トランクスがC.C.社の社長に就任してから、やはり ずいぶん楽になった。

まだまだフォローが必要だし、会長という肩書も 重くのしかかってはいるんだけど。

 

予定の入っていない午後、わたしは居間でTVを観ていた。

つまらないから情報番組に換えると、ファッションのコーナーが始まった。

「どれどれ。」 

しっかりとチェックすべく、作ったばかりのメガネをかける。 

我ながら、かなり おばさんっぽい仕草であると思いながら。

 

なんと、偶然にもメガネの特集をしている。

好みに合わせたフレームの物を 安く提供する店が増えたこともあり、

近頃の子は 全く抵抗がないようだ。

その日の服装に合わせて、伊達メガネを楽しむことも多いという。

「そうよね。 ブラの学校に用事で行くと、メガネかけてる子が多いなって思うもの・・。」

 

しみじみとひとりごちていると、内線電話が鳴り響いた。

「はいはい・・ と。」 

今、この家には わたしの他はベジータしかいない。 重力室のことね、きっと。

「はい、 なあに?」 『おい。 暇だったら重力室を・・・ 』  

やっぱりね。  「わかった。 今 行くわ。」

言い終わらぬうちに、受話器を置いた。 

とりあえず 工具箱を持って、わたしは重力室へと向かった。

 

まずは手袋だけをはめて、装置の一部を開けてみる。 

「うん、 このくらいなら すぐに済みそうよ。」 

作業服に着替えるまでも なさそうだ。

長い年月をかけて強化を重ねてきたし、何より ベジータも、無茶な使い方は控えるようになった。

 

ふと、視線を感じた。 

気がつけば・・ 彼が わたしの横顔を、じっと見つめている。

「やーね、 見とれちゃって。」 「フン。 見慣れない物をつけているからだ。」

「えっ? ああ。」  メガネのことだ。 

そうね、家では・・・  特に、ベジータといる時は、ほとんど かけたことがなかった。

 

「わたしね、実は目が悪かったのよ。

でもね、昔はメガネかけてると もてなくなるって思いこんでてね・・」

それで10代の頃、視力回復手術なんてものを受けたわけ。 

父さんの友達に、その道の名医って人がいたから。

 

「でも 何年か過ぎると、やっぱり悪くなってきちゃって・・ ねえ、サイヤ人って、視力もいいんでしょ?」

「当たり前だ。 目が悪い奴など、聞いたことがない。」

そうよね。 戦う時、困るもんね・・ 

あら、でも それじゃあ 、悟飯くんはハーフだからなのかしら?

 

「あのね、チチさんから聞いたんだけど 悟飯くんね、

仕事の時 若く見えすぎないように、伊達メガネをかけてたんですって。」

言葉を切って、続ける。

「だけど そのうちに、ほんとに視力が落ちてきちゃって、今は度の入ったメガネをかけてるそうよ。」

「・・・。」   

返事はない。 けれど、聞いているのは わかっているから、話し続ける。

「トランクスもね、会社じゃ伊達メガネかけてんのよ。 

取引先のお偉いさんに なめられないようにって。 笑っちゃうわね。」

 

「・・ 喋ってないで、手を動かせ。」 

「もう終わりよ。 ねえねえベジータ。」 「なんだ。」 

「これ、かけてみて。」

メガネをはずし、素早く 彼にかけさせる。 

「あら! 似合うじゃないの。」

そういえば 片目用だったけど、スカウターなんて物もあったわね。

「何なんだ、これは・・!」 

なのに ベジータは、不快そうに顔をしかめて、あっという間にはずしてしまった。

やや乱暴に、わたしの手に突き返す。 

「よく こんな物、つけていられるな。」

 

近視の方は、それほどひどくない。 

ベジータが強い違和感を覚えた理由、それは・・・

遠近両用メガネだからだろう。

 

あーあ、 やんなっちゃうわね。 エステに通って、体型を維持して、メイクやファッションに気を配って。

こんなに努力してるのに、老いというのは容赦なく忍び寄ってくる。

いつまでも若いままのベジータが、本当に うらめしいわ・・。

 

「どうした?」 

「ううん、 何でもない。」  怪訝そうな彼に向かって、首を横に振る。 

そして、尋ねてみる。

「初めて会った時、わたしがメガネをかけてたとしたら、あんたは どう思ったかしらね?」

「別に、何とも思わん。」 「そう? かけてても かけてなくても、おんなじ?」

頬に、短い キスをする。 

「わかった。 カラダしか見えてなかったんでしょ。」 

「チッ、 くだらんことを・・・。」 

今度は唇に、ついばむようなキスをした。 

「うーん、やっぱり、メガネって邪魔ね。」

 

そういえば 昔は、この重力室でも いろいろあったわよね。

着ていた服をダメにされたことは、一度や二度じゃなかったわ。

ああ、 わたし やっぱり、メガネをかけてなくて よかった。

だって、予備がいくつ あったって、きっと 足りなくなったもの・・。

 

「ね、 あんたの手ではずして。」  

そう言いかけた、その時。 壁面の、連絡用モニターが作動した。

『あら、 ごめんなさい。 邪魔しちゃったみたい。』 

あの頃の母さんを思い出させる言い方で、画面に現れたのは・・ 

「ブラ。 帰ってたの。」

『うん。 あのね、ママ。  同じクラスの人達と、出かけることになったんだけど、えっと、その・・』

「お小遣いでしょ。 いいけど、来月分から きちんと引かせてもらうわよ。」

『厳しいわね・・。 あら、ママ、 新しいメガネ、とってもステキよ。』 

「おだてたってダメです。」

『お世辞じゃないわよ。 わたしもかけちゃおうっと。』 

 

ケースから、メガネを取り出した。 ブラは目が悪くなんかない。

『どう? このお洋服に合うでしょ?』 

さっきTVで紹介されていた子たちと同じで、ファッションの一部なのだ。

 

「・・・。 こいつもか。」  

ベジータが小さくつぶやいて、わたしは思わず笑ってしまった。

「こうなったら あんたも、メガネかけるしかないんじゃない?」

そう言ったら、ベジータも笑った。 

ほんの少しだけ口の端を持ち上げ、こっそりと、わたしだけに わかるように。

356.『メガネ』

GTの最初の方で、ブルマがメガネをかけていたことから妄想を広げました。]