233.『あたしにはわかるの』

深夜。   窓が開く音が聞こえる。

 

待ってたことを気取られるのがくやしくて、あの頃はいつも眠ったふりをしていた。

だけど、今のわたしは迷わずに笑顔を見せる。

 

「ベジータ。」

久しぶりね。 迎えに来てくれたの?

わたしばっかり年とっちゃって、 イヤだわ。

 

ベジータの目の鋭さが和らいで、結んだ口元がほんの少しゆるむ。

 

何も言ってくれない彼は、わたしを抱えて夜の空を飛ぶ。

星の数とちょうど同じくらいの、街の明かり。

「都・・・ 昔通りとはいかないけど、ずいぶん活気が戻ったでしょう?」

 

タイムマシンで異次元を旅して戻ったトランクスが

人造人間を倒した日から、10年余の月日が流れていた。

「地球人も、結構がんばるでしょう?」

風の音に遮られたけれど、ベジータは確かに答えた。

「そうだな。」

 

なつかしい腕の中。

壊れもののように触れられた時も、 自分勝手に抱かれた時も

わたしはいつも幸せだった。

 

どのくらい飛んだだろうか。

雲の中のような不思議な場所で、ベジータはわたしを降ろした。

「ここは?」

「あの世の入口だ。 俺の役目はここまでだ。」

 

ベジータは続ける。

「天国で地球の連中が、おまえが着くのを待っているそうだ。

 生まれ変わるのをわざわざ伸ばしてな。」

 

思わず笑顔になったあと、 わたしは改めて気付いてしまう。

皆が待ってくれているというその場所へ、この人は決して行けないのだ。

 

「このまま、わたしをどこかに連れて行ったら どうなるの?」

 

ベジータは、静かに答える。

「俺にもわからん。 すぐに消滅させられるのか、わずかな時間なら見逃してくれるのか・・・ 」

 

離れたくない。   

せめてもう少しだけ、そばにいたい。

ベジータと一緒に消えていくのなら、 それでもいい。

 

わたしは両手で、彼の右手をとる。

頬に当てる。 何度も何度も、唇を寄せる。

 

「行けないわね。」  涙が、声に混じってしまう。

ルールを破って消えてしまえば きっと、もう生まれ変わることはなくなるのだ。

わたしはそう理解する。

 

「そうだわ。 トランクス、お嫁さんもらったのよ。

 とっても幸せそう。 もうすぐ赤ちゃんが生まれるの・・・ 」

でも、おばあちゃんなんて呼ばせないつもりだったわ。

 

付け加えた言葉で、ベジータは小さく笑う。

それを見て、わたしは思う。

トランクスが会ってきた、共に過ごしたベジータは、向こうの世界で幸せだろうか。

もっと笑って暮らせているだろうか。

 

この人も、わたしも、新しい別の命になって

どこかで巡り会えることができたらいい。

そして、向こうのわたしに負けないくらい、幸せになるの・・・。

 

「別人になっちまったら、わからんだろう。」

わたしの肩を抱きよせながら、ベジータが言って、

「そんなことないわ。 きっと、わかるわよ。」  昔みたいに言い返す。

 

そうよ。  わたしにはわかるの。

だから今は、  もう一度サヨナラね。

 

 

朝。

降りてこない義母を起そうと、トランクスの妻が部屋のドアを開ける。

「お義母さん?」

 

ブルマは目を閉じている。

とても幸せな夢を見ているような、微笑みを浮かべて。

 

ベッドのそばの窓が、少しだけ開いていた。