299.『週末』

GT後、トラ27歳、ブラ14歳頃のC.C.一家です。 両親を見つめる子供たち。

ブラは、難しいお年頃です…。]

休日。 存分に朝寝坊を楽しんだ おれは、居間に顔を出そうとした。 

すると、ブラの大きな声が 耳に飛び込んできた。

「ふん! ママなんか、パパとイチャイチャ してればいいのよ!」

 

やれやれ、またか。 中学に入った頃からだろうか。 

不機嫌な顔をすることが多くなり、些細なことで からんでくるようになったブラ。

それを見た母さんが、『あはは!その顔、イラついてる時のベジータに そっくりだわ。』

なんて 笑いながら口にするもんだから、余計に こじれるのだ。

 

おれが来たことに気付くと、母さんは ため息をついた。 

「どうして こうなっちゃうのかしら…。 別に、うるさく叱ったわけじゃないのよ。」

「思春期… 反抗期ってやつじゃないの。」  

それと あいつの場合は、特に母さんに対して、いろいろ 思っていそうなんだよな。

多分、何の苦労もなく、自由に楽しく生きているように見えるんだろう。 

そして、あの 気難しい父さんに愛されていることも。

 

「女の子って難しいわねえ。 あんたの時は、そんなこと あんまり なかったのに。」  

「…。」  

おれだって、全然なかったってわけじゃないよ。 

やっぱり、10代の初め頃かな。 

いくつになっても変わることなく 男と女のままでいる母さんたちに、反発したくなった時期もある。

でも ちょうど その頃、 こんな夢を見たんだ。

 

夢の中で、おれは赤ん坊の姿だった。 

窓の無い 知らない部屋で、おれは母さんと一緒に眠っていた。

人が近づいてくる気配で、目を覚ます。 

傍らで、母さんは まだ眠っている。

ふわりとした物に包まれて、体が温かくなる。 毛布をかけてもらったのだ。

それをしてくれたのは、父さんだった。 

おれと母さんのことを 父さんは、少しの間 見つめていた。 

そして こちらに、いや おれじゃなく、母さんの方に向かって 手を伸ばした。 

髪か頬に、触れようとしたんだと思う。

なのに、引っ込めてしまった。 おれと、目が合ってしまったせいだ。

その後 すぐ、父さんは どこかに行ってしまった。

目を覚ました母さんは、毛布を両腕で、抱きしめながら 泣いていた。

[ベジータ。]  

扉の前で膝をつき、父さんの名前を呼びながら、ずっと ずっと泣いていた…。

 

『トランクスちゃん、 トランクスちゃん。』 

おばあちゃんに声をかけられ、目が覚めた。 居間のソファで、居眠りをしてしまっていたのだ。

『うなされてたわよ、 大丈夫?』  

夢で見たことを話す。 すると すかさず、おばあちゃんは 答えた。

『それはトランクスちゃんの、夢の中だけの お話だと思うわ。』 

妙に きっぱり言った後、言葉を切って こう続ける。

『そりゃあ、ちょっとくらいは泣いたこともあったでしょうけど…

でもベジータちゃんは ずっと、あなたたちのそばにいて、旦那様やパパでいてくれてるでしょう?』

 

… うん、そうだね。 夫婦喧嘩をしたとしても、泣くことなんて ほとんど無い。 

でも おれは、一度だけ見たことがある。 

膝をつき、身も世もない様子で、わんわん泣いている ママの姿。

それは ブウとの戦いで、パパが死んでしまった時だ。

ああ そうか。 夢で見た あの光景は きっと、もう一つの世界。 

もう一人のおれが、生きている世界なんだ。

 

「どうしたの?」  

黙ってしまった おれを見て、母さんが訝しげに声をかける。

「いや、ごめん、何でもないんだ。 そうだ、今夜 みんなで、食事にでも行こうよ。」

「あら、いいわね。 でも めずらしいじゃない? あんたから言い出すなんて。」 

「この間 接待でさ、なかなか いい店を教えてもらったんだよ。」

 

「ふんっ。」  

ドアの外で 二人の会話を聞いていた私は、気付かれないうちに その場を後にした。

黙っていた時、お兄ちゃんが何を考えていたかは大体わかる。

ママのことで 文句を言おうとすると、お兄ちゃんは いつも、こんなふうに言う。

まるで、諭すみたいにだ。

 

『何度も何度も 大変なことが起こったんだよ、昔は。

おれもだけど、みんな一度は この世と おさらばしてるんだ。』

『だから、何だっていうの?』  我ながら、可愛げのない合いの手。 

そんな私に、お兄ちゃんは続ける。

『だからさ、悔いが残らないように、目いっぱい人生を楽しんでるんだろ。

父さんもさ、今はそういう 母さんの気持ちに応えてやろうとしてるんだよ。』

だからこそ、おまえは生まれて来たんだ… なんてことまでは口にしない。 

けれど 何だか、素直に受け取れない。

「ふーんだ。 男のくせに、高校を卒業するまで ママって呼んでたくせにね!」

 

毒づいていたら、向こう側から パパが やってきた。 

「今日ね、お夕飯は外に食べに行くみたいよ。」

「…。」  

なによ。 教えてあげたのに、何にも言ってくれない。

「うれしくないの? 普段の食事と ちょっと違う、おいしい物が食べられるわよ。」 

贅沢かもしれないけれど、自動調理機の作る物って、続くと やっぱり飽きてくるのだ。 

しかも ママは時々、ありえないような失敗をする。

パパが、ようやく 口を開く。 

「…。 この間 買ったあの服を着ろだの、いちいち うるさいからな。」 

「あはっ、そうね。」  うん、私にも、おんなじことを言うと思うわ。 

で、わざと、あんまり気に入ってないから着たくない。 そう言ってみたとしたら。

『あら。 じゃあ 早めに出て、気に入る物を買いに行きましょうよ。 

せっかくだから オシャレしなきゃ!』

なーんて、言われちゃうんだわ。

 

そんなことを考えていたら、パパが言った。 

「フン。 同じような顔をしやがって。」 …

なによ、なによ! 私はママの、セカンドブランドじゃないんだからね!

ここ何年か、パパと話をすると そればっかりだ。 

何を話していいのか わからないせいだって、ママは言うけど。

自分の部屋で、鏡を見てみる。 確かに、ママにそっくりな顔。 

だけど口をへの字に曲げて、眉間にシワを寄せると、あら?何だか…

「ふん、 だ!!」 

 

ベッドの上に仰向けになり、窓の向こうの空を見つめる。 

両親が、年を重ねた今も、変わらずに 愛し合っていること。 

こんなふうな、平和な週末を過ごせること。

それが幸せだってことは、私にだって わかるんだけど。

「!」  

部屋の内線電話が鳴った。 

出ない。 どうせ ママからで、みんなで出かける話だろうから。

 

もう少ししたら、多分、この部屋にやってくる。 

どの服で行くの?なんて、勝手にクロゼットを開けるかもしれない。 

その前に、ノックも ちゃんとしないかも。

そしたら、うんと怒ってやろう。  

でも…

一緒に出かけない、とは言わない。 

文句を言ったり、仏頂面をしながらも ちゃんと ついて行く。

そう。 実は私は、結構 パパにも似ているのだ。