212.『誇り』

こういう、ふりをする系のお話も 名作がたくさんありそうなんですが、

ヤムブルの別れの辺りに、管理人の解釈を盛り込んでみたつもりです。]

ベジータは わたしの家… 

つまりC.C.のことを、この地球での、自分の基地だと考えているようだ。

やっと帰還した孫くんの 超化した姿を目の当たりにし、

未来から来たという不思議な少年から、警告を受けた あの日。

あの日から、それは特に 顕著となった。

 

彼の最終目的は、あくまでも 『打倒 カカロット』 なわけだけど…

とりあえずは三年後に現れるという強敵、そいつらを迎え撃つため、

日々 自分を鍛え上げている形だ。

他の皆も、それぞれのやり方で頑張っている。

ヤムチャも、人里離れた山に籠って、修行に励んでいるらしい。

 

ところで、せっかく生き返り、戻ってきてくれたというのに、わたしたちは別れてしまった。

理由は、いろいろある。

バイト先で親しくなったという、女の人の存在が大きいんだけど… 

結局、C.C.社の女社長の恋人、そう呼ばれることが 嫌だったんだと思う。

そう。 

わたしは正式に 父さんの後を継ぎ、二代目社長となった。

科学者の肩書にも恥じないように、となると、それはそれは大変だ。

少なくとも会社の方は、方針をしっかりと決め、

あとはいさぎよく部下に任せていた父さんのやり方を、見習わなくてはならないだろう。

 

そんなふうに、多忙な日々を送る わたし。

その わたしに向かって、ベジータは、まるで遠慮することなく、あれやこれやと言いつけてくる。

C.C.が基地ならば、わたしのことは専用の科学者、世話係とでも思っているのだろうか。

社長業を退き、好きな研究だけをしている父さんのところへは、何故だか あまり行かないのだ。

 

そして今も わたしは、重力室の調整をさせられている。

遅く帰ってきた日は、少しでも早く休みたい。 

逆に早く帰れた日や休日は、気晴らしをして英気を養いたいのに。

 

「あーあ。」  

作業の手を止め、ため息をつく。

「あの時、あんたも来たら、なんて言うんじゃなかった。 放っておけば よかったわ…。」

でも そしたら、いったい どうなっていたんだろう。

騒ぎを起こされ 結局、引き受けることになったのかしら。

「文句を言うな!  まったく、信じられん奴だ。」

離れた場所から、ベジータが怒鳴っている。 

作業している様子を、彼はしっかり監視しているのだ。

「この俺様が、じきじきに命じてやっているんだぞ。 大変な名誉だと、喜ぶべきところだ。」

「何 言ってんのよ…。」

これ、王子様気質ってやつ? 呆れるよりも、何だか感心してしまった。

 

思い立って、尋ねてみる。 「故郷にいた頃は、そうだったの?」

「何がだ。」 

「だからー、周りの人たちは あんたからの命令を、喜んで聞いてたかってこと。」

「当たり前だ。」 

「ふーん。 でもさ、それって何か、メリットがあったからじゃない?」

「何だと?」 

「つまりね、王家御用達ってことになれば 箔が付いて得をするとか。 

わたしには そういうのが全然無いもの。 文句の一つも、言いたくなるわよ。」

「… 生意気な理屈をこねやがって…。」

 

ふと見れば、もともと鋭い彼の目が、さらに険しく吊り上がっている。 

特徴ある額には、青筋まで浮かんでいる。

そんな彼に、わたしは提案する。 

「だからね、わたしのお願いも聞いてほしいの。」

「なに?」 

「褒美代わりよ。 衣食住や、設備を提供していることへの。 

別に、難しいことじゃないわ。 ただ黙って、付き合ってくれればいいの。」

「付き合うだと? どういうことだ。」 

「あのね…、」

ためらったけど、言ってしまう。 

「恋人のふりをしてほしいの。 わたしの。」

 

実は わたしには、あと もう一つ 悩みがあった。

おかしな電話が かかってくるのだ。

中傷や脅迫ならば 即 通報となるのだけど、いわゆる 『密告』 なのだ。

内容は、大まかには いつも同じ。 

『知ってますか。 ヤムチャさんは、〜という女性とも お付き合いしてるんですよ。』 

それに加え、昨日は こうだっただの、今日も会っているだのといった尾ひれが付く。

〜という女性は かつてヤムチャが アルバイト先で知り合った人で、

あまり思い出したくはないけど わたしたちの別れの一因にもなった。

でも 結局、その人とも一緒にはならず、

今は一人で 修行に励んでいる。 はずだ。

 

なのに まだ、電話はかかってくる。

拒否設定にしても 公衆電話を使い、近頃では、会社の方へかけてくることさえある。

相手が誰かは わかっている。 

やはり ヤムチャと同じ所で働いていた女の子だ。

その子とは断じて何もなかった、話をしたことも あまりない。 そう言っていた。

嘘ではないと思う。 

見た目がどうとかではないけど 何となく、面倒くさそうな女の子なのだ。

 

弁護士にでも相談し、厳重に注意してもらうことは簡単だ。

でも わたしとしては、何というか、彼女に気付かせてやりたいのだ。

自分が いかにバカで、つまらないことをしているかってことを。

顔を見て一言、物申してやりたい気持ちもある。

けど その際、 わたし一人だけでは ちょっと…。 

危ない、というだけではなくて、護られており 幸せだということを、見せつけたいのだ。

よって、同行する相手は恋人でなくてはならない。 

つまらない見栄、 安っぽいプライドかもしれないけれど。

 

と、いうわけで ベジータに、その役を引き受けさせることにした。

もっと 見栄えが良く、言うことを聞いてくれそうな人はいる。

でも たとえ偽の恋人でも、戦わない男の人は駄目だ。

いつからか わたしは、そう思うようになっていた。

 

それから、数日たった休日。

ベジータには とにかく、基本的には黙っているよう伝えた。 

例外として、わたしが相槌を求めた時のみ 頷いたり、短い返事をする。 

そう念を押す。

行先は、都のはずれにあるカフェレストラン。 

呼び出したわけではなく、その店が彼女の、今の職場なのだ。

給仕してくれるはずの彼女に、ベジータとの仲を見せ付け、目を覚まさせる。

ヤムチャへの歪んだ執着が、いかにバカなことであるかを 気付かせるのが ねらいだ。

 

「もう。 もっと おしゃれしてほしかったのに…。」

ベジータときたら あの、母さんが買ってきたピンクのコットンシャツを着ている。

戦闘服とトレーニングウェアを除けば、ほとんど こればかりだ。

意外と気に入っているのだろうか。 

せめてジャケットを羽織らせようとしたのに、受け付けなかった。

 

そんなこんなで、目当ての店に到着した。 奥の席に着き、早速 尋ねる。

「あの、 ・・・さんは?」  

・・・というのは もちろん、彼女の名前だ。 それも、把握している。

「今日は あと30分程で来るはずですよ。 お知り合いですか?」 

「ええ、まあ。 じゃあ、いらしたら この席に呼んでください。」

その やりとりの終わらぬうちに、ベジータが 口をはさんでくる。

「おい。」 

メニューの写真を、指で示す。 

「これとこれとこれだ。 ケチケチせず、ありったけ持ってこい。」

「ちょっと! 食事は済ませてきたはずでしょ?」 

「フン、ここは食い物を出す店だろう。 めしを食う意外、何をしていろというんだ。」

「… しょうがないわね。 あんまり、ガツガツしないでよ。」

あーあ、やっぱり、他の人に頼むべきだっただろうか。

 

そして 本当に、きっかり30分後。 例の彼女が、出勤してきた。

つかつかと、こちらに向かってくる。 さっきの人に、ことづけておいたためだ。

「こんにちは、わたし ブルマよ。 わかってるわよね? C.C.社の二代目で、ヤムチャの元恋人。」

最後に添えた一言に 何故か、

それまで無言で皿を空け続けていたベジータが、ぴくりと反応したように思えた。

 

「で、この人は ベジータ。 わたしの、今の恋人よ。 もう一緒に暮らしてるの。」 

「…。」

いないことも多いとはいえ、一応、後半は事実だ。 

彼女が口を開いた。 「そちらのかたも、武道家なんですか。」 

ああ、電話と同じ声だ…。

「そうよ。 やっぱり わかる? 小柄だけど、ものすごいマッチョなのよねー。」

自慢げに答えた わたしに、彼女は、思わぬ攻撃を仕掛けてきた。

「お仕事… 収入源は? 道場か何かを、開いてらっしゃるんですか。」

「あ、えっと… その、今は あることを準備中だから…。」 

口ごもったわたしに、まるで あざ笑うかのように彼女は言った。

「じゃあ、ヤムチャさんの時と おんなじですね。」

「! 何それ!」 

かなり、カチンときた。 

彼女は続ける。 

「大金持ちのお嬢様が お金で、男の人に言うことを聞かせてるってことです。 

その人もそのうち、逃げ出すんじゃないですか?」

 

… 何よ、 何なのよ!!

ドラゴンボールや孫くんやサイヤ人や、これまでの戦いや冒険のことを、

なんっにも知らないくせに!!!!

 

悔しい。 何か、思い切り辛辣な言葉を ぶつけてやる。

そう思って、口を開きかけた その時。 大きな音をたて、ベジータが席を立った。

「食い終わった。 俺は帰るぞ。」 

「ちょ、ちょっと待ってよ。 話が まだ… あら。」

何だろう。 口元に、ソースのような物がついている。

もうっ、よりによって こんな時にみっともない! 

指で示して教えると、彼は一言、「拭え。」 と命じた。

「?」  首をかしげながらも、紙ナプキンを取ろうとする。

すると、 「違う。」 

「えっ?」

 

信じられないことが起こった。 

手首を ぐい と掴まれて、顔が、キスの寸前まで近づく。

だけど、わかった。合点がいった。 素早く、舌で拭い取る。

ひゅー。 

口笛が聞こえた。 他のテーブルにいた、男性客のグループだ。

一部始終を見ていた彼女は、あっけにとられた顔をしていた。

その彼女に向かって、わたしは言う。

「同じことにはならないわ。 この人はね、劣等感には縁がないの。

少なくとも うちの財産や わたしの仕事に、気おくれなんか絶対しないわ。」

 

彼女は、言い返さなかった。 電話は もう、かかってこないのではないか。

そう思った。

 

外に出た ベジータは、さっさと飛んで 帰ってしまった。

だけど 後ろから見た耳たぶが、赤く染まって見えたこと、

それに夕食も しっかりと、C.C.の食堂で食べていたこと。

それらが わたしの胸の中を、ほんのりと温めてくれた。

 

 

さて、わたしたちが 『悪いこと』 をしてしまうのは、それから少し後のことだ。

愛の言葉は一切なく、一緒に出かけたこともない。 

だから 恋人なんて、とても言えなかった。

それでも みじめだと思わなかったのは…

王子様に選ばれたという矜持、誇りのため だったかもしれない。 

 

そして、早10年余。 

妻となった今も 相変わらず、戦闘服やら重力室に わずらわされている。

「やれやれ、まったく。 今月は特に 忙しいっていうのに…。」

ご褒美は夜、もらうことにしよう。