335.『教育熱心』

[ ブラは3歳くらいのつもりです。

父として、意外(でもないか。自分の子なら優秀で当然と思っているでしょうね)な

一面を見せるベジータ。そして、若くはないけれども相変わらず お盛んなご夫婦です。]

今日は ちょっと、帰りが遅くなってしまった。 

軽めの夕食を済ませ、 居間で一息ついていると、ソファの隣に ブラが腰を下ろした。

「ねえ、ママ。 これ読んで。」  

そう言って差し出してきた本は… 結構な厚みがあり、文字も細かい。

「別のに しない?」 そう言いたかったけど、まあ、読んであげることにした。

仕事のため、平日は どうしても、向き合う時間が限られてしまう。 

母親としては、このくらいのことはしてやらなくては ならない。

 

「… しました。 おしまい!」 うーん、やっぱり、結構長いお話だった。 

でも 途中で飽きたりせず、ちゃんと座って聞いていたのだからブラもえらいわ。

と思っていたら、また、ラックから本を取り出してくるではないか。 

「はい、次は これ!」

「えーっ、もう疲れちゃったわ。 明日にしましょうよ… あら。」

トランクスが やってきた。 TVでも観るつもりだろうか。 でも、

「ちょうどいいわ。 お兄ちゃんに頼みなさいよ。」

 

その提案に対し、この兄妹は ほぼ同時に声をあげた。

「イヤだよ。」 「イヤよ!」

「ど、どうして?」 

「お兄ちゃんは ズルするんだもの。 お話を、勝手に短く変えちゃうの。」

あはは、なるほど。 面倒だから、適当に省略しようとするわけね。 

でも、誤魔化しに気付くんだから たいしたもんだわ。

「だってさ、厚い本ばかり持ってくるんだよ。 一冊じゃ終わらないしさ。」

ぼやくトランクスを見ていたら、ある疑問が頭に浮かんだ。

「ねえ。 ベジータは… パパは本を読んでくれることなんて、あるの?」

 

小さな口を尖らせながら、ブラは答える。 

「パパは、読んでくれないわ…。」

それについて、トランクスが補足をしてくれる。

「自分で読んでみろ、って突き放すんだよ。 

でも そばで聞いてて、わかんない字や言葉が出てきたら その場で教えるんだ。」

「へえー。」 

「短めの本なら、声に出して読ませたりもしてるよ。」

「すごい…。 意外と、教育パパだったのね。」 

でも たしかに、楽しく遊ばせたりするよりは、そっちの方が得意そうよね。

そう口にすると トランクスは、こんな話をしてくれた。

 

 

おれの場合は、本なんかは おばあちゃんたちに読んでもらったからね、

もう少し大きくなってからの話だよ。

小学校の、三年生頃だったかな。 学校のテストで、ひどい点をとっちゃってさ。 

どうしよう、隠しとこうか 見せようかって、うろうろしながら迷ってたんだ。

そしたら パパに見つかっちゃって、手に持ってた答案用紙を取り上げられた。 

パパの顔は、みるみるうちに不機嫌になっていったよ。

何点が満点なのかっていうのは、知らなかったと思う。 

けど ×の多さで、出来が良くないことは すぐにわかったみたいだった。

『難しかったんだよ。 友達は みんな、これより もっと低い点数だったよ。』 

そんなふうに言い訳すると、ますます カンカンになって怒った。

『こんな問題の、何が難しいっていうんだ! そこに座れ! 今、この場で やり直すんだ!!』

・・・

 

「へえーっ。」 

初めて聞く話だった。「ねえ、それって何の教科だったの? 理科?算数?」

「いや、国語だよ。」 

「あら、そうなの! … ふうーん。」

ベジータが 地球の言語を、話すだけでなく読み書きも できることはわかっていた。

朝は新聞に目を通すし、父さんの蔵書を手に取ることも たびたび あるようだ。 

わたしのいる所では、何故か あんまり読まないけど。

いったい いつ、文字を覚えたのかしら。 聞いてみようっと… 

今夜。

「ねー、ママー。」 

しびれをきらした様子のブラに、声をかけられた。

「あら、もう こんな時間。 じゃあ、お風呂に入りましょうか。」 

「うん!」

 

浴室。 

「シャンプー。」 「リンス。」 「トリートメント。」 「メイク落とし。」 「洗顔フォーム。」 「ボディソープ。」

ラベルに書かれた文字を、ブラは片っ端から読み上げる。 

以前は もっと たどたどしかったんだけど…

これも、ベジータの指導のおかげかもしれないわね。

 

「じゃあ、これは読める?」 湯気で くもった鏡に、名前を書いていく。 

「ブラ。 あっ、わたしの名前だわ。 ト、ラ、ン、ク、ス。 お兄ちゃんね。」

ベジータ。 ブルマ。 その名前は読み上げることをせず、ブラは黙って手を伸ばした。

「? あら!」 

指で、ハートマークを描き足してくれた。

 

ブラを寝かしつけ終えてから、寝室の扉を開けた。

「ベジータ?」  いない。 「お風呂ね、きっと。」 

ふふっ。 鏡に書かれた名前に、気付くかしらね。

着ていたバスローブを脱いで、今夜はパジャマではなく Tシャツを身につける。

といっても もちろん、C.C.社のスタッフ用などではなくて、ショップで買い求めた品だ。

この夏は、大きなロゴの入ったデザインが流行りだった。 

それらは わたしが、10代や20代だった頃 持っていた物に よく似ていた。

で、なつかしさもあり 何枚も買ってしまったんだけど… 

いまひとつ似合わなかった。 悔しいわね。 あの頃と、サイズは ほとんど変わってないのに。

そんなわけで 外には着ていけず、今 袖を通しているのだ。

「ま、10年後くらいに ブラにあげればいいわね。 流行は繰り返すって よくわかったし。 あ!」

 

ベジータが やってきた。 

「…。」  

わたしの胸、ううん、Tシャツを、凝視している。 

そうだわ、これには、愛の言葉がプリントされている。 

「ねえ。」 胸元に、指をさしてせまる。 

「これ、読んでみて。」

「知らん! 地球の言葉は わからん!」 

「うそお! 何よ、いまさら。 ブラに文字を教えてあげてるんでしょう?」

「うるさい!寝ろ!」

ベッドに横になり、毛布をかぶってしまった。 

「何よー。 …」

 

あることを、思い出した。

彼が地球に来て、まだ日が浅かった頃。 

さっきのように、胸の辺りを じっと見つめられたことがあった。

『ジロジロ見ないでよ、エッチ! 悪いことしちゃダメって言ったでしょ!』

そんなふうに抗議したけど、あれって胸じゃなく Tシャツのロゴ、書かれていた文字を読んでたのね、

きっと。

そうよ、そうだわ。 得意げに、文字を読み上げていた ブラのように…。

勉強熱心で、教育熱心でもあったベジータ。 

結構 いい父親なのかもしれないわね。子供たちにとっては。

 

「ちょっと、ねえっ!」 

「しつこいぞ、何だ!」 

「はいっ。」 

「?」

両腕を、バンザイをする形で上げる。 さっきの、お風呂に入る時のブラのように。 

「脱がしてー。」

「! 知るか! 自分で脱げ!」 

「えーっ、ケチね…。」

 

しばしののち。 聞えよがしの舌打ちの後、彼は結局、わたしの言うとおりにしてくれた。

うふ。 お金を稼ぐ気は無いし、いい夫ではないかもしれないけど… 

「いい父親で、いい男よね!」

「何か言ったか?」 

「ううん、なーんにも。」

両腕を、背中にまわす。 

愛してる、って声に出さずに、指で書いてみようかな。 

今夜は。