168.『祈り』

未来編で天ブラの連作を書いたのですが、そのエピソード1です。

主人公はベジブル、舞台は悟空の死から数カ月〜一年くらいです。]

子供が できた。

そう告げた途端、 彼は言い放った。

「誰のガキだ?」

「… !」

カッとなった わたしは、クッション、雑誌、

とにかく そこいらにあった物を 手当たり次第に投げつけた。

向き合っていた彼、ベジータに向かって。

そのうちのいくつかは、彼の体に命中した。

「何よ。 よけなさいよ、そのくらい。

 だいたいさ、気ってやつで、誰の子か くらい わかんないわけ?

 たいしたことないわね!」

 

それに対し、こんなふうに彼は答えた。

意外にも、声を荒げることをせずに。

「大きさが、中途半端だからだ。」

? 気が、と いうことだろうか。

どういうこと? まだ、小さすぎるからじゃないの?

尋ねることは できなかった。

彼は その後、すぐに どこかへ行ってしまった。

そして、あれから半年近くが経つ今も、ここに、C.C.に戻ってきていない。

 

孫くんの いない今、確かに、ベジータが この地球に、とどまる理由はない。

とは言っても、宇宙へ旅立ってしまったわけではない。

あのベジータが及第点をくれるような宇宙船を、おいそれと造れるとは思えない。

そうよ。

わたしや父さん、それにC.C.社の力がなくては。

 

彼の行方を、捜すことはできるのだ。

悟飯くんかクリリンくん… ヤムチャでも いいんだけど、

誰か、気というものを読める人に頼めばいい。

でも、あえて それはしなかった。

癪だった。 彼の方から、戻ってきてほしかった。

それに加えて、わたしは ひどく忙しかった。

実は正式に、C.C.社を継いだのだ。

妊娠が わかる、少し前のことだった。

 

その事実を告げた時、父さんと母さんは、手放しで喜んでくれた。

どんなサポートも惜しまない。 そう約束してくれた。

社員たちにも、祝福してもらった。

ただし、表向きは。

非難の声が上がったことは、知っている。

仕方がない。 社長に就任したばかりなのに、時期が悪い。

そして… わたしが未婚であること、

子供の父親が何者であるかを公表していないこと。

それも、あったと思う。

 

そんなわけで、少し頑張りすぎてしまった。

健診のたびに注意され、今では早産を心配されている。

早めに入院するよう、強く勧められた。

けれども 普通の主婦と違って、わたしは一切 家事をしない。

それで どうにか、自宅にいることを許してもらった。

C.C. いたかった理由、 それは…

ベジータが、戻ってきた時のためだ。

くやしいけど。

 

今日は、朝早いうちから下腹部が、鈍く、重く 痛んでいる。

予定日は もう少し先だし、生まれたら ものすごく忙しくなるから。

そう言って、両親を旅行に送り出したのは昨日のことだ。

どうしよう。 電話して、早めに切り上げて 帰ってきてもらおうか。

その時。

水のようなものが、脚の間を流れ落ちるのを感じた。

これは…

まずいわ。 もう、お産が始まってしまう。

 

「大丈夫、大丈夫よ。 病院に行きさえすれば。」

自分自身に言い聞かせながら、小型のカプセルを手に取る。

これには、入院に必要なもの一式が、しっかりと納められている。

この状態じゃ、自分で運転するのは無理だ。 

車を呼ぶべく、電話をかけようとする。

?  おかしいわねえ、つながらない。

っていうか、呼び出し音が聞こえてこない。

なんで? 故障? ああ、発信のボタンを押し忘れていた…。

わたし やっぱり、かなり あわてているみたい。

 

「!」

物音が聞こえた。

ドアではなくて、窓が、まるで こじ開けられるような音。

そして間もなく、 「ベジータ!」 

彼が、姿を見せた。

詰め寄って、大声で まくしたてる。

「どこに いたのよ、いったい 。 

何か月ぶりよ! もう、生まれちゃうじゃないの!!」

やや戸惑った表情で、腹部に視線を向ける ベジータ。

「なんだ、その腹は…。」

ずっと、目立たないと言われていた。

だけど 先月あたりから、かなり大きく せり出してきた。

「だから! もう生まれるの! 早く病院に連れて行ってよ。 そのくらいしなさいよ。

 あんたの子供なのよ!!」

 

ひどく苦々しげな顔で、それでも ベジータは、わたしを抱えて飛んでくれた。

病院へは、すぐに着くだろう。

荷物の入ったカプセルも ちゃんと持ってきている。

そうだわ。 このまま、一緒に分娩室に入ればいい。

心の準備が無ければ、男の人には きついっていうけど…

この男の場合、血が怖いなんて ありえない。

それに、 そうよ。

子供が、人が生まれてくるところを、一度見てみるべきなんだわ。

殺すことばかり、考えてないでさ。

そんなことを考えていたら もう、病院が見えてきた。

 

数時間が経ったのち、 わたしは無事に 子供を産んだ。

女の子だった。

気が 中途半端な大きさだったというのは、女の子だからかもしれない。

 

病室で、ベジータに向かって わたしは、大いばりで言う。

「ほら 見なさい。 あんたの子だったでしょ。」

瞳も、髪の色も わたし譲りで、パッと見は 全然、サイヤ人じゃない。

だけど 尻尾が、ちゃんと ついている。

「切っちゃうの、何だか もったいないわね。

 悟飯くんは、小さい頃は そのままにしてたけど。」

でも、都じゃ人目が気になるものね。

 

「ね、この子の名前 、どうしようかしら?

 母さんが、つけたい名前が あるみたいなんだけど…」

返事はない。

だけど、ここぞとばかりに尋ねてみる。

「サイヤ人の女の人って、どんな名前?

 あんたの お母さんは、なんて名前だったの?」

ベジータが口を、開きかけた。

なのに 結局つぐんでしまい、しばしののちに こう言った。

「知る必要は ないだろう。

 地球人として育てていくなら、全て 地球式にやればいい。」

「そうだけど …。」

 

気を取り直し、また話し始める。

沈黙が、少し怖かった。

そうなれば、彼は また、行ってしまうと思った。

「知ってる? 少し前、チチさんも 男の子を産んだのよ。

 孫くんも やるわね。 しっかりと、形見を遺していくなんてさ。」

言葉を切って、続ける。

「名前はね、悟天くんですって。 いい名前ね。

 チチさん、孫くんが死んじゃってから ふさぎがちだったんだけど、

 これからは きっと、元気になってくれるわね。」

ベジータは、何も言わなかった。

でも、驚いた顔もしていない。 知っていたのかもしれない。

 

「ねえ、ベジータ。 不思議だと思わない?」

「何がだ。」

「悟飯くんに悟天くん、それに この子。

 混血児の この子たちは これから ずっと、地球にいるのよ。

 孫くんが死んじゃって、ベジータ、あんたが宇宙に帰っちゃっても。」

「… 。」

「大人になって、誰かと結婚して 子供ができたら また、尻尾が生えてるかもしれないわ。

 食いしん坊で 暴れん坊で、そのうえ、ものすごく 力持ちで…

最後までは、言葉にできなかった。

溢れ出す、涙と嗚咽。

顔を洗いたくて、洗面所に駆け込んだ。

 

戻ろうと、ドアを開きかけた時。

信じられない。

わたしは、自分の目を疑った。

あの ベジータが、赤ん坊を、わたしたちの娘を抱いているのだ。

表情は、こちらからでは よく見えない。

何を思っているかは わからない。

だけど 確かに 彼は、生まれたばかりの我が子を、その腕で抱いている…。

 

寝巻のポケットを探り、小型カメラを取り出す。

例のカプセルに、これも入れてあった。

さっきは 娘の顔を、何枚か撮った。

音や光が出ないようにし、素早く、ドアの隙間から撮る。

うまく写ったかは わからない。

でも シャッターを押すのは、一度きりにしておく。

自分自身の目に、焼き付けておきたいから。

 

ねえ、ベジータ。

お願い、 どこにも行かないで。

ううん、会える場所ならいい。

だけど たまには、あんたからも 会いに来てほしいの。

わたしと、娘の顔を見に …。

ああ、それより 今は、この光景を、少しでも長く 見ていたいと思う。

 

わたしの願い、祈り。

はたして叶えられるのか、それは わからない。

ただ ひとつ、わかることは…

さっき撮った あの写真は、宝物。 とても大切な一枚になる。

娘に それを見せながら、わたしは話すだろう。

『人相は悪いし、悪いことも いっぱい したみたいよ。

 でも、いいところも たくさん あるの。

 プライドが高くって、はっきりとした優しさを見せる人じゃないけど…

 わたしには、わかるの。』

 

きっと、 こんなふうに。

あの人が そばに、会いに行ける場所に いても、

いなかったとしても。