MOTHER2

ひまママ的学生パラレルの、一応の最終話になります。

このパラレルでの悟チチが結ばれる話も書きたくて…。

読んでくださったかた、ありがとうございました。]

「おい!」

街の中。 背後から、若い男の大きな声が聞こえてくる。

「待て、 止まれ!」

どこかで聞いたような声だ。

でも まさか、自分を呼んでいるとは思わなかった。

「お母さん、こわい顔をした おじさんが こっちに来るよ。」

手をつないで歩いていた息子、悟飯に訴えられて、彼女は ようやく足を止めた。

「!」

振り向くと そこには…

「ベジータでねえか。 久しぶりだな、何年ぶりだ?」

 

中学までは同じ学校だった。

だが高校は、ブルマとともに 地域で一番の進学校へ進んだベジータ。

卒業後は、やはり超難関と言われる大学へ進み、

その後は 海外の名門校に編入したはずだ。

恋人であるブルマの、後を追う形で。

「帰って来たのけ? … ブルマさは、大変だっただなあ。」

次期社長として海外で学び、前途洋々だったブルマ。

だが いよいよ卒業という時に、両親が相次いで亡くなった。

さらに不幸なことに同じ頃、関連工場で大きな事故が起こった。

会社は方向転換を余儀なく させられ、その結果、後継者の道は閉ざされてしまった。

 

「おらも お葬式に行って来ただよ。

 でも とにかく人が多くて、ほとんど話せなかっただ。」

その言葉が終らぬうちに、ベジータが口を開いた。

「あいつの連絡先を知っているんだな? 教えろ!」

「え? ブルマさの引っ越し先、知らねえだか?」

町内一の豪邸だった家を手放し、ブルマは今、一人暮らしをしている。

「ろくに話もせずに消えやがった。

 大学もC.C.社も、プライバシー保護だの何だのと抜かしやがって…。」

ひどく苛立った声。 だが、

「頼む。 知っているなら 教えてくれ。」

改めて そう言い、チチに向かって頭を下げた。

 

幸いにも今日は、アドレス帳を兼ねた手帳をバッグの中に入れて来ている。

「よかっただよ。 

 普段は あんまり持ち歩かねえんだけど、今日は この子の幼児教室の見学に行ってただ。」

メモの部分に住所を書き写してやり、傍らにいる息子を紹介する。

「悟飯っていうだ。 おらと悟空さ、結婚しただよ。 ブルマさから聞いてるか?」

ああ、とだけ 短く答えたベジータ。

その彼に向かって、悟飯は元気に挨拶をした。

「こんにちは、おじさん!」

「…。」

「こ、こらっ。 おじさんじゃなくて おにいさんだべ。 まだ学生さんなんだからな。」

チチが、何気なく発した一言。

それにより ベジータの、常に不機嫌そうに見える顔が さらに曇ったように見えた。

それでも、 

「助かった。 足止めさせて すまなかったな。」 と、彼なりの礼を述べた。

「ブルマさによろしくな。」

別れ際の言葉にも、「ああ。」 ちゃんと答えていた。

 

帰り道、母と再び 手をつなぎながら、悟飯は尋ねる。

「ねえ お母さん、さっきの おじさん、誰なの?」

「いや、だから  おにいさんだべ…。」

苦笑しながら続ける。

「おっとうとおっかあの学生の頃… 子供の頃の、友達だ。」

「友達かあ! いいなあ、僕も たくさんの友達が ほしいな。

 あの おじさんには、子供はいないの?」

「あはは、まだ いねえな。 でも そのうち できるだよ、きっと。」

 

そうだ。

ブルマがベジータに連絡をしなかったのは おそらく、

まだ学生である彼に負担をかけたくなかったためだろう。

でも、あの二人のことだ。 きっと乗り越える。

そして 多少 時間がかかったとしても 一緒になり、良い家庭を築いてくれるのではないか。

幼いながらも、とても賢い息子に向かって チチは言う。

「赤ん坊ができたら、皆で お祝いに行きてえだな。 その時は、お行儀よくしなきゃいけねえだぞ。」

「うん、わかってるよ、お母さん!」

少し、気が早すぎるけれど。

 

 

チチと悟空は、20歳の時に結婚した。

 

中三の進路決定の際、進学せずに働くと言いだした悟空。

ブルマにも協力を仰いで 尻を叩き、どうにか同じ高校に進むことができた。

そして また、進路選択の時期が やってきた。

料理が得意で、家庭科の成績が抜群だったチチは、

家から通える短大の、栄養学科に進むことにした。

悟空はといえば、中三の時と同じことを言った。

『うちを出て働く。 父ちゃんの仕事を手伝ってやるんだ。』

それでは もったいない、その ずば抜けた運動神経を生かす道を考えるべきだ。

そう言って、何人かの教師が説得に あたった。

けれど今度は、考えを変えることはできなかった。

彼の家族も 大学までは勧めなかったようだし、チチも 三年経った今は そうした方がいいと思った。

勝手かもしれないが、あまり遠くへは行ってほしくなかった。

仕事先も 近くではない。 けれど どうにか、日帰りできる距離だった。

 

そんなわけで チチは、月に2〜3度、悟空に会うため 小さな旅をすることとなった。

泊まったことは まだないし、あまり あちこち出歩いたりもしない。

部屋で、限られた時間の中で料理を作り、一緒に食事をするくらいだ。

それでも、チチの心は はずんだ。

カレンダーに印をつけて、会いに行く日を心待ちにした。

 

ある時、駅に 悟空の姿が あった。

『おーい、チチー。』

手を振っている。 迎えに来てくれたのだ。

途中、スーパーに寄って買い出しをする。

手をつなぎたかったのに、彼の両手は 荷物でふさがっている。

だけど、とても幸せだった。

だが、その時。 

車道の向こうを歩いていた女の子が、こちらをじっと見ているのに気づいた。

悟空も気づき、『よお。』 と言って手を振った。

なのに その女の子は、返事をせずに走り去ってしまった。

髪は長く、なんだか少し、自分と似た感じの子だった。

 

いつものように食事を作り、食べ終わるのを待って チチは尋ねた。

『さっきの女の子、知り合いなのけ?』

『うん。 仕事でな。』

まるで悪びれずに続ける。

『で、その後 何度か、食いもんをもらったんだ。』

『え… もしかして、この部屋に入れただか?』

『いや。 外で もらったぞ。

 えーと、自分で焼いたっていうお菓子を二回くれえだろ、あとは、そうだ。 弁当を一度 もらった。』

『それで? それで、どうしただ?』

『ん? そんだけだ。

 弁当箱を返す時、うまかったけど チチが作るめしは もっとうめえんだって言ったらさ、

 それっきり何も くれなくなったぞ。』

『…。』

 

いったい、何と返せば よいやら。

安堵や うれしさも、確かにある。 だけど少々複雑だ。

『それじゃあ おらは何だか、悟空さの おっかあみてえだべ。』

彼は また、悪気のない笑顔を見せて答える。

『あはっ、そうだな。 チチが母ちゃんだったら いいよなあ。』

『もう。 悟空さのおっかあは、セリパさんだべ。』

『違う。』

やけに きっぱりとした言い方。 思わず、聞き返した。

『なんでだ? だって、』

『違うからだよ。 セリパは、オラの母ちゃんじゃねえ。』

『悟空さ…。』

いつもとは、声まで違うようだった。 

けれど すぐに、元に戻った。

『セリパは まだ若えからな。 母ちゃんってより、姉ちゃんみてえだったろ。』

 

… 小学生の頃から、何度も家を訪ねている。

セリパは 話し方や態度は素っ気ないが、心根の温かい女だ。

生まれてきた子供もかわいらしく、悟空にも大層 懐いていた。

それでも、家を出たがっていた彼。

その理由は…。

だが それはもう過ぎたこと、問い詰めても、仕方のないことだった。

 

黙ってしまったチチの顔を、悟空が近付いて覗きこむ。

唇を、押し当てる。

何度となく、同じことを繰り返す。

『チチ…。』

もっと強く、抱き締めようとする。 なのにチチときたら、

『おら、後片付けをしねえと。』

そう言って押しとどめてしまった。

『いいよ、そんなの。 後でオラがやっとくからさ。』

食い下がる彼に、大きな声でチチが叱る。

『ダメだ! そんなこと言って、やった試しがねえべ。

 夏には虫がたかって、ひどいことになっただよ!』

『わ、わかったよ…。 じゃあ、オラも手伝う。 さっさと済ませちまおうぜ!』

 

とは言ったものの、何せ 大食らいの悟空の食事の後だ。

結構な手間がかかり、残念ながら 帰る時間がきてしまった。

いつものように、駅まで送ってくれる悟空。

だが驚いたことに、一緒に電車に乗り込んだではないか。

めずらしいことだ。

『どうしただ? 久しぶりに 家に顔を出すのけ?』

不思議がるチチに対し、悟空は笑顔だけを返した。

 

『もう、ここでいいだよ。 また、電話するだ。』

何度も そう言ったのに、悟空は結局、家までついて来た。

『あ、 おっとう。』

『おお、今 帰って来たのか。』

父親である牛魔王も ちょうど、出先から帰宅したところだった。

悟空に向かって、彼は言う。

『わざわざ ここまで送ってきてくれただか。 すまなかっただな。

 さあ、家に入って 茶でも飲んでってくれ。』

『いや、いいよ。 オラ すぐ帰らねえと。 明日も早えんだ。』

『? 実家に用があるんじゃないのけ?』

怪訝な顔のチチに構わず、悟空は、はっきりとした声で告げた。

『オラは おっちゃんに用があって来た。 おっちゃん、チチをオラにくれ。』

『!? 悟空さ…。』

『オラ、頭を使うことは苦手だけどよ、このとおり体は丈夫だ。

 頑張って稼いで、チチに うめえもんを食わしてやるよ。』

 

『悟空さんらしいなあ。』

ひとしきり声をあげて笑った後で、牛魔王は こう続けた。

『よかったな。 幸せになるだぞ。』

ただし その言葉は娘に対してではなく、悟空に向かってだった。

何故なら 彼もまた、悟空が子供だった頃から 見守っていた一人なのだ。

 

『まあ、幸せになるのは決まってるけどな。

 何せチチは、世界一の嫁になる娘だからな。』

頷きながら、自慢げに ひとりごちる父親を見て、呆れ半分でチチは言った。

『何言ってるだよ、世界一なんて。 それは、おっかあのことだべ?』

まだ幼かった頃、病気で死んでしまった母親のことだ。

父親は よく、こんなふうに言ったものだ。

料理もうめえし、チチは いい嫁さんになるだな。

  だども、世界で二番目だ。 一番は、おっかあに決まってるからな。

『いや、違う。』

首を横に振りながら、牛魔王は続ける。

『チチ、おめえが世界一だ。 おめえはおらに似て、体が丈夫だ。

 若えうちに死んじまうってことはねえだろうからな。』

 

その言葉で、チチの目からは涙が溢れた。

家にいる、まだ結婚はしないなどと口走り、悟空をあわてさせた。

その様子を見た牛魔王は、懐かしそうに つぶやいた。

『昔、もう20何年前か。 おめえのおっかあも、そう言って泣きべそをかいてただよ。

 おらが、挨拶に行った時にな…。』

 

ともあれ、そのような いきさつで、悟空とチチは、晴れて夫婦になったのだった。

 

ベジータと、街で偶然再会した日から 二年余り。

チチのもとに、一枚のハガキが届いた。

差出人は連名になっている。 もちろん、相手はベジータだ。

「式は挙げなかっただか。 もったいねえだなあ。

 でも ブルマさ、とってもきれいだ。 ベジータもなかなか、男前に写ってるだな。」

二人のウェディングフォトで作ったハガキだったのだ。

 

悟空が、ひょいとつまんで それを見る。

「なんだ、こいつら今頃 結婚したんか。 もう とっくに一緒になってると思ってたぞ。」

「大学や仕事で大変だったんだべ。 さてと…

引き出しからレターセットを取り出して、テーブルの上に広げる。

「なんだ? 手紙でも書くんか?」

「んだ。 ブルマさにだ。 近いうちに、ぜひ遊びに来てくれって書くだよ。」

「? そんなの、電話すりゃ いいじゃねえか。」

ハガキには、電話番号も書かれていた。

「新婚の二人を邪魔しちゃ悪いしな。 それにな、ちょっと頼みたいことがあるんだ。」

「あいつらにか? 一体 なんだ?」

「ブルマさもベジータも、揃って成績優秀だったべ。

 どうやって勉強してきたか、参考書や塾はどうしたらいいか、改めて意見を聞きてえだよ。」

 

もちろん、息子である悟飯のためにだ。

丈夫で運動神経が良いだけでなく、利発で物覚えも良い悟飯。

周りに褒めそやされたチチは鼻高々で、教育ママになりつつあった。

その様子に、勉強嫌いだった悟空は肩をすくめる。

とはいえ、相変わらず料理はうまく、家事の行き届いた住まいは居心地が良い。

多少の口うるささなど、たいした問題ではなかった。

 

ところで悟空は妻のことを、ずっと名前で呼んでいる。

そうした方がいい、お母さんなどとは呼ばない方がいい。

妻が女であることを、忘れてしまうのは まずい。

そのように、周囲から言い聞かせられていたためだ。

女親のいない家で育った彼だったが、師匠に父親、義理の父。

そして友達に、仕事仲間。

見守り、助言してくれる男たちには恵まれている。

そういうわけだから悟空は、息子と話す時にだけ言う。

たとえば、 『母ちゃんの言うことを よく聞くんだぞ。』

母ちゃん。

その言葉を発すると、彼の胸の中は いつも、ほんのりと温かくなった。

 

チチが手紙を書き終えたらしい。

「うん、これでいいだ。 さて、出してくるか。」

「オラが行ってきてやるよ。 ついでに ちょっと走ってくる。」

「お父さん、僕も行くー。」

「じゃあ頼むだよ。 すぐに夕飯だから、遅くなるんじゃねえだぞ。」

夫と息子を送り出し、チチは、腹部にそっと 手を当てた。

「なんだか、走るのに夢中で手紙のことを忘れちまいそうだな。

悟飯兄ちゃんがいるから大丈夫か。」

そこには二人目の子が宿り、生まれ出る日を 皆が待ちわびている。