236.『聖なる夜』
「くだらんな。」
そう言いながらも彼は、いつもよりも豪華なディナーを
口に運ぶ手を休めようとはしなかった。
あれはベジータが地球に来て、初めてのクリスマス。
家じゅうが見慣れない物で飾られ、着飾った客がひっきりなしに訪れる。
地球の習慣など無関心なはずの彼も、さすがに訝しげな顔になった。
わたしはテーブルを挟んだ向かいに座り、クリスマスについて簡単に説明した。
それで、このセリフだ。
「まぁ、わたしも父さんたちも信者じゃないけど・・ でも、」
ものすごい勢いで皿を空けていくベジータを見つめながらわたしは続けた。
「いいじゃない、 ちょうど一年の終わりなんだもの。
親しい人に贈り物をしたり、おいしいものを食べたり。」
返事はない。 わたしは尋ねてみた。
「あんたの故郷の星には、そういう節目の行事って、なかったの?」
「さあな。」
もしかして、覚えていないのだろうか。
この人は、一体いくつの頃から戦い続けているんだろう。
なんだか・・・
なんとも説明のできない気持ちになったわたしは、
席を立って、部屋を出ようとしていたベジータを呼びとめた。
「待って。」
そして振り向いた彼に素早く近づいて、ほんの数秒だけの短いキスをした。
わたしはとっさに言い訳をした。
ちょうど頭上の辺りの、壁に飾られていたリースを指さして。
「あれ・・・。 ヒイラギの下では、キスしてもいいってことになってるのよ。」
ああ、 でもあれは、男のほうからだったわね・・・。
ベジータは、意味がわからない、といった様子で立ち去ってしまった。
今のあんたへの一番のプレゼント、
それは孫くんと決着をつけることなんでしょうね。
早く戻ってくればいいわね。
ベジータがいくら強くても、孫くんは決して負けやしない。
だけど孫くんはベジータを殺したりはしない。
いろいろあっても、なんとか治まる。 これまでみたいに。
その時のわたしは、そう信じて疑わなかった。
考えてもみなかった。
あの孫くんが、地球に戻って間もなく、病気なんかで死んでしまうなんて。
それからいくつかの季節が過ぎていった。
ベジータにとって、何度目かのクリスマス。
けれど目標を失ってからも、自分を鍛えることを休まない彼は
のんびりと その日を祝うことなどなかった。
そう、あの時もベジータは、替えの戦闘服をとりに来ただけだった。
その年、わたしは出かけることをせず、家でひっそりと過ごしていた。
大きなおなかのわたしは、彼のためにカプセルに必要なものを詰め込んだ。
「いつもの一式のほかに、ごちそうもいろいろ入れておいたわ。」
ベジータが、わたしの顔を見る。
「今日はクリスマスよ。 こんなものがプレゼントなんてね・・。
でも、あんたにはちょうどいいのかしら。」
カプセルを手渡して、じゃあね、と手を振ろうとした、その時。
腕を掴まれて引き寄せられ、唇を重ねられた。
ほんの数秒だけの、短いキス。
ヒイラギのリースが壁に飾られていたことに気づいたのは、
ベジータが行ってしまったあとだった。
おなかをさすって、涙をぬぐって、わたしは考えていた。
この子が生まれてきたら、きっとそれはにぎやかなクリスマスになるだろう。
だから、平気。
もしもこの先、ベジータに宇宙船を贈る日がきたとしても。
その時のわたしの考えは、ことごとくはずれた。
その少し後から、長い長い間、
この世界はクリスマスどころではなくなった。
そして、ベジータがわたしの元から旅立っていった先は・・・
宇宙ではなかった。
あれから二十年近い歳月が流れた。
人造人間を倒し、わたしたちは平和を取り戻した。
トランクスは生き残った若い人たちと、都の再建に奔走している。
あの子にとって初めての、同じ年頃の仲間。 とても楽しそうだ。
造りかけの街の中に、質素だけれど
クリスマスツリーやリースも飾られるようになった。
「ヒイラギのリースの下では、キスをしてもいいのよ。」
昔、耳にした言い伝えをトランクスに教えると、恋人ができたばかりの彼は、頬を赤らめる。
「遅くなっても、構わないからね。」 笑いながら送り出す。
荒れた世界で育ち、学校にも行けなかった息子に
わたしはできる限りたくさんのことを話して聞かせてきた。
だけどあの子の父親との思い出、
それだけはあまり話してやっていない。
なぜってそれは、大切な、わたしだけの宝物だから。