105.『昼下がりの情事』

[ ラブラブ?ではありますが、くだらないです(笑)。]

C.C.、朝。  息子は大学へ行った。 娘はさっき、幼稚園へ送ってきた。

 

自宅に戻ったブルマは、トレーニングを終えて朝食の席についている夫に話しかける。

「ねぇ、 今日はブラのお迎え、ゆっくりでいい日なのよ。」

「だから、 なんだ。」 

熱いコーヒーを注いだ二客のカップをテーブルに置いて、彼女は夫の隣に座る。

「平日に休めるのは久しぶりなのよ。 どこかに行きましょうよ・・。」

 

妻、ではなくC.C.社製のコーヒーメーカーが淹れてくれた、薫り高いそれに口をつけながら

ベジータはにべもなく断る。「誰か他の奴を誘え。」

 

もちろん、そんなことくらいで あきらるはずがなかった。

「あんたの苦手な街中には行かないわ。 新しい車でドライブがしたいの。・・ 海の辺りはどうかしら。」

そう言いながら、ブルマは夫の膝に そっと手を置く。

「ねぇ、いいでしょ?」

「・・その言い方はやめろ。 ブラが真似をする。」 「じゃあ、いい?」

ズボンの上から、その しなやかな指を優しくゆっくりと動かす。

 

苦々しげな顔をしながらも、ベジータは否定の言葉を口にはしなかった。

 

 

海岸沿いの道。 うす曇りだった空が 見る見るうちに黒い雲に覆われて、激しい雨が降ってきた。

「きゃー、 天気予報では何も言ってなかったのに。」 

 

ブルマは、軽快に走らせていた新車を道路脇に寄せて停めた。

車はオープンカーだったのだ。 仕方なくカプセルに収納する。

「待ってて。たしか普通の車も持ってきてたはずよ。」

バッグの中身を探り始めた妻を、ベジータが やや乱暴に抱え上げる。 

そしてあっという間に、雨が降りしきる空の上に浮かんだ。

 

「えっ? ちょっと、なによ。」 「もう十分だろう。帰るぞ。」

「えー、 そんな。来たばかりじゃない・・・。」

ブラの幼稚園へのお迎えがあるから そんなにのんびりはできないけど、

食事くらいは、と思ってたのに。

 

その時。 ブルマは眼下に、ある物を発見した。 

「ねぇ、下りて。 あそこで雨宿りしましょ。」

腕の中に納まる妻が、指を指し示す方向を見てみる。 

何かを模しているような、特徴のある建物が見える。

 

「時間の無駄だ。急いで帰ればいい。」

「だって、もうずぶぬれよ。 わたし、寒いわ・・。」

そう言うと、ブルマはわざと大きなクシャミをした。

降り止む気配のない雨の中、舌打ちしながらベジータは降下した。

 

ブルマが扉を開く。 どうやら、自分たちの姿を確認したことで ロックが解除されたらしい。

狭く急な階段を上った先には、もうひとつの扉があった。 

「なんだ、ここは。」

ドアノブに手をかけながら、ブルマが答える。

「ホテルよ。 休憩もできるわ。」

 

ホテル? 地球での生活も長くなった。

子供にせがまれ、妻に説き伏せられて しぶしぶながら旅行というものに出かけたこともある。

だが、その際に利用した施設とはどうも様子が違っている。

従業員の姿は見えず、フロントもない。 

光を遮るような作りの窓に、ライトを点けても薄暗い部屋。

 

不審そうに部屋を見回す夫に構わず、ブルマはクロゼットからタオルを出した。

「あんまりいい生地じゃないけど、バスローブもあったわ。 シャワーを浴びてきたら。

その間にお昼の準備をしておくから。」

たたみかけられ、ベジータはバスルームへ向かった。 

「こういう所って、昔から あんまり変わらないものね・・。 」

妻の独り言に、どこか引っかかるものを感じながら。

 

シャワーを済ませて戻ると、ローテーブルの上に食べ物が用意されていた。

適当なレストランが見つからなかった時のために家から持ってきた物のほか、

湯気があがった軽食もある。

「冷蔵庫が販売機になってるのよ。 便利ね。」 

そう、よく見るとこの部屋には 小型のレンジまで備え付けられていた。

 

「おい、この部屋は・・・」 振り向くと、ブルマはもういなかった。 

シャワーを浴びに行ったのだ。

そういえば、バスルームも中途半端に広かった。

それに 薄暗い部屋の中、まるで存在を誇示するかのような、大画面のTV・・・。

 

妻がセットしておいてくれた食事に手をつけながら、ベジータはリモコンのスイッチを押してみた。

 

『あっ、 あ、あー・・ん・・ 』

 

「えっ、 なに?」 シャワーを終えて体を拭いていたブルマは驚いた。

若い女の甲高い声が、耳に飛び込んできたのだ。

TVの大きな画面には、絡み合う男女の姿が映っている。 

信じがたいことにベジータは、食事もそこそこに呆けたようにそれに見入っていた。

 

「やっぱり あんたも、こういうのに興味があるのね。」

「バ、バカなことを言うな。」 あわてて電源を切る。

「いったい 何なんだ、この部屋は。」 「だから、ホテルよ。 あのね、 ここはね・・」

 

ブルマの説明を聞いたベジータは、心底呆れたように言った。

「下品なうえに くだらん。 まったく、地球人の考えることときたら・・・。」

「まぁ、わけありのカップルもいるし、自宅住まいの若い人たちも利用するんじゃない?」

妻の含み笑いに、ベジータは意味深なものを感じ取った。

 

「・・おまえも来たことがあるのか。」

「えっ? どうだったかしら。 トランクスはありそうよね。 もう、そういう年だもんね。」 

「チッ、誤魔化しやがって。」

「あんたこそ さっきはあんなものに見入っちゃって、なによ。やっぱり若い子の方がいいのね。」

「くだらんことを・・。」

 

不機嫌そうに食事を再開したベジータの横で、ブルマも黙って軽食をつまんだ。

 

 

その頃。 なんと隣の部屋にはトランクスがいた。

 

午後は休講になったため、同じ大学の女の子と このホテルにやってきたのだ。

 

ベッドの上に寝転びながらガールフレンドがシャワーを終えるのを待っていた彼は、

TVのリモコンを押しながらつぶやいた。

「あの女優、なんとなく母さんに似てるな。 髪と目の色は違うけど・・ 」

 

 

ブルマが立ち上がり、コーヒーを入れる。

本当は冷蔵庫からビールでも取り出したかったが、まだ昼だし、

帰りのこともあるのでやめておいた。

 

朝と同じように、夫の分もテーブルに置く。 

再び隣に座って、カップに口をつけるベジータに話しかける。

「おいしい?」 「・・家と同じだ。」 

その一言に、ブルマは笑う。「そうでしょ。小型だけど、C.C.社製のコーヒーメーカーだったのよ。」

 

そして、夫の肩に頭をもたせかけて囁く。「仲直りしましょ。」 「・・・。」 

膝の上に手を置く。朝と同じように。

けれども、シャワーを浴びた後なので、二人ともバスローブ姿だ。 

どちらからともなく するりと腰の紐を解く。

 

ベッドの上でブルマは言った。

「久しぶりよね。このところ、ご無沙汰だわ。」

昔のように、時間を忘れて行為に耽ることは少なくなったものの、

二人は今でも日をあけずに抱き合っていた。

「? 何がだ。」 

怪訝な顔のベジータの頬を両手で挟んでブルマは言った。

「お昼にすることよ。」

 

 

「お隣、すごい声ね・・。」 「ああ・・。」

 

隣の部屋では、トランクスと彼のガールフレンドが呆れて・・感心していた。

『どうもイヤな予感がするな。 父さんの気が、やたら近くに感じられるんだ・・。』

 

 

「きゃー、 大変。お迎えに遅れちゃうわ。」

「しつこく鏡を見ているからだ。」

「だって、幼稚園に行くなら きちんとお化粧しなきゃ。」

 

事の後、会計を終えて外に出たブルマは、バッグから車の入ったカプセルを取り出そうとしている。

「トランクスに頼もうと思って電話したのに、出ないんだもの。」

「グズグズするな。」

妻を抱き上げ、ベジータは雨があがった空へ浮かび上がった。

 

その様子を、同じ時間に部屋から出てきた若い二人に見られていたことを、彼らは知らなかった。

 

 

「隣の部屋にいた人たちよね? 何なの、あれ。 空を飛んだわ・・。」

「・・そう見えたね。」

「それに、トランクス、って言ってたわよ。 知り合いなの?」

不在着信の入った携帯を見ながらトランクスは答えた。 

「ああ。 昔からのね。」

 

 

空の上で、さっきまでとは別の形で 夫の腕に包まれながらブルマは言った。

「結構おもしろかったわね。 今度また、行ってみない?」

フン、と鼻を鳴らしながら、心の中でベジータはつぶやく。 

「家でいい。」