140.『花火』

馴れ初めの別ver.です。

取り込み中の描写は残念ながら?無いのですが、パラレル以外のお話では

C.C.以外の場所で・・・って、初めて書いたと思います。]

この西の都では今夜、大きな花火大会が行われている。

ブルマとベジータは 川べりに建つホテルの、最上階のレストランに来ていた。 

それも奥まった場所にしつらえられた、まるで個室のような上席である。

大きな窓からは視界を遮られることも無く 、さまざまな仕掛けを凝らした花火が

目を楽しませてくれた。

 

「わあっ、キレイ。」 

しかし、感嘆の声をあげるのは もっぱらブルマの方だ。 

ベジータはといえば、次々と運ばれてくる料理以外には 目もくれようとしない。

もっとも、彼が ここに来た理由、それは

『あのホテルのレストランは一流よ。 うちでは作れない お料理が食べられるわ。』

というブルマの母による言葉。

そして、同行するブルマが めずらしく露出の少ない、見なれない格好をしていたため、

拒否するタイミングを逃してしまったのだ。

 

「ねえ。」  浴衣姿のブルマが、テーブルを挟んで座っている男を批難する。

「少しは花火を見たらどうなの。 ここは特等席でね、半年前から予約しなきゃ とれないのよ。」

半年前、誰と来ようとしていたか ベジータはわかっていた。 

だが その相手は少し前に、家を出てしまった。

親孝行のつもりで 両親に譲り渡したブルマだったが、父親である博士に急用ができてしまう。 

だったら久しぶりに、女二人で出かけよう。

そう思って支度を済ませた途端、母がこう言いだしたのだ。 

『ベジータちゃんと行ってらっしゃいよ。』

 

そのベジータが、食事する手を休めることなく 言葉を返した。 

「貴様の家は裕福なんだろう。 金を積めば、大抵のことは思い通りになるはずだろうが。」

それに対し、ブルマはすぐに反論する。 

「そんな・・。 そんなこと、きちんと手順を踏んでる人に悪いじゃないの。」

けれども、彼女は近頃 こう考えるようになっていた。 

相手に譲るということを知らない、ベジータの性質。 

もしかすると それは、王子という生まれのせいなのではないか。

だったら頷ける気がする。 

腹が立つこと、噛み合わないことが多いのも、仕方がないと思えてくるのだ・・。

 

「ねえねえ、宇宙にも・・ あんたの故郷の星にも、花火ってあったの?」 

「・・ ああ。」

しかし、まるで 意味合いが違った。 だが食事中ということもあるので、敢えて説明はしない。

けれどブルマは 彼の短い答えから、いたわしさに似たものを感じ取ってしまう。

彼の故郷、惑星ベジータが今も存在していたなら。 

今頃は家来にかしずかれ、妻や子とともに花火を楽しんでいたのではないか。

 

・・でも。 C.C.は、言ってみれば お城みたいなものよね。 

今だって こんなに御馳走があるんだし、わたしっていう美女と一緒なわけだし。

 

自分を見つめる視線に気づいて、ベジータは目を上げた。 「なんだ。」

「それ、おいしい?」 「・・・。」 「わたしにも、少しちょうだい。」 

テーブルに身を乗り出して、あーん、と口を開ける。

「か、勝手に食え! だいたい、さっきから 貴様は、全然食ってないだろう!」

確かに、グラスに口をつけながら わずかに前菜をつまむ程度だった。 

「だって、帯がきつくって・・ 」 溜息をつきながら、胃の辺りを押さえている。

「フン。 そんな物を着るからだ。」 

「浴衣っていうのよ。 暑いし 動きにくいんだけど、この季節しか着られないものだし、ね。」

 

何も言わないベジータに向かって、ブルマは まったく別の話を始めた。 

「今度の敵、人造人間だっけ。 あんたがやっつけるんでしょう?」

彼は すかさず答える。 「当然だ。」  

「・・・。 その後は、孫くんを倒すのね?」 

当たり前だ。 答えが返ってくる前に、ブルマは続けた。 

「そしたら・・ それから どうするの? また、宇宙に戻っちゃうの?」 

「・・・。」  

正直 その後のことを、彼は あまり考えていなかった。

「だったらさ、この地球にいるのは 限られた間ってことよね。 

なら、たまには季節の行事を楽しむのも、悪くないんじゃない?」

 

そんなふうにブルマは言った。 

場所のせいなのか、浴衣を着ているためなのか、いつもよりも とても しとやかに見えた。

 

エレベーターの中。 同乗していた男女が 途中の、客室のあるフロアで降りていった。 

男性の方が あらかじめ、部屋を予約していたのだろう。

そういう やり方に、自分は つくづく縁が無いとブルマは思う。

長い間 恋人だった男は同い年で、都会での暮らし方は自分が教えたようなものだった。

だが彼も、他の女には あんなふうに、いかにも物慣れた様子でエスコートするのだろうか。

そう考えると 彼女の胸には まだ、苦いものが こみ上げてくる。

 

外に出た。 アルコールを摂ってしまったから、帰りはタクシーを使わなければならない。

そこまでは付き合えない。 乗り場に並ぼうとするブルマを置いて、ベジータは踵を返そうとした。

だが その時、彼は気付いた。  列の先にいる人物の後ろ姿を、ブルマが じっと見つめていることに。

黒い髪の、長身の男。 やはり 浴衣に身を包んだ、若い女を連れている。

気で わかったのか、人並み外れた視力のせいであるかは定かではない。 

けれど、たった一言 ベジータは告げた。

「・・・違うぞ。」

 

ブルマは振り返り、笑顔で彼の顔を見た。 「そうよね。」  

安堵したような声。

「修行を頑張るって言ってたもの。 さすがに こんな所にはいないわよね。」

こんな所。 さっき自分で言ったことと、矛盾していることに彼女は気付いた。 

だから あわてて付け加える。

「あ、でもね、ほら。 たとえば孫くんだって、三年間 一日も休み無しってことはないと思うわよ。」 

なんたって チチさんっていう、可愛い奥さんがいるんだから。

 

その言葉が終わらぬうちに、ブルマは空の上に浮かんだ。 

「きゃあっ・・ 」 ベジータに、両腕で しっかりと抱きかかえられて。

「どこ行くのよ・・。 帰るんじゃないの?」

答えない。  

花火の終わった夏の夜空を、ものも言わずに飛んで行く。

なのに少しも、怖いなんて思わなかった。 

ただ、脱いだ浴衣を、再び 一人で着られるだろうか。

そんなことだけを考えていた。

 

 

その後、 腕の中で、彼の耳元に向かって わたしは何度か ささやいた。

「また、来年も来ましょうよ。 ね・・・。」

 

 

あの日から、一年余りが過ぎた。  その願いは まだ、叶えられていない。

仕事が忙しくなったし、ベジータは重力室よりも 外でトレーニングをすることが多くなった。

このまま、夏は終わってしまいそうだ。 

来年、わたしたちは いったい、どうなっているだろう。

だけど何故か、 それ程 つらいとは感じていない。

 

今年は浴衣が着られなかった。  アルコールも、もう しばらくは我慢だ。

大きくせり出したおなかを、わたしは そっと両手で撫でた。