『ありきたりなロマンス』 その4

「いつからいたのさ・・・。 もう遅いよ。帰らないと。 送って行くから。」

悟天は上着のポケットから、車を収納しているカプセルを取り出した。

 

「飲んでたんじゃないの?」

「おれは飲んでないよ。」  いつもより、そっけない。

 

「いろいろあるんだろうけど、家族に心配かけちゃダメだよ。」

C.C.までの短い道のりを運転しながら、悟天は言う。

本当は、ちょっとだけ待ったら帰ろうと思ってた。

でも、どうしても顔を見たくなることが起こったの。

 

「待ってた時、女の人が来てた。」

悟天は一瞬だけ表情を変えたけど、何も言わなかった。

「わたしのこと、誤解したかしら?」

「さあ・・・。 別にいいさ。 もう関係ないから。」

 

子供な自分が悲しくなって、余計なことを言ってしまう。

「きれいだけど、ちょっと地味な人よね。あれなら、うちのママの方が・・・。」

悟天は、ふっ、と笑ってつぶやいた。

「自分のほうがかわいい、って言いたいんだろ。」

「そんな、 ちがうわ・・・。」

 

車はもう、家の敷地に入ってしまう。

わたしは、迷ってたけど言ってしまった。

「これ、その人に、『返しておいて』って言われた・・・。」

ポケットから鍵を出して見せる。

 

「返せ。」  これまでに、聞いたことのない悟天の声。

「返すわよ。 ・・・キスしてくれたら。」

「なに言ってんだよ。」

泣きたくなったけれど、引っ込みがつかないわたしに

「やつあたりはやめなよ。 後で自分がはずかしくなるよ。」

 

彼は、顔を近づけてくる。

「ほっぺとかじゃダメよ。 さっきの人にしてたみたいに、ちゃんと・・・。」

その言葉は、唇によって遮られた。

 

頭の奥がじーんとなって、 胸の奥がきりきり痛んで、

どうしてその時、まぶたを閉じなくてはいけないのかわかった気がした。

 

「気がすんだ?」

わたしは黙って鍵を渡した。

 

車から降りて、ぼんやりしているわたしに彼は窓を開けて声をかけた。

そして・・・    鍵を投げてよこした。

「別にいいよ、 持ってても。 あの部屋、 何もないけど。」

 

わたしはたやすく笑顔になってしまう。

「宿題しながら、待ってる。 遅くなったら、ちゃんと帰る・・・。」

 

素直な言葉に笑顔を見せて、「おやすみ。」 と悟天は小さく手をふった。

 

それは、17歳の終わりのこと。

走り去る車を、わたしはずっとずっと見送っていた。

 

「あーあ、 ひと悶着ありそうだな・・・。」

帰宅するのに居合わせたトランクスが、

気を消して見守っていたことを、二人は知る由もなかった。

 

 [ おしまい ]