294.『お誘い』

拙サイトには少なめの、そうなってしまう前(直前)のベジブルです。]

さまざまな雑事から解放され、ようやく家に帰りついた。 

このところ疲れ気味だったけれど、今日は特に そう感じる。

お風呂に入って汗を流して、今夜は早めに寝てしまおう。 

つい今しがたまで、そう思っていた。 だけど、

「そうだわ。」

クロゼットの扉を開けて水着を取り出し、鏡の前で当ててみる。 

うん、試着せずに買ったにしては…

「よく似合うんじゃない? さすが わたしね!」

 

この水着は 仕事での移動の途中で見つけて、衝動買いしてしまった物だ。

この夏は、海になんか行けそうにない。 

それでも やっぱり、暑くなってくれば水着が買いたくなる。

「…。」 

タオルと水着を手にして、わたしは部屋を出た。 

久しぶりに、プールで泳ごうと思った。

そう大きくはないけれど、C.C.にはプールがあるのだ。

ガラス窓に囲まれた室内プール。 

昼間なら日差しが注ぎこむけど、今の時間は… 

照明が強すぎるのか、夜景は あまり きれいに見えない。

ともあれ、ゆっくりと泳ぎながら、また 時には浮き輪に寄りかかりながら、わたしは考えている。

 

あーあ。社長って、やっぱり大変だ。 

科学者としても ちゃんと やっていきたいから尚更に。

後を継ぐ前、父さんは何度も こう言っていた。

『無理しなくてもいいんだよ。 僕は血縁には全然こだわってない。 

ブルマは自由に、好きな道を歩みなさい。』

それでも わたしは、やってみることにした。

父さんが、一から興したC.C社。 そこのトップに他の人が就くのは、何となくイヤだったのだ。

 

こんなこともあった。 

少し前、父さんの学者仲間で、昔からの知り合いである おじさんたちが家を訪れた。

その席でも やっぱり、 『女の身で、社長と科学者の二足のわらじは大変だろう。』 

そういう意味のことを言われた。

その後で、こうも言っていた。

『経営の方をやってくれる婿さんを探して、そっちは旦那に任せた方がいいんじゃないのかい。』

『大丈夫よ、心配しないで。 どうぞ お気づかいなく!』 

言い返す前に、父さんが答えた。

『それはできないんだよ。』 

そして、やけに きっぱりとした口調でこう続けた。 

『だってブルマには、好きな人がいるからね。』 

『ちょっと! 何言ってるの、父さん。』 

食い下がったけれど、父さんは笑顔のまま、その話を終えてしまった。

好きな人。 いったい、誰のことを言っていたの? 

ヤムチャとは もう、友達に戻ったっていうのに。

 

そういえば、このプールでもヤムチャと泳いだことがあった。 

あの時も わたしは、買ったばかりの水着を着ていた。

友達なのだから、これからだって会うだろう。 

だけど、二人きりで泳ぐことは、もう ない。

「… さーてと、そろそろ出ようかな。」  

ひとりごちた その時、大きな音をたててドアが開いた。 

すぐにわかる。 この登場の仕方は、

「ベジータ!」

 

「おい。 いるのなら重力装置の点検をしろ。 また調子が悪いぞ。」

「なによ、調子が悪いのは使い方のせいでしょ。 

それに、いるのならって、あんたこそ ここしばらく姿が見えなかったわよ。」

そう。 このところ彼はまた、外に出ることが多くなっていた。 

重力室に籠ってのトレーニングに、行き詰まっているのかもしれない。

 

いつまでも 上がってこない わたしに、ベジータは苛立った声を上げる。 

「おい、さっさと来い。」

「イヤだわ、今からメンテなんて。 もう夜遅いし、今日は わたし、すごく疲れてるのよ。」

それは本当で、でも半分は嘘だった。 

ベジータが、父さんではなく わたしばかり呼ぶことが、本当はうれしかった。

「つべこべ言うな! そんなことをする元気は あるんだろうが!」 

「あら。 これは リフレッシュよ。」

そう言って、わたしは わざと泳いで見せた。 できるだけ、優雅に見えるように。

「ねえ、 あんたも来たら。」 

「何だと?」 

「一緒に泳ごうってこと。 ちょうどいいじゃない、そんな格好してるし。」

彼は上半身裸で、黒の やけにピッタリとしたトレーニングパンツを穿いている。 

重力室で特訓する時は、たいてい その格好だ。

「どうしたの? あ、 もしかして泳げないとか?」 

まさかね。 そうだったら面白いけど… 

「キャッ!」

大きな水しぶきが上がった。 ベジータが、プールに飛び込んだのだ。

 

泳げないと言ったのが、気に障ったのだろうか? 

クロールに似ているけれど 少し違うフォームで、ものすごいスピードで彼は泳いだ。

「すっごーい! 今の絶対、世界記録よ。 タイムを計れば よかったわね!」

素直に褒めると、彼は つまらなそうに 「フン。 波も流れも無いなら、当たり前だ。」 と答えた。 

そして、「さっさと来い!」 と また言った。

 

ベジータときたら びしょぬれのまま、しずくを落としながら すたすた歩いて行く。 

「ちょっと、待ちなさいよ!」 

追いついて、タオルを肩にかけてあげる。 すると彼は、いかにも面倒くさげに足を止めた。 

その隙に正面に回り、濡れた髪を ごしごしと拭う。

「あら…。」 

水に濡れたせいで前髪が下り、彼の 特徴ある額が隠れている。 

「わあっ、この方が似合うんじゃない? 何だか幼く見えるみたいよ。 かわいい… 」 

「黙れ!」

彼は乱暴に、払いのける形で 大きく手を振った。 

その拍子に、「!」 「きゃあっ。」

手の甲が、わたしの胸に当たった。

「くそっ… 」 

気まずそうな、うろたえたような表情。 これって何だか、あの時に似ている。

ドラゴンボールの力によって地球に送り返された、あの、初めて言葉を交わした時に。

 

ベジータに背を向けて、わたしは また、プールに飛び込んだ。

「おい! 何のつもりだ。」 

「別に。 まだ ちょっと、泳ぎ足りないだけ。」

そして、プールサイドの彼に向かって、わたしは こう声をかける。 

「ねえ、ベジータ。 わたしの水着、どう思った?」

「? 何だと?」 

「通りかかった お店でパッと見て買っちゃったんだけどさ、 なかなか似合ってるでしょ?」

「知るか! おい、いいかげんにしないと… 」 

「生地も ちょっと変わってるのよ。 ねえ、ちゃんと見てよ!」

そう叫んで わたしは、水着、もちろんビキニなんだけど、上をはずし、ベジータの足元に投げつけた。

「! 貴様、何しやがる!」  

少しだけ ためらったけど、下も脱ぐ。 プールの中から、同じように投げつける。 

「何を考えてやがる…?」

 

驚かせるだけでは、あわてさせるだけでは もう足りない。 

わたしの顔を、それに体を、ちゃんと見つめてほしいの。

それから、 さわっても いいのよ。 白い手袋を、つけていない両手で。

水の中から また、わたしは叫んだ。 

「ねえ、 あんたも来て。」 

「…。」

 

ベジータは、来るだろうか。 わたしの誘いに、のってくるだろうか。

もし 来てくれたら、こう言うつもりだ。 

「悪いこと、しても いいわよ。」

[ わたしね、 あんたのこと、好きになったみたい。 ] 

その、言葉の代わりに。