069.『バレンタイン』

‘11のバレンタインSSです。 ブラが15歳くらいの頃、ベジブル馴れ初め、

そして天ブラ結婚後の三部構成です。]

2月に入った、ある日の午後。 わたしはコンピューターの画面に見入っていた。 

マウスを片手に読みふけっていたのは、ある薬品についての研究レポートだ。

「・・・。 材料は何とかなりそうだけど・・。」

これを作ったら。  

チョコレートに仕込んで、何食わぬ顔で 彼に飲ませることができたなら。

何か、少しでも変わるのだろうか・・・。

 

背後から、ぽん、と肩を叩かれた。  

「ずいぶん 熱心ね。」

ママだ。 不覚にも、ちっとも気付かなかった。  

わたしだって、身近な人の気くらいは読めるのに。

 

「なに なに? ・・・ えーっ、 惚れ薬ですって?」 

「ちょっと見てただけよ! あっち行って・・。」

「まあ いいじゃないの。 ・・ ふうーん。」

ママの頭脳は、そこに記されている長いレポートを わずか数秒ほどで理解してしまう。

「惚れ薬っていうか、一種の精力剤じゃない? これ。 要は、性欲を高めるのよ。」 

「・・・。」

わかってるわよ。 たった一服の薬で、人の気持ちを動かすなんて できっこないってことくらい。

 

「放っといてよ。 ママには関係ないでしょ!」 

捨てゼリフを残して、その場を立ち去った。

 

『ボーイフレンドは? 好きな人は、いないの?』 

おしゃべりなくせに ママは何故か、その質問をしてこない。 

お兄ちゃんには、しつこいくらいに するくせに。

わたしの恋には、あまり興味が無いんだろうか。 

それとも・・・  相手が誰だか、わかっているせいだろうか。

 

「フン。」   

自分の部屋の扉を閉める。 力いっぱい、ひどく乱暴に。

 

 

一方 ブルマは、あることを思い出していた。 

「惚れ薬か・・。 なつかしいわね。」

長男のトランクスを授かる前、 もう、20年近くも昔の、バレンタインデーのことを。

 

『ベジータ。』  

広大なC.C.。 長い廊下の曲がり角で、ブルマは ぴょこんと顔を出した。

重力室でのトレーニングを ひとまず終える時間を見計らい、待ち伏せをしていたのだ。

 

『何だ。』 『お疲れ様。 はい、これ。』   

手にしていた小さな箱から、何かを つまんで 口元に差し出す。

『何なんだ・・。』 『チョコレートよ。 今日はバレンタインだもの。』 

『? 何だと?』

怪訝な顔のベジータに、いつものように説明をする。 

『バレンタインデーよ。 あのね、好きな男の人に・・・』

わずかに、口ごもる。 

『身近にいる男の人に、チョコレートを贈る日なの。』

 

ベジータは思い出す。 確か、少し前にクリスマスとかいう行事を終えたばかりではなかったか。

『フン。 品物のやりとりが好きな星だ。』 

辛辣な言葉を吐きながらも、受け取ったチョコを 口の中に放り込む。

『おいしいでしょ?』 『・・・。』 

『うちで作ったのよ、それ。』

『!』  

ベジータの 動きが止まった。 ブルマの作る料理のひどさを、知っているためだ。

『大丈夫よ。 チョコなんて、型に流して固めるだけだし、母さんが ついててくれたから。』

 

苦々しげな様子で、それでも ちゃんと飲み下したことを確認したブルマ。 

彼に向かって、こんなことを尋ねる。

『ねえ。 わたし、いつもと ちょっと違って見えない?』 

『・・? どういう意味だ?』

『んー、たとえばね、いつも以上にキレイに見えるとか、やけに色っぽく見えちゃうとか。』 

きっぱりと答える。  『無いな。』

 

そう怒ることもなく ブルマはつぶやいた。 

『おかしいわね、サイヤ人には効きが悪いのかしら。』

ベジータはハッとなった。 

『おい、貴様! さっきの菓子に何か入れやがったな?』

『あら、わかっちゃった? 惚れ薬よ。』 

『何だと? よくも・・・』  常に怒っているような顔が、さらに険しくなる。

『まあ まあ。 どっちにしたって すぐに覚めるし。 別に脳みそが どうにかなるってわけじゃないわ。』

笑顔で、こんな言葉を続ける。 

『新しい恋の きっかけ作りに、と思ってね。 体が頑丈な あんたで、実験してみたってわけ。』

『チッ・・。 何も変わらんぞ。 失敗だな。』 

『なーんだ。 残念。』

 

言い終えるよりも早く、ブルマは彼の頬を両手で包み、唇に自分のそれを押し当てた。

甘く、ほろ苦い味が 微かに残る、初めての ・・・

『何しやがる!』 『別に。 治験モニターのお礼よ。』  

あっさりと、踵を返して立ち去る。

『もしかしたら、ずっと後になってから 効いてくるかもね。』

そんな一言を残して。

 

『くそっ! あの女!!』  

重力室でのトレーニングに行き詰まりを感じ始めたベジータは、

人里離れた荒野で過ごすことが多くなっていた。

体を動かしている時は忘れている。 

けれど、短い休息をとれば・・  脳裏に、よみがえってくる。

近づいてくる顔、 青い瞳。 

やわらかい手のひら、 それ以上に やわらかだった唇。

ベジータはひとりごちる。  

首を 激しく横に振り、必死に振り切ろうとしながら。

『ちくしょう! いったい いつになったら、薬の効果が切れるんだ。』

 

 

あれから 十数年。

「よくも だましやがったな!」 「あはは、 まさか信じてたなんてねー。」

住み慣れたC.C.の居間で、二人は くつろいでいる。

「バレンタインのチョコをあげようとしたんだけど・・ 

ただ渡すだけじゃ つまんないから、そんなことを言ったんだわ。」

 

しなやかな、ブルマの指。 

あの日と同じように、一口大のチョコレートを 彼の口元へと差し出す。

彼は もう、自分の手では受け取らない。 そのまま、直に口に入れる。

笑顔になったブルマは言う。 「おいしいでしょ? うちで作ったのよ。」 

「・・・。」

「大丈夫よ、型に流して固めるだけだし、ブラが ついててくれたんだから。」

 

部屋の隅で、両親に背を向けて 雑誌のページをめくっている娘に、声をかける。

「ブラも食べなさい。 無くなっちゃうわよ。」 

「いらない。」

無愛想に、ごく短い返事を残し、ブラは立ち去ろうとする。

「一個や二個 食べたくらいで、太りゃしないわよ。 少しは脂肪も摂らないと・・・」 

出るところが出てこないわよ。

この一言は余計だった。  

「・・・。 夕飯も済んだんだし、イチャイチャしたいんなら 寝室へ行けば?」

 

「おい!」  

大きな音をたてて、ドアが閉まった。 父親であるベジータの、怒りの声と ほぼ同時に。

「やれやれ、きついわねえ、 あの子。」  

あれじゃ、好きな人と うまくいかないはずだわ。

今度は、心の中で付け加える。

 

「でもね、機嫌の悪いブラを見てるとね、何だか なつかしくなっちゃうのよ。」 

「何がだ。」

「昔の・・ 今もそうだけどね、あんたに よく似てるんだもの。」

おかしそうに 笑っているブルマ。 

今では妻となった女の顔を見つめながら、ベジータは考える。

あの時のチョコレートに、惚れ薬は 本当に入っていたのではないか。

そして その効果は いまだに、続いているのではないだろうか。

 

 

その日から、さらに十年が経った。

いろいろなことがあったけれど、わたしは初恋を実らせて、孫悟天の妻になった。

結婚を機に、一度 家を出たのだけれど・・・  また、C.C.に戻った。 

もちろん、悟天と、子供たちも一緒だ。

パパを、一人ぼっちにさせないためだ。 お兄ちゃんは いろいろと、忙しいから。

 

「ただいまー。」  悟天が、仕事から帰ってきた。 

時間が遅いから、やや軽めの食事を整える。

食べ終わる頃を見計らい、ケーキの のったお皿を出す。

「わっ、すごいな。 デザートまで。 チョコレートケーキだ。」 

「そうよ。 バレンタインデーだもの。」

「ブラが作ったの? すごいなあ。」  

ふふっ。 C.C.社製のオーブンに、失敗なんて ありえないのよ。 

あれで失敗できるのは、ママくらいのものでしょうね・・。

 

「うん、 おいしいよ。 甘さが ちょうどいいね。」 

「そう、よかった。 最後の一切れなのよ。 子供たちに みんな食べられちゃった。 

パパにも食べてもらったし。」

ママのいないバレンタインデー。  もう何度目になるだろうか。

わたしはバカだった。 あんなに早く ママとお別れしなきゃいけないなんて、思ってなかった。

もっと もっと、たくさん話をすればよかった。 

そう、 今なら わかる。

ママは、好きな人の名前を聞いてくれなかったわけじゃない。 

わたしの方から、話してほしかったのだ・・・。

 

「ブラ。」  

目を上げると 悟天が、フォークにささった 最後の一口を わたしの方へ差し出していた。

「いいのよ、食べてちょうだい。 その方がいいの。」 

「そう?」

しっかりと飲みこんだことを確かめてから、わたしは言った。 

「そのケーキね、惚れ薬が入ってたのよ。」 

「えーっ? ほんとかい?  ・・ああ、そういえば、ブラが いつも以上に きれいに見えるよ。」

 

・・。 あーあ。 悟天は優しいわね、 ほんとに。

 

椅子にかけている彼の、膝に乗って顔を近づける。 

唇を、押し当てる。

「悟天も、いつもよりも ステキに見えるわ。」

 

笑い合った後、もう一度 キスをする。  

ほろ苦さが かすかに残る、甘い唇に。