064.『彼は照れ屋』

[ サイトが開設三周年だったため、急きょ書いたものです。

GTでチチさんの髪が短くなっていたことから広げていきました。]

午後の予定が、思いがけずキャンセルになった。 

そんな時は すぐに家には帰らずに、解放感いっぱいで街へ繰り出す。

ブラが小学生になり、迎えに行く必要が なくなったためだ。

 

リニューアルしたばかりのデパートに入り、あれこれ手にとって眺めていた その時。

「ブルマさでねえか。」 

「まあ、ほんとだわ。 こんにちは!」  

聞き慣れた声が、二重奏となって耳に飛び込んできた。 

「びっくりしたあ! 偶然ね。」  

チチさんとビーデルちゃんだった。 二人で買い物に来たのだそうだ… 

「あら? えーっ、チチさん!」

驚いた。

結い上げたロングヘアがトレードマークだったチチさんが、

なんと 肩につかない長さのボブに大変身していたのだ。

 

「ステキじゃないの! もしかして、今日 切ったばかりとか?」 

「いや、先週だ。 ビーデルさの行きつけの店を、紹介してもらっただよ。」

そこへ、ビーデルちゃんが 割って入った。 「お二人とも、立ち話もなんですから…。」 

「あっ、 そうね。」

ちょうど、歩き疲れていたところだった。 

お茶を飲みながら おしゃべりしようと、わたしたちは近くの店に入った。

 

席に着き 注文を済ませた後、改めて チチさんの顔を見る。 

「でも 驚いたわあ。 孫くんが戻ったら、何て言うかしらね。」 

っていうか、気付くかしら?

うっかり発した一言に、ビーデルちゃんが すかさずフォローしてくれる。 

「ちゃんと気付いてましたよ。 ね、お義母さん。」

「え? 孫くん、帰ってきてたの?」 

悪いブウの生まれ変わりだという少年の修行に付き合うために、南に行きっぱなしなのだ。

 

今度は、チチさんが答える。 

「いつもどおり、ほんのちょっとの間だ。 

昼過ぎの半端な時間に現れて、腹減ったって子供みてえに騒いで、

食べ終えたら さっさと行っちまう…。」

「まあ でも、顔を出すだけでも進歩じゃない? それよりさ、何て言ってたの?」 

「…。」

頬を赤らめ、口をつぐんでしまったチチさんに替わり、

長男の嫁であるビーデルちゃんが、説明をしてくれる。

「何か言ったってわけじゃないんです。 

でも食事しながらも しきりに お義母さんの方を見て、

それで帰り際に、お義母さんの前に立って こう、」

そう言って自分の、耳元にかかっていた髪を掻き上げる。

「で、うん うん って納得したように頷いて、いつものように瞬間移動で消えちゃったんです。」

 

チチさんが補足をする。 

「耳が隠れてんのが おかしいと思ったんだべ。 いつも束ねてたからな。」

「ふふっ、何だか ほほえましいわね。 

けど それってさ、長い髪の方が好きだってことなんじゃないの?」

「そうなんだべか。でも仕方ねえだよ。

白髪は まだ あんまりねえけど、長くしてると抜け毛が気になってな…。」

「あーっ、わかるわあー。 一緒よ、一緒!」

激しく同意。 

これまで、結構いろんなヘアスタイルにしてきたけど、

今思えば もっともっと はじけておけばよかったわ。

 

そんな会話をしている中、ビーデルちゃんは時折 笑みを浮かべながら、黙って聞いてくれている。

彼女にも話をふる。

「ビーデルちゃんは 髪が伸びたわね。 ロングヘアも似合いそうよね。」

「そうか、ブルマさんは ご存じなかったですよね。 わたし、昔はずっと、髪を長くしていたんですよ。」

「あら、そうだったの? アスリートだし、ショートヘアのイメージしかなかったわ。」

「天下一武道会の少し前に切ったんです。 試合の時 危ないよって、悟飯くんに注意されて。 

でも、それだけじゃないんですけど。」

つややかで豊かな黒髪が、午後の陽ざしを受けてキラキラと輝いている。 

悟飯くんの目には、いつだって そう見えているんでしょうね。 

ショートヘアでも、ロングでも。

 

チチさんたちと別れた後も、わたしは ずっと考えている。

あの後 ビーデルちゃんは、こう付け加えていた。 

ずっと伸ばしていた髪を、あっさり切ってしまったわけをだ。

『本当は、思いきった髪形にすることで、何か言ってほしかった。 驚かせたかったんですよね。』

うん、 わかる。 すっごく よく わかるわ。 

わたしが そういう気持ちになったのは、何といっても あの時。 

トランクスを授かった時、 もちろん、ベジータに対してだ。

批評までは期待していなかった。

けど、顔を じっと見ることくらいはするかもしれない。

そしたら是非とも、言ってやりたいセリフがあったのだ。

 

夜が来て、二人きりになったところで、わたしは彼に詰め寄った。

「ねえ、あの時、わたしの髪形が変わってたこと、気付いてたんでしょ?」

「何だ、今さら。」 

「今だから聞きたいの。 どう思った?」

 

そう。 あの時 わたしは、産科で診察してもらった後 その足で美容院へ行き、髪を切ってもらった。

決意表明、 気分転換、 いろんな思いがあった。 

でも まずはベジータに、子供の父親である彼に、こう言ってやるつもりだった。

[ 似合うでしょ? これから うんと忙しくなるから、短くしたのよ。 

それに おなかが大きくなったら、シャンプーも大変そうだしね。 ] 

でも それは叶わなかった。 

外でトレーニングすることが増えていた彼が、

ようやっと姿を見せた時には、おなかは もう かなり大きくなっており、

誰が見たって妊婦だったからだ。

 

戸惑った顔を見せたのち、面倒そうに彼は答える。 

「別に、何とも思わん。 元の形に戻っただけだったろうが。」

「元の形? どういう意味? … あ!」 もしかして、

「そうか、そうだったわね。」

ナメック星に旅立つ前も、わたしは髪を短くした。 

つまり、ドラゴンボールの力によって地球に戻り、この人と初めて 言葉を交わした時も…。

「うふっ。」 

うれしくなった わたしは、彼に飛びつき、唇を押し当てた。

「チッ、何だっていうんだ、いったい。」 

「うん、ちょっとね。」

 

ところで この数ヶ月、ベジータとのキスの感触は それまでとは違っている。

なんと彼は、ひげを伸ばしている最中なのだ。

最初は 「えーっ?」 って思ったけど… 

でも ベジータだって、たまにはイメチェンしたいのかもね。

それに ひげで貫録がついて、少しでも老けて見えるなら その方がいいかも。

だって このまま いったら、とても夫婦には見えなくなるもの…。

とはいえ、剃る必要がないくらい うすいものだから、ずいぶんと時間がかかっている。

指で、唇で触れながら言う。 

「完成が、楽しみね!」 

「フン。」

 

その後、ベッドの上での話。 

彼は やけに長いこと、わたしの髪に顔を埋めていた。

息遣いが聞こえる。 

「どうかしたの? あ、匂いが違うから?」 

… 動物みたい。

 

そう、実は今日、チチさんたちに会う前、美容院にも寄ったのだ。

それなのに誰も、何にも言ってくれなかった。 

こういうふうに ずっと同じスタイルでいると、少しカットするくらいでは あまり気付いてもらえない。

でも この人は意外と、ちゃんと わかっているようだ。

手を伸ばし、照明の明度を上げる。 

まぶしげに、顔をしかめる彼。 

「… なんだ。」

「ねえっ、 どう思う?」 

仰向けにされたまま、ごく短い言葉で尋ねる。 

すると やっぱり、ひどく面倒くさそうに彼は答えた。

「伸ばしたり 切ったり、色を変えたり 縮れさせたり… ご苦労なことだ!」

 

ほら やっぱり、ちゃんと見ている。 

笑いながら わたしは、今日 何度目かのキスをする。 

中途半端にざらついた、彼の口元に向かって。