009.『あざやかな、とても あざやかな』

舞台は未トラ初登場の直後。

もしもブルマが自分の運命に気付いていたとしたら… というお話です。]

「いいか! そんな余計なことをしやがったら、貴様をぶっ殺すぞ!」

 

… 何よ、何よ。 とっても いい考えだと思ったのに! 

ひどい言葉で恫喝されて、わたしは大いに気分を害した。

それだけじゃない。 

孫くんも、他のみんなも誰一人として、わたしに賛同してくれないのだ。

そんな中、クリリンくんだけが、かろうじてフォローをしてくれる。 

要約すると こういう意味だ。

とりあえず今は、共通の敵がいた方がいい。 

皆で手を組んで戦うことにより、良い方に向かっていくのではないか…。

 

ベジータのことを言っているのだ。 

かつては恐ろしい敵だったけれど、今では味方となっているピッコロを、

イメージしているのかもしれない。

「しょうがないから付き合ってあげるけどさ。 

あんたたちに巻き込まれる かよわい一般市民は、たまったもんじゃないわね!」

 

皮肉を口にし、声を荒げても、特に孫くんは まるっきり、気にする素振りを見せない。

チチさんに叱られ続けて、耐性ができてしまったのだろうか。

去り際には、こんなことまで言っていた。 

「じゃあな、ブルマ。 丈夫な あかんぼ産めよ。」

? どういう意味? 

わたし、妊娠なんかしてないわよ?

 

ヤムチャが、やけにニヤニヤしながら言葉を添える。

「あれはだな、おれたちも そろそろ一緒になれって意味なんだよ。 

そんなことを言うようになったか、あいつも。」

… そうなのかしら? 

「まあ確かに、結婚に関しては孫くんが先輩だもんね。」

でも。 

「どっちにしろ、今は無理でしょ。 大変なことが起こるって知っちゃったし、それに、」

しばらくの間、わたしは かなり忙しいのだ。 正式に、父さんの後を継ぐことが決まったから。

「そうだよな。 早くても三年後かあ。」

まるで、もののついでみたいなプロポーズ。 だけど わたしは怒らなかった。

なぜなら わたしの頭の中は、まるっきり別のことで占められていたためだ。

 

誰も口にしなかったけど… あの少年は、やっぱりベジータに似ていたと思う。

髪や瞳の色は違っていたけど、顔立ち それに立ち姿。

そして、どうして みんな気にとめないのだろう。 

フリーザの思いがけない再来や、新たに起こる戦いのことで頭がいっぱいだったせいだろうか。

あの少年は、超サイヤ人になっていた。 

つまり、サイヤ人の血をひいているということだ。

それらを考え合わせると… あの男の子はベジータの子供? 

だとしたら、いったい誰との?

ベジータは この先 この地球で、誰かを愛するということなの?

 

ともあれ、戦士たち、あの場に居合わせた皆は、それぞれのやり方で修行を開始した。

ベジータはといえば父さんを捕まえて、重力室という訓練施設を造るよう命じた。

重力の負荷が最大で、300倍にまで上がるという ありえない空間。 

しかも、使うのは あのベジータ。

どう考えても危険だ。 

しっかりと時間をかけて設計し、高い塀か何かで取り囲んで 隔離してほしい。

なのに ひどく急がされ 結局、宇宙船を改造した物を、うちの庭の一角に設置する形になった。

 

「ちょっと、またなの!?」

そうなのだ。 

あれほど切望し、無理を通して造らせた施設だというのに、ベジータの使い方は乱暴すぎる。

段階を踏まず、いきなりフルパワーにして連続運転、なんてことを平気でするのだ。

で、それによって必要となる調整や修理を、わたしにばかり言いつける。

 

「もうっ。 いい加減にしてほしいわ! ただでさえ このところ疲れ気味だっていうのに。」

就任式は まだだけど、社長としての仕事はスタートしていた。

「だいたいさ、父さんは毎日 どこに行ってるのよ。 引退して暇になったんじゃないわけ?」

ぼやきとともに尋ねると、いつもの調子で母さんが答えた。 

「〜博士のところよ。 ・・・さんたちも ご一緒みたい。 別に、遊んでるわけじゃないのよ。」

父さんの友達で、昔からの学者仲間の名前だ。 

おそらく、仕事抜きの研究に思う存分、没頭しているに違いない。

「半分は遊びみたいなもんじゃない。 ずるいわ…。」

テーブルに突っ伏していたら また、恐怖の内線電話がかかってきた。 

「あーあ。」

 

その重力室が大爆発したのは、それから一カ月ほど後だ。

幸いにも休日で、わたしは出かけず 家にいた。 

ヤムチャも、小休止などと言って家に戻ってきていた。

「ベジータの奴、ついに ブチ切れたか?」 

「違うわ!」

そうよ。 確かに乱暴だったけど、自分の手で壊すなんてことはしないと思う。 

だって悪態をつきながらも、いつも ちゃんと待っていたもの。 

わたしが、修理を終えるまで…。

 

広い庭を走り抜けて現場に着くと、おびただしい量のがれきが視界に入った。

腕が、にゅっと出てくる。 「キャッ!!」  

ベジータだ。 無事だったのだ。 

けれど立ちあがって間もなく、また崩れ落ちてしまう。 

「ちょっと、しっかりしてよ。 大丈夫?」  

抱き起こして声をかけると、

「カカロットを倒すのは この俺だ、」 とか何とかお決まりのセリフを吐いて目を閉じた。

ぐったりとして、動かない。 まるで、死んでしまったみたいに… 

「やだ、目をあけてよ。 しっかりして、ベジータ!!」

 

「大丈夫だろ。」 後ろから やって来たヤムチャが、小柄な彼を軽々と担ぎあげた。 

「自分の力で出てきたし、しっかりと立ちあがってたじゃないか。」

「でも…!」 

「それよりさ、おまえも ちゃんと手当てしろよ。」

「え?」 見れば、膝から 血が流れていた。 

散らばった破片の上に、膝をついたせいだろうか。

ちっとも、気がつかなかった。

 

ヤムチャの手で、家に運び込まれたベジータ。 

救急車は呼ばず、病院のお世話にはならなかった。

外科医の免許も持っている父さんが、診てくれたためだ。

 

一旦 部屋の外に出た わたしに、ヤムチャが声をかけてきた。

「大丈夫だったろ? だと思った。 あのくらいで くたばるような奴じゃないんだよ、あいつは。」

「うん、そうよね…。」 

「さあ、じゃあ そろそろ行くよ。 修行を再開する。 おれも、頑張らないとな。」

言葉を切って続ける。 

「おれが敵を倒せるとは、正直 思ってないよ。 

でもさ、強くなれば、かよわい一般市民を助けられるかもしれないだろ?」

「そうね。 頑張って、ヤムチャ。」 

「サンキュー。 で、前に言った三年後の話だけどさ、とりあえず白紙に戻そう。」

「ヤムチャ…。」 

「実を言うと、それを言いに戻ったんだ。 その方がいいよな。 

理由は、ブルマ、おまえが一番よく わかってるよな?」

 

うん、 そうね。 うん、そうよね。 

わたしときたら、そればかり言っていた。 それしか、言えなかった。

わたしの気持ちの変化に、ヤムチャは気付いていたのだ。

 

どのくらい経っただろうか。 父さんに声をかけられ、あわてて涙を拭った。

「ベジータくんは大丈夫だよ。 彼の回復力は、鍛えていない我々とは違うようだね。 

目を覚まさないのは、疲れがたまっているせいだろう。」

そして、優しい声で こう続ける。 

「すまなかったね、重力室のアフターケアを、おまえに任せきりにしてしまった。」

「ううん…。」 

 

そう。 あの爆発事故の、何分の一かは わたしのせいだ。

そのつどの修理だけでは もたない、もっと大掛かりなメンテナンスが必要だ。 

わかっていたのに、そうしなかった。

長期間  使えなくなることを、ベジータが拒んだせいもある。 

でも それだけではない。 

いつからか わたしは、重力室で彼と話すことが楽しみになっていた。

その証拠に、文句や愚痴をこぼす わたしに、母さんはいつも言っていた。

『ふふふ、そんなこと言ってるけど ブルマさん、何だか とっても楽しそうよ。』 

 

「どうかしたのかい、ブルマ。」 

「ううん、何でもないの。」

「そうか。 ところで明日は、いよいよ就任式だね。 大丈夫かい?」 

「うん、わかってる。 ちゃんと出るわ。」

「それなんだけどね、 えーと、その、服装のことなんだが。」 

「えっ?」

めずらしいことだ。 父さんは そういうことを言わない、というか気にしない人なんだけど… 

古株の社員にでも、何か言われたのだろうか。

「大丈夫。 ちゃんとしたスーツを着るわよ。 母さんが、用意してくれたの。 

髪も、まとめることにするわ。」

「そうかい。 まあ別に、明日だけで構わないから。」

 

髪。 そうよ、髪。 

わたしは、父さんの髪に注目した。

ずいぶん白髪が増えたけれど、すみれ色の、くせのない真っ直ぐな髪。 

それって、あの男の子と同じではないか。

怪訝な顔の父さんに向かって問いかける。 

「ねえ、今はパーマなんかかけちゃってるけどさ、わたしの髪って、父さん似よね?」

「そうだね。 だけど、なんだい?今さら。」 

「うん、ちょっとね。 あと、話は変わるけど、父さんって今、何の研究をしてるの?」

「ん? うーん、いろいろ脱線もするんだけどね、実は、タイムマシンについてなんだよ。 

理論上は可能なんだ。」

… やっぱり、そうだった。

 

部屋に戻ると、ベジータは もう目を覚ましていた。 

そればかりか、起き上がって外へ出て行こうとしている。

「ちょっと! ダメよ、もう少し休まないと!」 

「冗談じゃない。 のんびりしている暇など、俺にはないんだ。」

「新しい重力室を造るわ。」  

その一言で、ベジータの動きが止まった。 

「なに?」 

「今回の失敗を教訓にして、より安全な、完璧な物を造るの。 

だから、出て行ったりしないで、あんたも意見を出してよ。」

「…。」 

「それと、戦闘服一式ね。 まかせて。 何日徹夜しても、満足のいく物を作ってみせるわ!」

 

「… やけに張り切ってやがるな。」 

「そ、そう?」 

「どういう風の吹きまわしだ? いったい、何をたくらんでいる?」 

「やーね、たくらんでるだなんて、そんな…。」

その時、内線電話が鳴った。 

「はい。 あら、ちょうどよかった。 うん、さっき目を覚ましたところよ。」

腑に落ちない様子のベジータ。 その彼に向かって、わたしは告げる。

「食事の用意ができたって。 今 もってきてもらうわ。 わたしが、食べさせてあげるわね!」

「やめろ! 何なんだ いったい。 余計なことはしなくていい!」 

「まあまあ、遠慮なんか しなくていいわよ。」

 

そんなやりとりをしながら、わたしは考えている。

20年後の未来から タイムマシンに乗ってやってきた、あの男の子。

顔立ちはベジータで、髪と瞳は わたしに似た。 

あの子の両親は、わたしたちだ。

わたしは この男、ベジータの子供を産む…。

どんないきさつで そうなるのか、それは まだ わからない。 

愛し合った末なのか、それとも。

でも 少なくとも、わたしは彼のことが好きだ。

 

ドアが開いて、給仕ロボットが 山盛りの食事を運んできた。

「あっ、来た来た。 はい、どうぞ、あーん。」 

「やめろ、構うな! 自分で食う!」

 

ああ、わたしたちは これから、どうなっていくのだろう?

それを思うと、見慣れたはずの風景までもが、何だか とっても色鮮やかに見えた。