178.『ふたつのグラス』

[ ‘11の いい夫婦の日には間に合わなかったのですが、ちょっと意識しました。

ベジータは稼いでないし ああいう人だし、プレゼントの話は難しいですね。]

夜。  夕食の後 ママが、パパに向かって何やら からんでいる。

「悟飯くんたちねえ、昨日 結婚記念日だったんですって。 あれから もう、6年も経つのねえ。」

ブラとパンちゃんは、同じ幼稚園に通っている。 

ブラを迎えに行った時、ビーデルさんから聞かされたのだろう。

 

「だから昨夜はレストランで食事して、プレゼントも もらったんですって。 うらやましいわー。」

「…。」

パパはもちろん、返事をしない。 まあ、ママへのプレゼントは難しいけどね。 

だって、何だって自分で買えちゃうんだもの。

それを、フォローのつもりで口にする。 すると こう返された。

「そんなの、ビーデルちゃんだって そうじゃない。 

ミスター・サタンに言えば きっと、何でも買ってもらえるわ。 

ようするにさ、気持ちの問題なのよ。 それに… 」

大袈裟な ため息をついた後も、ママの言葉は終わらない。 

仕事で疲れ気味というのも、大いに関係がある。 パパに、苛立ちをぶつけているんだ。

「ブラに聞かれちゃったわ。 ママたちの結婚記念日は いつなのって。 

わたし、答えられなかったわ。 だって わたしたち、」

「黙れ!!」

 

グラスが割れる音がした。 

でも 決して 叩きつけたわけではなく、やや乱暴に置いただけだ。 

力の加減を、間違えたのだろう。

そのグラスで、パパは水を飲んでいた。 

自動調理機が作る料理は たまに、味が濃いことがある。

片づけのため すかさず、家事ロボットがやってくる。 

だけどママは、それを制した。

「あーあ。」  破片を、拾い上げながら つぶやく。 

「これね、思い出の品だったのよ…。」

 

ママの話は こうだった。

昔、まだ小さかったC.C.社が、ノベルティグッズを作ることになった。

そこで おじいちゃんが、ちょうど 今のブラくらいだったママに言った。

『こういうのが欲しいな、と思う 食器の絵を 描いてみておくれ。』

ママはスケッチブックを広げ、クレヨンで、ブルーとピンクの ペアのグラスを描いた。

 

「… まあ、形見ってほどではないけどね。」

「フン、 そんなに大事な物なら  どうして、その辺に置いておくんだ。 

どこかに厳重に、仕舞っておけばよかっただろうが。」

うん。 ちゃんと仕舞ってあったのに、ブラが見つけ出したんだよ。 

きれいな色で、かわいいからって。

残されたブルーの方のグラスは、何だか寂しげに見えた。

 

そんな中、電話が鳴った。 ママあての、仕事の電話だ。

何かトラブルが起きたらしく、出向かなくてはならないようだ。 

「行ってくるわ。 なるべく早く戻るから。」

パパは返事をせず、いかにも不機嫌そうに その場を立ち去った。

 

次の朝。  

「ほら、行くぞ。」 「んもうっ、 待ってよー。」

おれがブラを、幼稚園まで送ることにした。 

ママはといえば、日付がとっくに変わった頃に、やっと帰って来られたからだ。

でも。 

「迎えに行くのは、今日は無理だよ。 だから 頼むよ、パパ。」

聞えよがしの舌打ち。 それでもパパは、断ることはしなかった。

 

 

トランクスに ああ言われ、ベジータは 仕方なしに娘を迎えに、幼稚園まで出向いた。

ブラは 園庭の遊具で、パンと一緒に遊んでいた。 「あ、パパ。」 

「来い。帰るぞ。」 

「うん。 でも、おやつは いつ買いに行くの?」

「? 菓子なら、家に用意してあるだろう。」 

「違うわよ。 そういう、ケーキとかじゃなくって、飴とか、ポテトチップとか。 だって明日は遠足よ。」

「何だと?」  

何も聞いていない。 トランクスも そんなことは言っていなかったし、

そもそも ブルマも、忘れているのではないか。

 

そこへ パンを迎えに、ビーデルがやって来た。

「あの、うちも これから買い物に行きますので、一緒にいかがですか? 

持ち合わせが無ければ、私の方で立て替えますから。」

「いや、金は これがある。」 

何かあった時のためにと、妻からカードを持たされているのだ。 

もっとも ほとんど、使ったことはなかったが。

 

ともあれ 一行は、スーパーマーケットに到着した。

ブラとパンは 子供用の小さなかごを持ち、はしゃぎながら菓子を選んでいた。

どうにか切り上げさせ、レジに向かおうとした その時。 

ある物が、ベジータの視界に飛び込んできた。

「あっ! あれ、おうちにあるピンクのコップに似てるわ。 

そういえば パパ、昨夜 壊しちゃったって本当?」

娘の言葉が終らぬうちに、彼は叫んでいた。

「おい。 そのグラスをよこせ。 いや、売ってくれ。」

 

アルバイトとおぼしき女性が、困ったように返答する。 

「すみません、これは商品ではなくて、景品なんですよ。」

「何? どういうことだ。」 彼にとっては、馴染みのない単語だった。 

女性が、説明をしてくれる。

「今ですね、こちらのビールを箱でお買い上げのかたに くじを引いていただいてまして、

その景品なんです。」

なるほど。 見ればビールの箱が、山のように積まれている。

 

「よし、全部買ってやる。 さっさと その、くじとやらを引かせろ。」

「いえ、あの、くじは お一人様一回でお願いしてまして… 」 

「何だと!?」

見かねたビーデルが、割って入る。 

「ベジータさん、私もそれ買いますよ。 二回引けば もしかしたら、」

「いや、だったら 四回引かせろ。 人数分、あの チビたちの分もだ。」

ブラとパンのことだ。 くだんの女性が、すまなそうに答える。 

「申し訳ありません。 アルコールですので、お子様は… 」 

「黙れ!!」 

「ひいっ!」 

「金は払うと言っているんだ。 貴様は黙って、言うことを聞け!!」

「べ、ベジータさん…。」  

 

ビーデルの取りなしにより、購入するのは四箱、くじは人数分の四回引けることになった。

「! やったあ!!」  

幸いにも 最後の、四度目に引いたブラが、目当てのグラスを当てた。

 

「へえー。 なかなか、大変だったのね。」

夜。 自宅の居間でブルマは、夫が勝ち取ってきたグラスを手に、微笑んでいる。

「それにしても… 」 部屋の隅に積まれている、ビールの箱に視線を向ける。

「飲みきれるかしら。 ビールって、鮮度が大事なのよね。 ベジータは あんまり飲まないし。」

「大丈夫だよ、おれも手伝うから!」  

喜び勇んで申し出た息子に ブルマは、母親らしく たしなめる。 

「ダメよ、まだ未成年でしょ。」 

「ちぇっ、あと一年も ないのに。」 

「久しぶりに みんなを呼んで、ホームパーティーでもしようかしら。 

そしたら このくらい、すぐになくなるわよね。」

 

ひとりごちていると、幼い娘が あくびをしているのに気付いた。 

「あら、もう こんな時間。 早く寝なさい、明日は遠足でしょ。  

トランクス、ブラを部屋まで送ってあげて。」

「… はーい。 ところで ママ、」 

「なあに?」 

「ブラの弁当作り、大丈夫なの?」 

「平気よ! 自動調理機があるもの。 あんたが小さかった頃より、ずーっと進化してるんだから!」

 

妹を連れて、苦笑しながら廊下を歩くトランクス。 

その兄に向かって、ブラが尋ねる。 「お客さんを呼んで、お食事するの?」

「ああ、そう言ってたな。」 

「じゃあ その時に、パパとママの結婚式をすれば いいのに!」

「ははっ、そうだなあ。 ママはそりゃあ喜ぶだろうけど、問題はパパだよな…。」

しばしの沈黙。 兄を見上げて、ブラは再び尋ねる。 

「どうしたの?」

「ん? いや、さっきのビール、飲みたかったなーって。」 

「大学生なのに パパ、ママ って呼んでるから飲ませてもらえないんじゃない?」

「! こらっ! 誰が言った、そんなこと!」 

「知らない。 おやすみなさーい。」

けらけらと笑いながら、ブラは自室のドアを閉めた。

 

平和な夜が更けてゆく。

ブルマは トレイの上に、あらかじめ冷やしておいたビールと、例の二つのグラスをのせた。

一つは、昔からあった思い出の品。 

高価ではないけれど、同じ物は手に入らない。

そして もう一つは 今日、夫が持ち帰って来た新しい物。

これも やっぱり、高価な物ではない。 

けれど 思いがけない、とっても うれしい贈り物だ。

 

今夜はビールにしたけれど、グラスに注ぎ入れるものは、スポーツドリンクでも、

水だって構わないのだ。

抱き合った後、あるいはシャワーを浴びた後、それで喉をうるおす。 

ベッドの上で、二人で。

そんなことを考えながら、ブルマは寝室の扉を開く。

小さなライトだけが灯された部屋では 愛する夫が、寝たふりをしながら待っていてくれる。