210.『こっちを向け!』
[ ‘10のクリスマスSSの一つとして書かせていただきました。
ブウ戦後・馴れ初め・原作ラストの頃の三部構成なのですが
一応 馴れ初めがメインということで、こちらに・・・。 ]
12月、 クリスマスが近づいてきた ある夜。
仕事で遅く帰宅した わたしは、背後から
いきなり声をかけられた。
「ママ。」
「きゃっ、 びっくりしたー。 トランクス、
まだ 起きてたの。」
「・・ママが帰ってきたのに気付いて、目が覚めちゃったんだよ。」
何だか、少し 不機嫌そうだ。 このところ忙しくて、あまり構ってやれなかったせいだろうか。
「そうなの、ゴメン ゴメン。 ね、トランクス、
もうすぐクリスマスね。 プレゼントは何がいいの?」 「・・・。」
「やっぱりゲームかしら。 でも ちゃんとメモしておいてね。
名前が ややこしくって、間違えやすいから。」
「ねえ、ママ。」 「ん? なあに?」
「プレゼントって、ママか おばあちゃんたちが買ってくるんでしょ。
サンタクロースなんて、やっぱり いないんだね。」
ああ、ついに言われちゃったか。
仕方ないわね。 信じさせる演出も、母さんたちに任せきりだったんだもの・・。
「まあ・・ 疑うようになっちゃったら、
もう来なくなるのかもね。」
しまった。 ちょっと 意地悪だったかしら。 あわてて付け加える。
「でもね、トランクス。 今の話、おじいちゃんたちの前では
しないであげてね。
あんたの喜ぶ顔を見るのが生きがいなんだから。 あ、ママだってそうよ。」
「うん。 わかってるよ。 ・・・ねえ、ママは子供の頃、サンタクロースを信じてた?」
「わたし? うーん。」
首を傾げて、少しの間 考える。
「あんまり信じてなかったわね。 いたとしても、うちには来ないんじゃないかって思ってたわ。」
「なんで? いい子じゃないから?」
「・・ま、そうね。」
そんなふうに答えると、トランクスは ようやく笑顔を見せてくれた。
「さあ、もう寝なさい。 明日も学校でしょ。 ママはお仕事。」
「うん・・。 ママ、クリスマスの日は、もっと早く帰って来られる?」
「ん? 休むわよ、絶対。 決まってるじゃない。 仮病を使ってでも、休んじゃうわ。」
「ママって やっぱり、いい子じゃないね。」
笑いながら 小さく手を振って、 トランクスは子供部屋の扉を閉めた。
寝室の扉を開く。
明かりの消された その部屋で、ベジータは既に、床についている。
素早く、できるだけ 物音を立てずに、彼の隣に
体を滑り込ませる。
多分眠っていないから、 背中に そっと
頬を寄せる。
こっちを向いて、と呼びかける代わりに。
わたしは思い出していた。 もう10年近くも前、
トランクスを授かる前の、あの クリスマスイブのことを。
あの日 わたしは、かつて お世話になった教授のお宅に
招待されて出かけていた。
クリスマスのホームパーティーという名目だったけれど、要するに
お見合いだ。
父さんの旧友でもある教授は、わたしが
長年の恋人と別れたことを知って、
半ば強引に、自分の息子と引き合わせたのだ。
特別ハンサムではないし、体を鍛えているわけでもない
普通の男性。
けれども 育った環境が似ているから、わたしの仕事や立場には理解を示してくれるだろう。
父さんと母さんのことも、きっと大切にしてくれる。
幸せになれるかどうかは わからない。 けど
少なくとも、不幸にはならないような気がする。
でも、 だけど、 やっぱり わたしは ・・・。
『あら、 ブルマさん お帰りなさい。』 母さんに声をかけられる。
手伝いロボットの手を借りながら、キッチンの片づけをしていたようだ。
『もう ちょっとだけ 早ければね。 少し前までベジータちゃん、
そこで お食事してたのよ。』
『えっ・・ 帰って来てたの。』
近頃は重力室を あまり使わず、外に出てしまうことが多くなっていた。
『早めにお部屋の方に戻って、休まれたみたい。
ちょっぴりだけど、シャンパンを召しあがってたから。』
母さんからの一言は、わたしにとって 何よりのプレゼントになった。
ベジータの、部屋の扉に手をかける。 ロックはされていなかった。
もっとも、 されていたとしても そんな物、すぐに解除してしまえるけど。
スタンドの小さな明かりだけを灯して、サイドテーブルの上に包みを置く。
何のことはない。 中身はおなじみの、戦闘服一式の入ったカプセルだ。
少しずつ 強度を増したりして、工夫しては
いるんだけど。
ちょっと思い立って、きれいな包装紙に包んで、リボンなんかもかけてみた。
何しに来た、ってすごまれたら、 こう答えようと思ったのだ。
『プレゼントを置きに来たのよ。 だって、クリスマスだもの。』
それなのに ベジータときたら、こちらに背を向けたまま、黙って床についている。
声をかけよう。 でも、何て かけようか。
その時。
信じられない一言が、わたしの耳に飛び込んできた。
『こっちへ来い。』
・・・
どうして? 何のために?
何よ。 せめて、こっちを向いて 言ったらどうなの。
次々と湧きあがってくる、疑問と抗議。
とりあえず それらを全て 頭の隅に追いやって、わたしは素早く服を脱いだ。
それは今日、お見合い相手の男性が、照れながら
何度も 誉めてくれた、
買ったばかりのワンピースだった。
一糸まとわぬ姿になって、ベッドの中、
彼の隣に横たわる。
ゆっくりと、ベジータは こちらを向いた。
この男に抱かれるのは、実は二度目だった。
だけど 夜、 彼の部屋で、 ベッドの上で、
二人ともが 産まれたままの姿になって
抱き合うことは、初めてだった。
翌朝、 目を覚ますとベジータはもう、身支度を終えてしまうところだった。
昨夜 わたしが持ってきた、新しい戦闘服を身につけている。 ちゃんとカプセルから出したらしい。
ふと見れば、リボンと、ボロボロになった包み紙が
床に落ちていた。
自分で脱いでいなければ、服も 同じことになっていたのだろうか。
背中を向けて 何も言わずに、また どこかへ行ってしまおうとしているベジータ。
こっちを向いて。 ねえ、 わたしの方を見て。
その、代わりに言った。
『 ・・メリークリスマス。』
足を止めて、彼は振り向いた。
『ふん。 昨日 さんざん、同じことを言われたぞ。』
『あら、 昨日はイブ、 つまり前夜祭よ。 25日の今日が、本当のクリスマスなの。』
『まったく、 この星の人間どもときたら・・。 呑気なうえに祭り好きか。 浮かれた連中ばかりだな。』
辛辣な言葉を吐きながらも 彼の口元 そして目は、なんだか
笑っているように見えた。
わずかに、 ほんの少しだけ。
さて。
小学生だったトランクスと、サンタクロースの話をした
あの日から、さらに10年の歳月が流れた。
思いがけずに授かった娘、ブラも 早いもので、幼稚園に通うようになった。
やっぱり仕事で遅くなってしまった今夜、
ブラに背後から声をかけられた。
「ママ。」
「きゃっ、びっくりした。 ブラったら、
まだ起きてたの?」
「目が覚めちゃったのよ。 ママが帰ってきたことに気付いたから。」
あの時の、トランクスとの やりとりとそっくりだ。
だけど 少し、違っている。 ブラの方から、プレゼントのことを切りだしてきたのだ。
「今年はね、新しいコートが欲しいわ。 ブーツでもいいんだけど・・。
それからね、 お天気の悪い日に おうちの中で遊べる ゲームも欲しいの。」
「あの・・ ねえ、ブラ。」 「なあに?」
「その・・ あんたって、サンタクロースを信じてないの?」
「信じてるわよ、 もちろん。 でも、そういうプレゼントは
ママが用意してくれるんでしょ。」
言葉を切って、続ける。
「サンタクロースはね、お店なんかじゃ売ってない、お金では買えないものをくれるんだと思うの。
いい子にしてたら、だけどね。」
ふうん、 なるほど。 10年前、 トランクスにも
そう 説明してあげればよかったわね。
「誰に教わったの? 幼稚園の先生?」
「うん。 でもね、先生のお話だけじゃなくって、本を読んだりして自分で考え付いたのよ。」
小さな胸をそびやかすようにして、ブラは笑顔を見せてくれる。
そして尋ねる。 あの時のトランクスと、まったく同じことを。
「ママ、クリスマスの日には、もっと早く帰って来られる?」
・・・
「クリスマスの日には お休みするわよ、絶対。 そのために
今、うんと頑張ってるの。」
そう答えると ブラは、さっきよりも もっと、いい笑顔を見せてくれた。
子供部屋に ブラを送って行った後、寝室の扉を開いた。
明かりの消された部屋の中を歩いて、迷うことなく
ベジータの隣、 わたしの場所に身を横たえる。
もうずいぶん昔のことになる、あの クリスマスイブの出来事。
あの日、彼の部屋を訪れていなかったとしても、わたしたちは
こうなっていたと思う。
だけど あの夜、わたしは はっきりと
わかったのだ。
自分の欲しいものが、何であるかということを・・・。
多分 眠っていない背中に、そっと額をつけてみる。
「こっちを向いて。」
そう 声をかける代わりに。