055.『闇の帳』
宇宙から 一人 遅れて戻ってきた孫くんが、あっけなく病死してしまってから、二年余り。
孫くんの もう いない地球に、新たな敵が現れた。
ただし、宇宙人などではない。
TVの映像を見る限りでは、それ程 鍛え抜いているとも思えない、少年と少女の姿をした二人組だ。
そいつらからの攻撃により、世界中の大都市は 壊滅的な被害を受けている。
ここ 西の都でも 大勢の人が亡くなり、混乱を極めている。
どうして わたしが無事でいるかというと、C.C.の地下に 試験的に造られたシェルターに、
早い段階で避難したからだ。
腕の中には、生後七カ月になる息子、トランクスがいる。
そう、 わたしは母親になった。
父親は ・・・ ベジータだ。
孫くん亡き後も 彼は何故か地球に留まり、C.C.を拠点にすることも変わらなかった。
けれども修行のためなのか、しょっちゅう姿を消してしまう。
今、この場にも もちろん いない。
気が感じられないという敵を、ひたすら 追い続けているのだろうか。
乳飲み子を抱え、思うように動けない わたしに ずっとついていてくれるのは、父さんと母さんだ。
各地の被害状況ばかりを訴えていたTVが、ついに映らなくなった。
受信できなくなったのではなく、おそらく、放送してくれる人が いなくなったのだ。
ラジオだけが かろうじて、地上の、悲惨な状況を伝えている・・・。
そんな中、 意を決したように 父さんは言った。
「このままじゃ 埒があかない。 ちょっと、地上の様子を見てくるよ。」
たしかに。
水や食料の備蓄は まだまだ余裕があるけれど、
わたしたちの家、C.C.の家屋の方が どうなっているかも心配だ。
もしかしたら、全壊 ・・・ 。
母さんが、椅子から立ち上がった。 父さんと一緒に、行くつもりなのだ。
「待ってよ。 なら、わたしも、」 その時。
それまで おとなしかったトランクスが、まるで火がついたように激しく泣きだした。
「どうしたの? ミルクは さっき飲んだじゃない。 おむつ? それとも どこか、具合が悪いの?」
あわてている わたしに向かって、父さんは言った。
「ブルマ、おまえはトランクスと一緒に、ここにいなさい。」
いつもの、優しい声で 付け加える。
「攻撃が やんでいるようだったら、外の様子も少し見てくるつもりだ。
ケガをしている人の何人かだけでも、連れて来て助けられれば・・。」
「そうね。 ブルマさんは ここにいた方がいいわ。
ベジータちゃんが帰ってきたら、お迎えしてあげなきゃ。」
「そんなの・・。」
口ごもる わたしに構わず 両親は、壁面のボタンを素早く操作し、扉を開けて行ってしまった。
いつもと 同じく、二人仲良く、手を繋いで。
幸い、トランクスは すぐに落ち着いた。
けれど 父さんたちは、一昼夜が過ぎた今も 帰って来ない。
TVは映らない。
ラジオは、ここから 遥か遠くに位置している、誰もが知っている大都市が、
ほぼ全滅したという事実を伝えている。
ベジータは もちろん、音沙汰なしだ。
よく眠っている トランクスを ベッドに残して、わたしも地上に出てみることにした。
このままでは不安で、頭が おかしくなりそうだった。
地上。 いったい何日振りだろうか。
結論から先に言うと、C.C.の家屋は 半壊といったところだった。
窓や壁が壊れ、破片が散乱していたけれど、原型は留めている。
それよりも 驚き、言葉を失ったのは・・・
床に倒れている、亡骸の数だ。
爆発などで重傷を負わされた人が 迷い込んで、死に至った。
始めは そう思った。
けれども よく 目を凝らして見ると、傷はどうも、刃物によるもののようなのだ。
どうして? セキュリティが効かなくなったC.C.で、食料や、金目の物を奪い合った?
こんな、こんな時に?
「・・・!!」
次に、わたしの視界に飛び込んできたものは・・・ 両親の亡骸だった。
「どうして・・?」
わたしたちが避難していた 地下のシェルターは、30人程度ならば収容できる。
父さんと母さんは、ここにたどり着いた 行き場の無い人達を誘導しようとして、外に出た。
なのに、 どうして、 こんな目に遭わなきゃいけないの!?
膝をついて泣き叫ぶ その前に、強い力で わたしは、床の上に組み敷かれた。
「ひっ・・ 」 頬に、ナイフを当てられる。 金属と、乾いた血の匂い。
しかも、相手は一人ではなかった。
もう一人の男の、節くれだった汚れた指が、わたしのジーンズの ボタンをはずそうとしている。
冗談じゃない。 こんな奴らに、よりによって、こんな時に・・・!!
「やめて! いやあっ!!」
叫び声をあげたのと ほぼ同時に、視界が、目の前が開けた。
覆いかぶさっていた男が、宙に浮いたのだ。
男は そのまま、ひびの入った壁に叩きつけられた。
こんなことができるのは・・・
「ベジータ!!」
わたしを襲うつもりだった もう一人の男が、なさけない悲鳴をあげて逃げていく。
ベジータの手にかかった方の男も・・・
よろけながら、時折 壁や床に 手をついてしまいながらも、どうにか出て行った。
頭を打っていたし、骨も折れたことだろう。 けど、とりあえず 死んではいない。
あんな目に遭わされたけど、
もしかすると奴らが、父さんと 母さんの仇なのかもしれないけれど、
即死してはいないことに わたしは安堵した。
ベジータが人を殺すところを、見たくなかったのだ。
少しの間 彼は、ものを言わぬ亡骸を見つめていた。
そして、わたしの方に向き直って言った。
「バカが! 自分の身も守れないくせに、のこのこと出てきやがるからだ!」
その一言で、わたしの中の何かが はじけた。
「何よ・・ バカとは何よ!! 自分の家の様子を見に来て、いけないの!?
だいたい あんた、いったい どこへ行ってたのよ。 もう、会えないかと思ったわよ!!」
そうよ。 もう少し 早く戻って来てくれていたら、 少なくとも こんなことには・・・
ねえ、ベジータ。
こうして戻ってきたってことは、そして 孫くんのいない地球に、留まってくれたってことは、
わたしのことが好きだからでしょう?
抱き上げることは おろか、あんた そっくりの顔を、じっくりと見つめてくれたこともないけど、
トランクスのことも、本当は気にしてくれているんでしょう?
だったら、そばにいてよ。
敵を追うよりも まず、 わたしたちのことを護ってよ・・・。
同じくらいの背丈のベジータ。
わたしが作ったプロテクターを着けている両肩を、手で掴んで揺り動かす。
孫くんが死んでしまった あの日から、二年余りが過ぎた。
同時に それは、わたしが この男に 抱かれるようになってからの年月でもあった。
ベジータの口が、開きかける。
けれども彼は、何も言い返してはこなかった。
実は わたしも、さっきの訴えは、ほとんど言葉にできなかったのだ。
溢れだして 止まらない、涙と嗚咽のためだ。
膝をついて崩れおちた わたしは、ベジータの腕に抱きあげられた。
彼は歩き出した。 地下にあるシェルターに、わたしを送り届けるために。
その場所には食料、医薬品などのほかに、遺体を保存するカプセルも用意されている。
だけど、こんな・・。 とても、足りやしない。
ドラゴンボールを探し、集めることができたとしても、
両親、そして亡くなった人たち全てを生き返らせることは、 できるかどうか わからない。
もう一つ、大きな不安があった。
ドラゴンレーダーの、反応が鈍いのだ。 こんなことは、今まで無かった。
故障でも、ましてや 地下深くに いるためでもない。
新たな敵による 無差別の攻撃は、世界中に散って 隠れていたドラゴンボールを、
知らずに破壊してしまったのではないか。
でも 今は、そこまでは考えたくない。
ベジータの腕に抱えられ、わたしは じっと目を閉じている。
考えてみれば初めてだ。
ベッドの上以外の場所で こんなに体を近づけたこと、身を預けたことは。
服を身につけていても 確かに感じられる、彼の体温、 そして吐息・・・。
ああ、もう ずっと、このまま いられたら いいのに。
それが叶わないのなら あと少しだけ、こうして歩いていてほしい。
シェルターの、重い扉が開かれたなら きっと、目を覚ましたトランクスが泣いている。
そうしたら 今度は わたしが、
泣いている あの子を 両腕で、抱き上げてやらなくては いけないから。