『夏休みの空』
[ 悟天が大学生で21歳、なのでブラ8歳・・くらいをイメージしました。
夏休みの、ある日の午後。 わたしは自分の部屋で宿題をしていた。
「うーん・・・。」
算数の、最後の方にある応用問題に
つまずいてしまう。
ノートを見かえすとか、参考書をめくってみるとか、やり方は いろいろあった。
コンピューターで、模範解答を調べることだってできる。
だけど
わたしは、一人で机に向かうことに飽きていた。
「決めた。 聞いてこよーっと。」
カプセルに収納してあるジェットフライヤーを手に取る。
そう。 わたしはパオズ山まで行って、悟天に解き方を教えてもらおうと考えたのだ。
仕事中のママでも、重力室で午後のトレーニングをしているパパでも、
どこに出かけているのか
わからないお兄ちゃんでもなく。
電話はかけないことにする。 友達に人気のある悟天は大抵、先約が入っている。
彼のような人には、実際に顔を見て頼んだ方が絶対に いいと思う。
目的地が近付いてきた。
超高性能のジェットフライヤーだから、一時間ほどしか かからない。
自分の力で、全速力で飛べば
もう少し速いのかもしれない。
だけど
鍛えていないわたしにとって それは、とても大変なことなのだ。
地面に降り立って
カプセルにしっかりと収納した後、孫家へと駆けていく。
呼び鈴を鳴らすよりも早く、扉を開けてチチさんが出てきた。
「ブラちゃんでねえか。」 「こんにちは・・。」
「やあ。」 後ろには悟天がいた。 思わず笑顔になってしまう。
「あいにく、パンは今
道場の方へ行ってるだよ。」
わたしは首を横に振った。
「ううん、今日は悟天に用があるの。
宿題の、わからないところを教えてほしいの。」
「えっ、
おれ?」
「うん。 だって、お兄ちゃんはいないし、いつ帰ってくるか わかんないし。」
「おれに
できるかなあ。」 ちょっぴり、自信無さげに笑う。
「小学生の勉強くらい見てやれなくて
どうするだ。
おらは一人で行ってくるから、しっかり教えてやるだよ。」
そう言って、チチさんは出かけていった。
「一緒に出かけるところだったの?」
「うん。荷物持ちだよ。あちこち付き合わされずに済んで、ちょうど よかったかも。」
食卓用のテーブルの上に、宿題のワークブックを広げる。
「ああ、これはね、式が二つ
いるんだよ。 えーとね・・」
隣の席で、説明に
じっと耳を傾ける。
「ねっ。 わかったかい?」 「うん。
ありがとう。」
「あとは
これかあ・・。 あー、こういうの ややこしいよね。 えーっと・・」
あっ。 「ここ、
こうした方がいいんじゃない?」
黙っていようと思ったのに、ついつい口を挟んでしまった。
「あ、
そうか。 そうだよね。」 納得した後、わたしの顔を見つめる。
「ブラちゃん、
ほんとは わかってるんじゃないの?」
「そ、そんなことないわよ。 さっきの説明で、わかるようになったの。」
「ふうん。」 半信半疑のような返事。
だけど悟天は優しいから、それ以上問い詰めたりはしない。
鉛筆を置いて、おしゃべりを始める。
「ブルマさんなら、もっと
うまく教えてくれるんじゃない?」
「そうね。
でも、帰りが遅いから。」 少しだけ、寂しそうな声が出た。
「ベジータさんってどうなの? 勉強なんか見てくれるの?」
「国語や社会は無理だけど、算数はすごいわよ。 でもね、パパはね・・」
とっておきの話をするように、わたしは声をひそめた。
「ぜーんぶ暗算なのよ。
途中式を一切書かないの。
説明してって頼んでも、自分で考えろとしか言ってくれないんだもん。」
「あはは、
なんだかベジータさんらしいね。」
「お兄ちゃんは
そんなことないんだけど・・ 。
こんなのもわかんないのかって、バカにするからイヤなの。」
「あー、
それ わかるなあ。」
実感のこもった声。 悟天はお兄ちゃんよりも一つ年下だ。 きっと、そういうことがあったのだろう。
「一言
多いんだよね。」
顔を見合わせて、わたしたちは笑った。
「悟飯さんはどうなの? わかりやすく、優しく教えてくれるんじゃない?」
「そうだね。
だけど うちも年が離れてるからね。
おれが勉強で苦労する頃には、忙しくて なかなか・・。」
わたしは尋ねた。 「そういう時はどうしてたの? そのまま提出しちゃったの?」
「そうしたこともあるし、学校に早く行って、友達に写させてもらったりもしたよ。」
友達って、多分
女の子だ。
「わたし、
悟天と おんなじ年に生まれたかったわ。」
しょっちゅう考えてしまう。 わたしとお兄ちゃんは、どうして こんなに年が離れてるんだろう。
一歳違いだったらよかったのに。
「そしたら、わたしが宿題を見せてあげたのにね。」
「・・でもさ、
そしたら 今
ここにいるブラちゃんじゃなくなっちゃうんだよ。」
「えっ?」
「おれは そう思うんだ。 ベジータさんとブルマさんの娘で、トランクスの妹であることには違いない。
だけど、」
別の人なんじゃないかなって。
とても静かな声で、悟天は
そう付け加えた。
わたしは思い出していた。 ママから何度か聞かされた、とても不思議な話を。
この世のどこかに、わたしたちが暮らしている空間とは 別の次元の世界というものがあるという。
悟空さんが病気で亡くなり、
戦いに敗れたパパが、ママと 赤ん坊だったお兄ちゃんを残して死んでしまった その世界では・・・
悟天も
わたしも、産まれていない。
全く、存在すらしていないのだ。
そのことを考えると
いつも、ひどく切ない気持ちになってしまう。
電話のベルが鳴った。
「はい、
もしもし。 よお。 ・・え、今から? えーっと・・」
わたしの方をチラチラ見ている。 だから 何も言わず、テーブルの上の勉強道具を片付け始める。
こんな時には、やっぱり考えてしまう。 たとえ別人だっていい。
悟天と、同い年の女の子として
産まれてきたかった。
「ごめん、
ブラちゃん。 ちょっと呼び出されちゃって・・ 」
「うん、
いいわよ。 どうもありがとう。」 「送っていくよ。 どうせ都の方に出るから。」
「ほんと?」
本当に、みっともないほど
はずんだ声が出てしまう。
「でも、ジェットフライヤーは
お母さんが乗ってっちゃったんだよなあ。
兄さんたちのは、勝手に借りちゃ まずいかな。」
ひとり言のようにつぶやいた後、悟天は質問をしてきた。
「そういえばブラちゃん、どうやって
ここまで来たの?」
「・・・。 自分で、飛んで来たのよ。」 とっさに、嘘が口から出た。
ポケットの中で、カプセルを握りしめる。
「だから、ちょっと疲れちゃった。 帰りは、もう飛べそうもない・・。」
「じゃ、しょうがないな。
おいで。」
「えっ・・・
」
こちらに向かって、両腕を広げている。
少しだけ躊躇したけれど、わたしは
すんなりと悟天の腕におさまった。
空の上。 日差しはきついけれど、吹き付ける風が心地良い。
眼下には、小さい頃から何度も見てきた風景が広がっている。
ついさっき、ジェットフライヤーの窓からだって見た。
それなのに今は、全然違って見える・・・。
照れ隠しにわたしは、こんなことを言ってしまう。 「筋斗雲を呼ぶのかと思った。」
「そうか、その手もあったね。 だけど
ブラちゃんは乗れないんじゃない?」
「失礼ね、乗れるわよ。 前に、パンちゃんと一緒に乗ったことあるもの。」
そりゃあ、うんと小さかった頃の話だけど。
確かに、かなり危なっかしいかんじだったけど・・。
「ごめんごめん。 でも乗れなくたって、別に気にすることないよ。
うちのお父さんみたいな人なんて、滅多にいないんだから。」
「・・悟天は乗れるんでしょ?」
「しばらく乗ってないけどね。 ・・前から思ってたんだけどさ、」
言葉を切って続ける。
「おれ、筋斗雲って生き物だと思うんだ。
いろんなことをわかってて、孫家の家族だけを乗せてくれるんじゃないかなって。」
孫家の人だけ・・・。
「じゃあ、悟天の奥さんや子供も
乗れるってことね。」
あはは、と笑って悟天は答えた。
「そうだね、きっと。」
あと10何年か経った後、
わたしが乗れたらいいのにな。
だけど
こんなふうに大切に抱えてもらいながら飛べるんなら、
「それでもいいかも。」
聞こえないよう
小さな声で、わたしはつぶやいた。
10数年後、C.C.。
わたしは子供たちの、夏休みの宿題を見てやっている。
そろいもそろって勉強嫌いのやんちゃ坊主だから、椅子に座らせておくことさえも一仕事だ。
「夜、お父さんが帰ってきたら一緒にやるよ〜〜。」
「ダメよっ。 何時になるか
わかんないし、悟天は疲れてるんだから面倒かけちゃダメ。」
「じゃあ、おじいちゃんに教えてもらってくる!」
「パパは答えしか書いてくれないわよ。 解き方は自分で考えろって言うわ。」
まったく。 なんだかんだと理由をつけて、席を立って逃げ出そうとするのだ。
「一段落したら
おやつにしてあげるから、頑張りなさい。」
「おやつって、冷蔵庫に入ってたケーキでしょ。 おれ、さっき ちょっと食っちゃった。」
「おれもー。」
「・・・。 悪い子ね、あんたたち・・・。」
あーあ。 うちの子たちは、筋斗雲に乗れないかもね。
そうだわ。
C.C.で育って、武空術も早いうちから こなしてしまった
この子たちは、筋斗雲を見たことがない。
呼んだら、来てくれるかしら。 そして、わたしは乗れるかしら・・・。
窓辺に立って、空に向かって口笛を吹く。 あの日の、悟天の言葉を確かめるべく。
今日の空は
どこまでも青い。
夏休みの宿題は、後回しになってしまいそうだ。
(ちょっと大人っぽすぎですが・・) ルックス的にはGTですかね。]