090.『柔らかい髪』
[ 管理人には めずらしく?そうなってしまう前のベジブルです。
王道的な内容ですが、ブルマの髪形の変化をテーマにしたこと、
ヤムブルの別れの原因を、単純な浮気にしていないことがこだわり(?)です。]
小さな頃から
わりと、長めにしていることが多かった。
だから ショートにする時は、結構ドキドキしてしまう。
それなのに
ヤムチャときたら、
髪を切ったばかりの
わたしに向かって、こんなふうに言ったのだ。
「似合ってるとは思うけど・・・ なんだか キャリアウーマンっぽいな。」
確かに、ちょっと
大人っぽくなりすぎたかなとは思っていた。
でも・・・。
ヤムチャは、口がうまくない。
けど、 そのかわり、人をけなすようなことは
滅多に口にしない。
その彼が、ああ言ったのには
理由がある。
少し前から
わたしは、科学者として高く評価され始めていた。
父さんの後を継ぐことも
決まっていた。
ヤムチャは、それを喜んでいない。
もちろん、はっきりと口に出したりはしなかったけれど。
嫉妬とか、面白くない
というのとは、少し違う。
戸惑い。 多分
それが、一番近かったんじゃないかと思う。
同時に、彼のアルバイト先の同僚・・・
やけに仲良さげに見えた
同年代の女の子の、艶やかなロングヘアを思い出した。
わたしは何だか、ひどく
気分を害してしまった。
だから、カメハウスへは一人で行った。
数年ぶりに会ったみんなは、一見
変わっていないように見えた。
けれど 確実に、時は流れていた。
ランチさんは
いなかったし、
孫くんに至っては
なんと、小さな子供を連れて来ていた。
4歳の悟飯くんは、お行儀が良くて
とっても かわいい。
でも その後、
大変なことが起きた。
孫くんの兄だと名乗る男が現れたのだ。
奇妙ないでたちの、いかにも屈強そうな・・・。
その男は、孫くんが侵略目的で送りこまれた宇宙人であると告げ、仲間になることを強要し、
そのうえ人質として、幼い悟飯くんを
どこかへ連れ去ってしまった。
ピッコロと手を組んで戦ったことで、孫くんは辛くも勝利した。
けれど、まるで
それと引き換えであるかのように、命を落としてしまう。
悲しむ暇も与えられないほど
すぐに、特別な場所に送られ、修行を開始した孫くん。
今から一年後、 さらに
力を持った仲間が地球に降り立つ。
あの男が死ぬ前に、そう
言い残したためだ。
その場にいなかったヤムチャも
貴重な戦力として
クリリンくんたちと共に、天界で修行することになった。
会えない日々に、わたしはまた、髪を伸ばし始めた。
敵を倒すことができたら、無事に片付いたら
もう一度、出会った頃の気持ちで向き合いたい。
そう思ったからだ。
なのに 一年後。
背中まで届いた髪を、わたしは切ってしまった。
ヤムチャをはじめとする、戦いで死んでしまった仲間を生き返らせるため、
遥かナメック星を目指すために。
でも 別に、切らなくたってよかったかもしれない。
父さんとわたしが手を入れた宇宙船は
とても快適で、宇宙服なんて 全く着ることが なかったのだ。
けれど、ナメック星に着いて間もなく、考えが甘かったことを思い知らされた。
武装した宇宙人たち・・・
孫くんの兄貴や
その仲間と、同じ格好をした奴らが、うようよ いるではないか。
皆、 ドラゴンボール目当てだった。
自分の身を守れない
わたしは、ひたすら隠れているしかない。
本当に、あの星では
ろくなことがなかった。
状況を知らされず不安で、おまけに
何の役にも立てなくて、ひどく つまらなかった。
しかも 最終的には、大地を揺るがすような地響きが起こり・・・
実は孫くんと、悪い奴らの親玉との決戦だったのだけど・・・
その さなか、 わたしは
あっという間に地球に送り帰された。
ドラゴンボールの力だ。
クリリンくん、
悟飯くん、 ピッコロ、
ナメック星で暮らしていた
たくさんの人達も一緒だった。
そして・・・
なんと その中には、あの、
恐ろしい敵だった ベジータもいた。
「あんたも来たら。」
わたしは彼に、声をかけた。
ナメック星の人達をかくまうついでに、面倒を見てやってもいいかな、と思ったのだ。
その理由は、わけもわからず
地球に送られてしまったことが ちょっぴり気の毒に思えたこと、
それから・・・
ここで放っておいたら、たとえば
食べ物を得るためにだって 悪いことをする。
そう 思ったからだ。
復活したドラゴンボールによって、ヤムチャは帰ってきた。
その時の わたしの髪は・・・
サイヤ人との戦いで
彼が死んでしまった あの日と、ちょうど同じくらいの長さになっていた。
声をあげて泣いた
あの日のことを、忘れてしまったわけではない。
それなのに
わたしたちは またしても、つまらないケンカばかりを繰り返している。
どうしてなんだろう。 何がいけなくて、こうなってしまうんだろう。
「ブルマさん、ヤムチャさまは浮気なんかしていないんです。」
プーアルが、本人の代わりに
必死にフォローしようとする。
「あの女の子はバイト先の、ただの後輩で・・、」
ヤムチャは、修行で都を離れている時以外は
アルバイトをしていた。
食費くらいは入れたいと言って、聞かないのだ。
「ヤムチャさまのことを頼りにしていて、とても慕ってるんです。」
それは、彼が好きってことよね。
どうしてヤムチャは、恋人がいるって
はっきりと言わないのかしら。
もしかしたら、
言っても あきらめないのかしら。
「あの女の子、見かけによらず
随分 苦労してきたみたいなんです。
小さい頃に両親を亡くしたらしくて・・。」
なるほどね。
だから 優しいヤムチャは、彼女を突っぱねることが できないってわけね。
だけど、それって
本当の話なの?
ヤムチャの気を引くための、作り話なんじゃないの?
だって、前にも
そういうことが あったじゃないの・・・。
それは口にしなかった。
あまりにも、意地が悪いと思ったからだ。
けれど 結局、口に出してしまった。
同じくらい、意地悪な言葉を。
「両親が揃ってて、何不自由なく育ったわたしは
放っといても かまわないってことね。 もう、 いいわ。」
最悪・・・。
完全に、やつあたりだ。
今は とにかく、自分の部屋に戻って一人になりたい。
なのに、早足で廊下を歩いていたら、声をかけられた。
「おい。 食い物を用意しろ。」
ベジータだった。
ああ、 今日に限って
どうして。
C.C.で同居しているといっても、いつも
どこかへ行ってしまって、
姿が見えないことの方が多いくらいだっていうのに。
「母さんは・・・ 今日は出かけてるんだっけ。
食事、用意してあったんでしょ?」
「あんなもので足りるか。 何でもいいから、早く出せ。」
「いきなり
言われたって・・。」
冷蔵庫の扉を開いてみる。
あいにく、すぐ食べられそうな物は入っていない。
「しょうがないわねえ。」
冷凍室にあった
肉の塊、 常備してある たくさんの野菜。
それらをかかえて、自動調理機のスイッチを押す。
料理が苦手な人の強い味方。
そればかりか、プロの料理人たちから
ブーイングが起こったほどの大発明。
誰にでも そこそこ、見た目がきれいで
おいしいものが作れてしまう・・・
はずなのに。
「? おかしいわね、食材の量が多すぎるのかしら。
設定を変えればいいの? えーと・・。」
「さっさとしろ、 グズめ。」
「わかってるわよ。 今
やってるでしょう。
うーん、これ わかりにくいわね・・。 いいや、押しちゃえ!」
・・・・
な、なんだかヘンな音がするわ・・。
でもさ、このマシン、どう考えても使いづらいわよ。
今度出社したら、
キッチン家電部の部長に話そうっと。
なんなら リニューアルに
協力してあげたっていいわ。
終了のブザー、よね? 今の。
鈍い音と共に出来上がった料理は、
それは ひどいものだった。
「わ、 わたしのせいだけじゃないわよ!
あんたが急がせるから いけなかったのよ。」
そう、 お急ぎボタンを連打したことも
まずかったのだ、きっと。
でも、 ほんと、
これは さすがに・・。
「もう少しだけ待ってくれるなら、ケータリングで何か頼むわ。
それとも、いっそ 外で食べる?」
言い終わらぬうちに
ベジータは食卓につき、大皿に盛られた料理を食べ始めた。
「チッ、 まったく。 食う物も満足に用意できないとはな。」
「何よ・・。 わたしは別に、あんたの
お世話係じゃないんだから・・ 」
その やりとりで思いだした。 以前、ヤムチャに言われたことがあった。
わたしが、家事全般
カラッキシであることについてだ。
『しょうがないよな。 お母さんが
みーんな、やってくれちゃうんだから。』
・・・・
そうね、 そのとおりよ。
だけど、仕方ないじゃない?
お料理よりも、機械いじりの方が好きだったんだもの。
父さんや その周りにいた、白衣を着たおじさん達と
話をしていた方が楽しかったんだもの。
そりゃあ おしゃれやお化粧には興味深々で大好きだったから、
女らしいこと全てが苦手ってわけではないんだけど。
ふと、考えてしまう。
ヤムチャのことが好きな、あの、髪の長い女の子は、料理が得意なのだろうか。
旬の材料をうまく組み合わせたりして、手早く、おいしいものを作るのだろうか。
そして・・・
ヤムチャは
本当は、そういう女の子が好きなんだろうか。
わたしが悔しがって、悲しんでいるのは
そこなのだ。
ただ ヤキモチを妬いているわけではない。
プーアルも、当のヤムチャも
わかっていない。
ううん。 打ち明けたとしても多分、わかってもらえない気がする・・。
わたしは泣いた。
椅子に座って、食卓に突っ伏して、わんわん泣いてしまった。
その間じゅう
ずっと、フォークとお皿の触れ合う音が聞こえていて、
最後には椅子を引き、席を立つ気配を感じた。
あの、ヘンなにおいまでする、
いかにも まずそうだった料理を、ベジータは残さず平らげた。
「フン、だ。あんなこと言ってたくせにね。
まあ、おなかに入っちゃえば一緒だもんね。 あら・・?」
テーブルの上、わたしの座っているそばに、何枚かの紙ナプキンが置かれていた。
こんな物は無かったはずだ。
ベジータが・・?
「?? これで、涙を拭けってことなのかしら?」
あれで 結構、
優しいところがあるのかしらね?
紙ナプキンを重ねて、思いっきり鼻をかんでやった。
「いたた・・ ティッシュと違って硬いわー。」
なんだか、笑ってしまった。
冷凍室から氷を取り出し、腫れた
まぶたをしばらく冷やした。
服を着替えて、メイクをしなおした。
わたしは街に出た。
髪を切ろうと思ったのだ。
にぎやかな街を歩きながら、わたしは考えていた。
別れるという言葉は、使いたくない。
けれど・・・
ヤムチャは
わたしの、人生のパートナーには ならないだろう。
確かに、わたしは恵まれている。
何不自由なく育ち、最高の環境で学ばせてもらった。
でも そのかわり、努力だって人一倍してきたつもりだ。
そのことに、わだかまりを持つ人のことは・・ 愛していけないと思う。
そのことを
わかってくれる人じゃなければ、一緒には なれない。
「でもねえ・・。 難しいだろうな、
そういう人を見つけるのは。」
だって やっぱり、ハンサムでなければイヤだし、体だって
ある程度は鍛えていてほしい。
それに もちろん、わたしだけを愛してくれるってことは
第一条件ね。
「あら。」
ヘアサロンらしきお店が、目に入った。
「新しく できたのかしら。」
ちょうどいい。 ここでカットしてもらおう。
今日は、行きつけの店へは行かない。
なんとなく、そういう気分だったのだ。
そのサロンの扉を押したことが、正解だったかどうかは
わからない。
スタッフである女性の
パーマヘアが気にいってしまい、
カットではなくて
全体に、パーマをかけてもらうことにした。
考えてみれば
今まで、流れをつける程度のパーマしか、かけたことがなかったのだ。
一時間半ほど経ったのち、ロットがはずされた。
「うーん、ちょっと
かかりにくいみたいですね。 お客様の髪、 とっても 柔らかいから・・。」
たしかに、イメージしていたのとは違っている。
「お時間があれば
もう一度、かけなおさせていただきますけど・・」
「じゃあ、お願いします。」
仕上がりは・・・ やっぱり、ちょっと違っていた。
「まあ いいわ。 これはこれで
カワイイんじゃない? 気分転換が目的だったんだし。」
自分自身に、言い聞かせながら見つめる。
鏡の中のわたしの、
くるんくるんのパーマヘアを。
新しい髪形は不評だった。
ヤムチャは
微妙な誉め方をしていた。
「いいんじゃないか。 ブルマの普段着に合っててさ。」
キャリアウーマンっぽくなくっていいでしょ。
そう言ってやろうと思ったけれど、やめた。
パーマヘアを絶賛してくれたのは、母さんだ。
「いいわねえ。
ママもそのお店、行ってみようかしら。 ブルマさん、とっても かわいいわよ。」
「・・・。 まあ、いいのよ。
短くしちゃう前に
ちょっとだけ、イメチェンしてみたかったの。」
「あら。 ショートヘアには、いつだって
できるじゃないの。」
言葉を切って、続ける。
「赤ちゃんができれば、手入れが大変になっちゃうから 短くするでしょうし。」
「赤ちゃんなんて・・。」
まだまだ 先の話だわ。 いったい
いつになるやら・・。
まずは相手から、見つけなきゃならなくなるわけだし。
その時。 「おい。」
ベジータが、やってきた。
「あら、ベジータちゃん。 ご一緒に
お茶はいかが? おいしいケーキもあるのよ。」
「いらん。 ・・・。」
わたしの髪を見つめている。 何て言うかしら。
誉めることだけはないって、わかってるけど。
「戦闘服の方は、どうなっているんだ。」
なーんだ。 ちょっと
ガッカリした。
「アンダースーツ用の生地は、2〜3日で試作が出来てくるわ。 手袋も何とかなりそう。
問題は・・・、」
母さんが口を挟む。
「ブルマさん、研究室の方で
お話なさったら。」
「あ、 そうね・・。」
「これ、 持って行ってね。」
お盆に、ケーキをのせてくれた。
研究室で、さっきの話の続きをする。
「ブーツも難しいけど、最大の難関はプロテクターね。
無理かもしれないわ。 防御力と耐久性はともかく、どこまでも伸び縮みする材質なんて。」
ベジータに頼まれて、
ではなく 命じられている戦闘服は、フリーザ軍の物がモデルであり、
地球には無い材質で
できている。
つまり、生地から
作り出さねばならないのだ。
「無理などという言葉は聞かん。 それが貴様の仕事だろう。」
「仕事って・・。」
いったい いつから、そういうことになっちゃったのかしら?
だけど何故だか、そんなにイヤだとは思わなかった。
お皿の上の、大きめにカットしてもらったケーキを、
ベジータときたら
ほぼ 一口で食べてしまった。
「ちょっと! のどに詰まっちゃうわよ。」
仕方がないから、コーヒーを淹れてあげた。
差し出されたカップを見て、顔をしかめる。
この間の、料理の味を思い出したのだろうか。
「やーね。 コーヒーは大丈夫よ。」
このコーヒーメーカーも C.C.社製。
わたしが手掛けた、自信作だ。
自動調理機の方も、もうじき新製品が出る。
わたしも たくさん意見を出して、試作品まで作ってしまった。
それにしても
この男の髪の毛は、なんて硬そうなんだろう。
孫くんやヤムチャと同じ
黒髪だけど、まるで引力に逆らうみたいに 逆立っており、
頑固さを 表しているように見える。
触れてみたら
いったい、どんな顔をするだろうか。
今 さっき、コーヒーを出した時のような、
それとも、
わたしの新しい髪形を見た時のような顔かもしれない。
わたしは手を伸ばす。
そのことを確かめるため、
ううん。
つい、なんとなく、 かもしれない。