を手伝いながら僕は尋ねた。 「何か探してるの? 食べ物かい?」

「それも あるけど・・。」 ここは、ショッピングセンターだったようだ。

「パパの物が、何か出てこないかなぁ と思って。」

「お父さんの? ・・ここで亡くなったのかい?」

「そうじゃないんだけど・・ 」 首を横に振って、女の子は続けた。

「わたしのパパは、ミスターサタンなのよ。」

 

反応の鈍い僕に、少しあきれたように言う。

「知らないの? 武道をやってるくせに。」 僕は道着を着ていた。 

「ごめん。 僕んち田舎だったから、そういうのに疎いんだ。」

女の子のお父さんは、格闘技の世界チャンピオンだったという。

「すごい人気で、写真集やCDまで出してたのよ。 大きなお店にたくさん売ってたんだから。」

女の子はお父さんの生きていた証しを、形見になるものを探しているんだろう。

 

その時。 強い風が吹いて、これまで前髪で隠れていた額が見えた。

そう古くはなさそうな傷が目に入る。

女の子は、僕の視線に気づいたようだ。 「ごめん・・。」

「別に。 あなたにだって、あるじゃない。」 女の子が、僕の左目を見つめた。

「でも、わたしのこれは、爆発なんかでついたんじゃないのよ。

 石をぶつけられたの。」

 

わたしのパパが誰なのか知ってる人がいて、そいつにやられたの。

世界チャンピオンっていったって、人造人間には手も足も出なかったじゃないか、って

言われたわ。

 

「ひどい奴がいるんだな・・。」 僕は本当に腹が立った。

「もちろん、捕まえてとっちめてやったけどね。」 女の子は笑った。

「わたし、強いのよ。 小さい頃は、パパと毎日一緒にトレーニングしたんだもの。」

確かに、姿勢がとっても良かったし、動きもきびきびとしている。

僕は なんとなく、お母さんのことを思い出した。

 

「やっぱり見つからないわね。 今日は もう帰ろうっと。」

「一人きりになっちゃったんだろ。 危ないよ・・。」

一緒においで、と言おうと思った。

気の毒な人は大勢いるから、そういうことは口にしないようにしていた。

だけど、この子には どうしても そう言いたかった。

 

「平気よ。 言ったでしょ、わたし 強いの。

 それにね、パパがチャンピオンになる前は、この辺りに住んでたのよ。」

パパとママとわたしの三人で。 

小さく付け加えて、女の子は走って行ってしまった。

「また 明日ね。」 と 手を振って。

 

明日。 明日会えたら、必ず言おう。 僕と一緒にC.C.へ帰ろう、って。

明日会えたら・・・。

 

次の日、女の子の姿はなかった。

明け方に弱い地震があったせいか、半壊だったいくつかの建物が完全に崩れていた。

「おーい、 聞こえるか。僕だよ・・

名前を呼ぼうとして、ようやく 気づいた。

あの子の名前を、まだ聞いていなかったということを。

 

 

電話が鳴る音で目が覚めた。

すぐにベッドから出て受話器をとった。

『悟飯くん・・?』  彼女の声。

『今日、 ううん、もう昨日ね。 ごめんね。悟飯くんは、ちっとも悪くないのよ。』

声に、涙が混じっている。

『一人で勝手に怒ってただけなの。

 悟飯くんがみんなに優しいから、やきもち妬いてたのよ。』

 

「・・僕、今から そっちに行くよ。」 『でも、こんな時間よ。』

「急げば すぐに着くよ。 それに、ちょっと顔を見るだけ。 家で待ってて。」

電話を切った後、 僕は文字通り 家を飛び出した。

 

都が近付くにつれて、眼下には街の灯りが広がってくる。

スピードを上げようとした、ちょうど その時。 とてもよく知っている気を感じた。

温かくて、優しい。 意地っ張りで、愛しい。 そんな気の持ち主、それは・・。

 

「ビーデル。」

飛んできてくれた彼女を、僕は初めて そう呼んでみた。

彼女は驚いた顔をしたけれど、すぐに笑顔を見せてくれた。

 

夜の風が、髪を乱す。

腕をとって引き寄せて、彼女の額に唇を寄せる。

傷のない、彼女の額。 街の灯りがきらめく、平和な夜。

僕の頬と唇に 短いキスを返した彼女は、別れ際に手をふりながら こう言った。

 

「また明日・・  ううん。あとで、学校で会おうね。」