254.『ハニー』
[ 前半はオトナ向け、後半は家族の食卓・ほのぼの系です。]
「・・・っ、
あ、 ねえ、 もう、 来て・・。 お願い・・。」
喘ぎ声に紛れてしまう訴えは
さらに、ふさがれた口、 喉の奥から漏れ出してくる呻きに変わる。
ベジータの、指の動きが速度を増す。
僅かに離れた唇で、また
訴えを試みる。
「ね、
もう、 欲しいの・・。」
もう、何度目かの懇願だ。
「ダメだ。」
ぴしゃりと
はねつけられる。
なによ、天の邪鬼。
このまま続けて。
そう願った時ならば、有無を言わさず のしかかり、乱暴に押し入ってくるくせに。
両脚の間で、水の音をたてながら、うごめき続ける彼の指。
もう
ダメ、 これ以上は・・。 果てのない快感に、おかしくなってしまいそうだ。
一旦、終わらせてほしいの。 だから・・・
わたしは彼の、手首を掴んだ。
「じゃあ、指
挿れてよ。 ね、いいでしょ・・?」
それなのに、
「ああっ!!」
ベジータときたら・・。 わたしの手首を掴み返して、こんなことを言い出した。
「自分で
やってみろ。 そんなに欲しいのならな。」
「イヤッ、」
振りほどこうとしたけれど、敵うはずがない。 容易く呑み込まれていく。
中指が、熱を持ってぬるついている、その個所に。
蜜壺。 そんな単語が頭に浮かぶ。
官能小説の世界では、使い古された表現だろう。 でも、なるほど
ぴったりだ。
さっきから
大きな音をたてていたのは、水なんかではなく、ねばりを含んだ蜜だった。
「イヤよ、
こんな・・ あっ、 あ・・ 」
「フン、よく言うぜ。」
ほどなくして、わたしは達した。
でも、それは断じて、自分の指によってではない。
もう一つの
敏感な個所を、苛み続ける彼の指、
意地悪く、いやらしく、わたしをじっと観察している彼の、鋭い目のせいだ。
「もう・・。 なんてことすんのよ。」
自由になった
わたしは早速、汚れてしまった指を、彼の口元に差し出した。
わたしがいつもそうするように、彼もまた、払いのけずに
口に含む。
ぬるい舌の感触が、第一関節の辺りを行き来する。
「やだ、
そんなふうにしちゃ・・。」
そうよ。 こういうのは、わたしの得意分野なんだから。
どうにか指を引き抜いて、彼の下半身に顔を埋める。
屹立したものを、口に含む。
今しがたまでされていたのと同じように、舌を這わせる。
顎も、鋭くしている舌も、少し疲れてしまう。
けど
わたしは、これをしてあげることが かなり好きなのだ。
時折は、角度を変えてやる。
ベジータの表情を想い浮かべながら
励んでいると、
いつしか
口の中で、硬く膨らんでいた先端が はじける。
白く濁った、ぬるい液体。 舌先に、まとわりついてくるような・・・。
甘い、甘い、ミルク&ハニー。
頭の中で、どこかで聴いたことのある
ラブソングが流れる。
「どっちも全然おいしくないし、ちっとも甘くなんかないのにね。」
「チッ、
下品な・・。 くだらん例えだ。」
そんなことを言いながら、彼は覆いかぶさってくる。
繰り返される愛撫とキス。
あと
もう しばらくすれば、さっき、指と舌で存分に味わった それらが混じり合う。
わたしの体の奥、とても深いところで。
そんなふうに
甘い夜を過ごしていても、朝は ひどく慌ただしい。
ここ何年かは、特にそうだ。
家のことを引き受けてくれていた母さんが亡くなり、
遅くに授かった娘、ブラが家族に加わったためだ。
わたしたち家族は今、4人揃って
朝食の席についている。
早々に朝のトレーニングを終えたらしいベジータも、今朝は同席している。
今日のメニューはホットケーキだ。
面倒なことは自動調理機がやってくれるけれども、量が半端ではないから
一仕事だ。
おまけに、女の子であるブラは、何かにつけて口うるさい。
わたしは朝食も、自分の支度も
そこそこに、娘の髪を梳いてやっている。
「もうっ。 どういう寝方をしたのよ。
絡まっちゃって大変・・。」
「覚えてないわ、そんなの。 あっ、ミルク、冷たいのイヤ。あっためて。」
「えーっ、手が離せないわよ。 トランクス、お願い。」
「なんだよ、
めんどくさい奴だなあ。」
ブツブツと文句を口にしながらも、ミルクをカップに移し替えて、レンジに入れてやってくれる。
「ほら。」
「ちょっと
熱いわね。 ま、 いいわ。」
ブラは手を伸ばし、蜂蜜の入ったガラス瓶を、自分の方へと引き寄せた。
「ミルクの中にこれを入れるとね、とっても
おいしくなるのよ。」
スプーンで掬い取った蜂蜜を、温めたミルクに入れて掻き回す。
なんだか、
それって・・・。
ベジータの方に視線を向ける。 目が合った。 だけど、素早く逸らされた。
「うーん、甘ーい。 ねえねえ、蜂蜜って、ハニーとも
いうんでしょ?」
「うん、そうね。」
「ハニーって、女の人のことじゃないの?」
「・・・。」
ベジータが咳払いを、
ではなくて、本当に咳きこんでしまった。
トランクスが答えてくれる。
「女の人のことっていうかさ、付き合ってる彼女とか、奥さんのことを
そう呼んだりするんだよ。」
「あら、そうなの。」
納得したらしいブラは、すかさず質問してくる。
「パパは、ママのこと
そう呼んであげないの??」
「誰が呼ぶか! バカバカしい・・。」
「ふうん、つまんないの。」
やっと梳けた長い髪を
さらさらとなびかせて、ブラは椅子から下りてしまった。
「まだ結ってないわよ。」
声をかけると、「今日は
このままでいいわ。 結んじゃうと、お帽子 かぶりにくいんだもの。」
通園バッグを肩にかけ、さっさと出かけようとする。
「ちょっと待ちなさい、ブラ! あー、もう、お化粧
途中なのに・・。 じゃあトランクス、あと お願いね。」
「・・。 はーい。」
頼んだのは、使った食器を食洗機に入れ、バターやさっきの蜂蜜なんかを、冷蔵庫に戻すことだ。
本当は
それすらも不満らしいけれど、断るなら ブラを、幼稚園に送り届ける役割を担うことになる。
ベジータに向かって、声をかける。
「じゃあね!」
ふと思いついて、付け加えてみる。
「行ってくるわね、
ダーリン!」
返事はない。
代わりにブラが、大きな声で、食いついてくる。
「ダーリンってなあに? 誰のこと?!」
・・・
「ダーリンだってさ。」
テーブルの上を片づけながら、父親に聞こえないよう
口先でつぶやく。
そんな息子に向かって、ベジータは声をかけた。
「おまえも
もう行け。 あとは俺がやっておく。」
「えっ、
そう? 」 めずらしいこともあるものだ。
「じゃあ、頼むね。」
数分のち。
ちょっとした忘れものに気付き、食堂に戻ったトランクスは、その耳で確かに聞いた。
蜂蜜の瓶を手に取った父親が、ラベルをじっと見つめながら
ぼそりと口にしていた一言を。
「ハニー、か。」