038.『パパの秘密』

朝。  

ブルマの携帯電話に、会社からの緊急の呼び出しが入る。

幼稚園はあいにく休みだ。

仕方なくベジータが幼いブラの相手をすることになった。

 

トランクスはといえば、学校の用事が、などと言ってそそくさと出かけてしまった。

休日だというのに、どうだかわかったものではない。

まったく、そういうところは明らかに母親譲りだ。

止めどなく続くブラのおしゃべりに辟易したベジータは

小さな彼女を連れて公園に向かった。

 

幼児の行動は予測がつかない。

道の真ん中にしゃがみこんで何かを拾おうとしたかと思えば、

今度はものすごい速さで駆けだした。

 

「おい・・・!」

娘を捕まえようとしたベジータの視線の先に、見慣れた少年の姿があった。

 

「悟天!!」

助走をつけて飛びついて来たブラを、彼はしっかりと受け止める。

 

「ブラちゃん・・・。  びっくりしたなぁ。」

「ママがおしごとだから、パパとこうえんにきたの。 おにいちゃんは、がっこうよ。」

 

休みの日に学校・・?とは口に出さず、悟天はベジータに挨拶をした。

トランクス同様、彼もずいぶん背が伸びた。

見降ろされるかたちになり、ベジータは不愉快になる。

しかも、悟天の腕の中におさまっている娘のうれしそうな顔ときたら。

もう行くぞ。 そう声をかけようとした時、悟天が言った。

「ブラちゃん、力も強いし、さっきのジャンプ力すごかったですね。

 やっぱり、ベジータさんにも似てますよね・・・。」

 

誰が見てもブルマの生き写しである娘。

他人からそんなふうに言われたのは初めてだった。

しかし、次の瞬間ベジータは目を疑った。

ブラが、自分を抱き上げている悟天のほおに顔を近づけ、キスをしたのだ。

「ママはね、おにいちゃんとブラにいつもこうしてくれるのよ。」

「そ、 そうなんだ・・・ 」

悟天は、ベジータの恐ろしい顔を見ることができない。

 

「だけど、パパにはね、 こんなふうに・・・ 」

ベジータは悟天の腕から娘をひったくった。

 

しかし、一瞬遅かった・・・。

 

 

「あははは!!」

 

夜。   寝室で話を聞いたブルマは、涙を流して笑い転げる。

「やるわねぇ・・・ ブラ。 もしかして、悟天くん・・・ 」

続きは差し控えた。

ベジータがあまりにも不機嫌そうだったからだ。

 

すっかり普通の父親になっちゃったみたいね。

ブルマは夫に寄り添って、左のほおに唇でそっと触れる。

「おまえ・・・ まだトランクスにそんなことをしてるのか?」

幼い娘の一言を、ベジータはぼそりと蒸し返す。

 

ブルマは きょとんとしたのちに、やっぱり笑ってしまった。

機嫌が悪いのは、ブラのせいだけじゃなかったみたい。

「そうよ。 だってトランクス、あんたとおんなじ顔なんだもん・・・

 チュッてしたくなっちゃうわ。」

 

肩に手を添え、右のほおにも口づける。

「ブラはわたしにそっくりだけど、時々ね、

 やっぱりあんたとおんなじ顔をする時があるのよ。」

 

昼間もそんなことを言われた。

それを思い出しながら、ベジータは妻からの、今夜三度目のキスを受ける。

ほおではなくて、唇で。

 

 

十数年後。

悟天は、自分の腕の中の妻につぶやく。

「おれのファーストキスの相手って、ブラなんだよね、そういえば。」

「えーっ! あれがそうだったの?」

幼すぎて自分では覚えていないけれど、その話は母が、笑いながら何度もしてくれた。

「ふふ・・・ うれしいな。」

 

そして、やっぱり母が教えてくれた話を心の中で付け加える。

 

パパが初めてキスしたのも、ママだったのよ。